あくまで、答えを出しにいくのは質問者

シータヒーリングセッションの感想をいただきました。

不仲にあったお父様が急逝され、気持ちの整理をつけたいとのことでした。

感想の中にもありますが、これといったテーマに則して展開していくというよりは、あれこれ気になることをQ&Aばりにお答えしていくというスタイルのセッションになりました。

先日シータのセッションでお世話になりました

葬式を出したばかりの親の死、それも不仲のまま急死、私も気持ちの整理がつかず混乱しているという厄介であろう内容でのセッションのお願いでしたが、真摯なご対応ありがとうございました

常識では考えられないようなことばかりして周囲に迷惑を掛け続け、家族に対しても愛情のかけらも感じさせない父親に他の家族一同苦労をしてきたので、一体あれ(父親)は何者だったのだろう、どうして自分はこんな家庭に生まれてきたのだろうという事で今回のセッションをお願いしました 子供の心を殺すような言動ばかり続ける親の元、自分のしたい事はほとんど出来ず親に支配され続けたせいでこんな人生、こんな人間になってしまったという思いをずっと持っていました

今思い返すと感情のぶれるまま脈絡のない質問ばかりしてしまい、自分はこのセッションで何を解決したいのか事前にもっとどんな事を質問するか具体的に決めてお願いすれば良かったかな、と思います(シータヒーリングのセッションをお願いしました こちらからのアプローチの仕方で結果が出る手法だと思います プラクティショナーにお任せしておけば勝手に答えが降りて問題が解決する、という訳ではありませんよね あくまで、答えを出しにいくのは質問者です)

ただ話をしていくうちに気がついた事が幾つもありました

ひとつは強い怒りが今でも自分の中にあったという事です
なにしろ酷い親でしたので、早く死ねばいいなどと常々思っていましたが、家を離れて10年以上経ちますし、自分も親も年を取りましたので昔ほどは怒りや憎しみを感じる事も無くなり、むしろ無関心という状態だったのですが、現在自分が抱えている問題が未消化の怒りから来ているのだと気づく事が出来ました usamimiさんの仰っていた、怒りを整理できればそこに囚われていたエネルギーを他の前向きな新しい事に転用できる(このような理解で良かったでしょうか)ということに希望を持っています

あとは色々な思い違いをしていたことに気づきました
以前シータヒーリングを習った事があるのですが、最初の段階でつまずいてしまいちっとも先に進めない、といった話をしているうちに、根本的な思い違いをしていた事に気がつきました
練習の仕方も教えて頂き、早速実践しています
同じような感じで、日常の生活でも今まで自分が信じていた事が実は違っていた、ということが他にも沢山あるんだろうな、認知が歪んでいて物事をありのまま捉えられなかったせいで、いろいろ間違った選択をしてきたんだろうな、うまくいかなかった事はそのせいだったんだろうなと感じます

あと過去生を見ていただいたことです
小さい頃から何となく昔満州で暮らしていて、大きな病院のようなところで過ごしていた(祖父が戦時中満州にいて、その頃の話を聞いたり写真を見たりした影響かもしれませんが)気がしていたのですが、過去生の話になった時に「戦前、中国にいたような気がします」とだけお話したのに「満州、って中国でしたっけ?」という答えが帰ってきた時はびっくりしました 今は中国の一部ですが、戦前の十何年かだけ存在した国なんですね 理由は分かりませんが、昔から何が縁がある様に感じていたので、前世の話を聞いて納得しました
他の過去世も、子供の頃の志向(植物、それも薬になるような、薬草や今でいうハーブのようなものが大好きで図鑑を持って山に入るような変わった子供でした)そのままの仕事をしていたとか、何かの学問をその当時究めたことがあり、それが今にも影響しているとか、思い当たることが沢山です 今まで過去生に関心を持つことはあまり無かったのですが、ワークする時期に来ているのかもしれませんね

そんなこんな話をしているうちに予定の時間を大分オーバーしてしまい、予定(葬式の片付けとか)もありましたので慌ててセッションを終わりにしてもらい、最初に考えていた「どうしてこの家庭を選んで生まれてきたのか」を掘り下げるのをすっかり忘れていました もしかしたら話は出たのに受け止め切れず忘れているのか、まだ自分に準備が出来ておらずこれからの課題となっているのか分かりませんが、一つ一つ整理して行きたいと思います

