霊視は、「他人の立場に立って考える」格好の練習様式

人間は、どこまで行っても他人の気持ちはわからず、慮るのが関の山……。というのが、常識ですよね。

エネルギー霊視により他人の感情や思考を感じるというのは、その意味では、究極の?ツールといえます。
慮るのではなく、本当に他人が何を考え、何を感じているのか、わかってしまうわけですから。

ただ。

注意点というかがあるなぁ、と感じます。

他人の思考や感情を体感するときに、そこでもあえて自分の観点、パラダイムを保ったまま感じ取ることしかできない人。

つまり、批評というか、体感してもなお、第三者目線で、コメントしてしまうんですよね。それこそ、料理を食べてコメントする人みたいに。自分の味覚でその味を直接、味わってはいるのですが、傍観者として自分自身の観点を保ちつつ、この味がどーたらこーたら、と意見を述べるのに似ています。
これが絶対に常にいけないということではありません。
ヒーラーとして、あえてこういうふうにコメントというか、批評的なスタンスを持つことで、かえってクライアントの様子や何をすべきかが見えて来ることもあるので。

要は使い方次第なのですが、リアルに相手が何を考えているか感じ取っているかをわかってしまう分、それを否定してしまうと、本当に否定として成立しちゃうんですね。まだ、慮った予測に基づいて否定してたほうが、ガチで100%当たってない分、是正したり考え直す機会もあります。
いろんなものを受け付けられない、排他的なところがまだ多分にある人が、これをしてしまうと、霊視でせっかく、他人や外界の物事各種について、エネルギーで詳しく正確に観ることができるようになっていっても、どんどんいろんなことを嫌いになっていってしまう一方なんです。
「知らないほうがよかった」
となってしまうわけです。
(他人に過剰な期待を持っていたり、自分の思い通りになっていないと嫌、という思考を自分自身が持ってる人も要注意。自分の意にそぐわない考え方をしている他人や集合意識、社会の在り方をエネルギーで知ってしまった瞬間に『死にたい、こんな世界に生きていたくない』『つか、滅べよこんな世界』的なやけっぱちになりがちです)

まぁでも、こんな事由により、実は、自分と違う考えの他人などを裁かず受け止められる美徳・人徳の類がある一定ライン以上にならないと、他人の思考・感情を霊視することはできず、あるいはできるとしても、ぼんやりとしたもので留まる、というセーフティネットが張られるわけですが。
(そう!だから、霊視ができないうまく観えないと思い悩む人は、実はそれが救いであるという点に着目していただきたい!今の時点で観えてしまうとよくないからこそ、観えない状態にしてもらえているのです、この世の完璧な仕組みにより)



逆に、「エンパスしすぎ」な人も、それはそれで要注意。
観えた他人の思考や感情に、染まっていってしまうんです。

この傾向がある人も、傾向の度合いが高ければ高いほど、霊視能力にはセーフティネット式に制限が自然とかかるので、まぁ、そこまでの心配は、無いっちゃないのですが。



セーフティネットの効き具合ですが、完全にシャットアウトするというよりは、あえて「ある程度、キツいと感じるところまでは、感じてしまう」ように設定がされています。
それこそボクシングなどの試合で、選手が死なないように審判などが見張っていて、本当に危なくなったら選手が死ぬ前に試合を中断したりしますが、かといって一発も殴られないように保護するとボクシング自体が成り立たない……というのと同じです。

この世は、それ自体がスポーツジムみたいなものなので、多少の、その人の成熟度合いに応じたキツさは、むしろ受け取れるほうが恩恵でもあったりします。
(なので、霊的魂的に未熟で成長の余地があり、なにより本人が今回、この世に生まれる前に『今回は、こういうふうになりたい』という意向(=神聖な計画)があると、本人が頭で『ラクになりたい』と願っても、実はそうなるほうが良くないので、ちゃんと、つらい目に遭い続けるという恩恵が与えられ続けるのです!)

なので、上記に書いたような留意点も、「多少(以上)、霊視ができるが、霊視ができる自分を、自分の能力の使い方を、まだそこまで習熟してない」という人が読んだら、もしかしたら有益と感じてもらえるかも……という気持ちで、書いています(←やだー、純朴w)。

ご参考に……なるんかいなぁ?

P.S

セーフティネットはいろんな事象それぞれに完璧に張られています。
たとえばお金など豊かさについてもそう。

よく「宝くじに当たればいいなぁ、大金持ちになれる」と言う人がいますが、実際に宝くじで突然、億万長者になってしまった人は破産率が高く、また一文無しに戻ることが少なくないのをご存知でしょうか?

ちょっと考えてみればわかりそうなもんですよね。突然、手にした大金により欲を制御できなくなり、たった数億円という限りがある金額なのに、あたかも無限のお金が手に入ったような気になってしまうんです。
で、金持ちの仲間入りとばかりにリスクの高い金融商品に手を出したり、わかりやすく酒などの豪遊であっさり使い果たしてしまったり。
(一晩で何百万円もかかる高級クラブでの豪遊、何百万円相当の商品をポンポン衝動買いする生活を続けたら、数億円なんて、半年ももたないとすぐ計算できてもよさそうなものなのに)

自分が自然に生きてて入ってくるお金がある金額でだいたい一定なのは、まさに、自分にふさわしいエネルギーの分だけの恩恵を与えてもらえるように、セーフティネットが働いている証拠とさえいえます。

食べ物でもそうですよね。一度に、何万Kcalというエネルギー量の食べ物を食べてしまったら、体調がおかしくなる。

物事は、多ければ多いほどいいってものじゃないんです。バランスとタイミングなんです。

お金についても、なんでもそう。

そこがわからず、欲が暴走して

「でもォーーーー!!!欲しいんだモーーーーーーーーーン!!!!」

となってしまうと、永遠に、この世のエネルギー的な理(ことわり)について理解することもないし、そうした理が働くなかでこそ実現できる成長もないんじゃ……的な。

P.P.S

私が開発したエネルギープログラムに「マイティピュリフィア」がありますが、これは、そのまんま、この宇宙に適用されてるセーフティネットの仕組み(≒関数)を組み込み(というか、セーフティネットには逆らわないという設定にして)、その人が多少は感じるべきダメージは、ガードしすぎることなくちゃんとツッコミを受けられるようにしてあります。
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