セッションを終えて、本当に疲れました 今まで見ないようにしてきた父に対する怒りや思うように生きられなかった無念さや無力な自分に対する諦め、いろいろな感情が湧いてきました
ただ、その後これからの未来に対する希望のような、ずっと自分の足を掴んでいた足枷から開放されたような、前向きな気持ちがどんどん出てきて、とにかく今日から自分らしく生きていこう、もう邪魔はされないんだという気持ちになってきました(本当はとっくに家を出て独立していたので、親に関係なく生きられる筈なのですが、ずっと自分は好きなようには生きられないと思い込んでいたんですね)

セッションを受ける前はとにかく混乱していて、これからどうして行けばいいか分からないといった状態でしたが、お話をしているうちに希望が見えてきました
親に囚われないで(そんなつもりはありませんでしたが、コンプレックスや自己否定、無気力といった形で死んだように生きてきました)これから過ごしていこうと、不謹慎かもしれませんがとても前向きな気持ちになっています

あとは最後にぽろっと仰っていた「人間関係」です
そう、一番のテーマは本当はこれなんでしょうね
もう何もかも面倒臭くて、人との関わりも極力避けてきましたが、それではなにも変わることは出来ない、どんどん一人よがりでおかしな方向に行ってしまう、自分が生まれてきた理由、今世での課題が果たせなくなる、そんな気がしてきました

色々、考えさせられるセッションとなりましたが、無力感に苛まれて身動き出来ない状態から開放された気がします これからの事、「大変だよ」とusamimiさんも仰っていましたが、中年となってしまった今からでもやらないよりはましです どこまでやれるか分かりませんが、自分の人生を取り戻して行きたいと思います
ありがとうございました


この記事のタイトルにもさせてもらいましたが、「あくまで、答えを出しにいくのは質問者(=クライアント)」なんですよね。

もちろん、ヒーラーとして「今回の依頼内容だと、何かの問題を掘り下げて変えるということには、結びつかないかもしれませんがそれでもいいですか」といった確認を挟んだりは、場合に応じてします。

今回のこの方の場合も、あれこれ質問内容がバラバラに飛ぶ傾向があったので、「ただそれを聞いて答えを得る、というので本当にいいですか?」といった確認は挟んでおりました。
(同時に、創造主から観せられる、ベストなセッションの方向性や在り方についての示唆もずっとウォッチはしていて、結果として『今回はまず、何かを掘り下げて変えるよりも、混乱している気持ちを、いろんな疑問を解消していくことで落ち着かせるのが至上命題』的なものにおさまりました)

ヒーリングには順序があり、混乱していたり、傷ついた思いにショックで立ち直る気力をまだ持てないなどの段階では、その時点で問題をゴリゴリと土台まで掘り下げて……とやるのが、ベストなヒーリングかというと疑問だよなぁ、という感覚を私は持っています。

この方が感想で「最初に考えていた「どうしてこの家庭を選んで生まれてきたのか」を掘り下げるのをすっかり忘れていました」と述べておられますが、実はセッションでは明確に、これについてさんざん話し、ご本人の口から回答を聞いているんです。
でも、それが腑に落ちていないか、納得がまだ足りていないために、このようにお感じになったのでしょう。
(よくあることです)

こういうケースで、相手に対して「え?話題は出たでしょ?何いってんの」と、押し付けがましく何かをクライアントに伝えたい気持ちが湧くとしたら、本当にヒーラーの役目に徹することができているのかを疑ったほうがいいと感じています。

ヒーラーを介して創造主からのメッセージを読み解く、という具体的な方法を採るまでもなく、人は常に、目の前の課題に対する答えをすべて、与えられています。

算数の問題で

「1+1=?」

とテストで問われますよね。

でもよく考えるとあれって、もう「1+1」という値が出てる時点で、答えなんですよね。わかりにくい?だけで。

現実もそれと同じなんです。

悩みは常に答えと共にある。

のに、解けない人間の頭がアレなだけなんです。

で、解ければいい、解答をズルして見てでもなんでもいいから正答できればそれでいいかというと、そうでもなかったりする。

まさに、「1+1」が「2」と納得できる思考回路がどんなものなのかを見出したり、見出したその思考回路を整備する、体得することだったりするのがその課題に自分が取り組むべき理由だったりすることもあるかもないかも!?

その、「ほんとうに自分がその課題に取り組むべき理由」(←べき、というと誰かから強制されたみたいですが、そうではなくて、自分で決めたことというニュアンスで把握したほうが健全かと)を、自分なりのやり方とペース配分で、やっていく。

それに寄り添う形でサポートするのもヒーラーの大事な務め。。。だったりして?全然違ったりして?

なーんて。

感想ありがとうございました。
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