生徒・学生向けビジネス手帳「フォーサイト」

買いました。

ふりかえり力向上手帳 フォーサイトふりかえり力向上手帳 フォーサイト
(2014/10/16)
FCEエデュケーション

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⇒フォーサイト公式サイト

公式サイトに情報が充実してるので、補足する必要すらないかも。

公式サイトの「我々が手帳に込めた想い」を読むと、

「ふ・り・か・え・り」の「く・り・か・え・し」をコンセプト


にしてることが伺えますね。予定管理よりも、実績の振り返り・反省・そして改善を狙った手帳のようです。

公式サイトの「導入・活用インタビュー」を見ると、学校単位で導入して、先生と生徒が一丸となってこの手帳を活用する学校が130以上もあるみたいですね。

何月何日の何時にこれこれをする、という予定管理もいちおうはできますが、どちらかというとToDo帳(タスク管理)の性格が強いです。

たとえば、ある週に教科書の◯~◯ページを学習する、と決めたら、今度はそれに沿って日ごとに「この日は◯~△ページ」というふうにタスクを割り振ります。そして実施したらレ点でチェックを入れ、1週間が終わったところでその週の出来不出来を振り返り、翌週に繋げる……というもの。

まるっきり、受験向け
あえていえば、資格試験向け


といえるかもしれません。

なので、これまで受験向け、資格試験向けの進捗管理として手帳を活用したかった(が従来のものだといまひとつしっくりこなかった)という人には、うってつけかもしれません。

私の場合は、

・楽器など習い事(の習熟度、達成度、課題の認識)

・フィットネス関連(食事、身体測定結果、運動、睡眠)

・仕事とは直接関係ない、私的な読書や学習の計画&実行度


の管理のために使う所存です。

予定を立てるというよりは実績管理のほうに重きを置いています。

(これを購入したのも、もともと『フルート練習ノート』『肉体トレーニングノート』など別々に用意していたのですが、結局バラバラに管理するのが鬱陶しくなり、ノート自体を手にとって開く機会がなくなって……ということが続いたためです。そして、記録なくただ漠然と何か練習だけ、トレーニングだけしましたよといっても、いつの時点からどのくらい上達したのかの把握がナァナァになってどうもダメだ、と思ったので)

ご参考までに。



P.S

自分は高校のとき、スーパーエリートの受験術という勉強本(当時はまだ珍しかった)を読み、感銘を受け、手帳で学習の予定と実績を管理することの重要性を認識しました。

で、実践もしてみて、それまでろくすっぽ勉強もせず全国模試で2万位程度をウロウロしていた私が、2ヶ月たらずのうちに全国模試千位以内に入るところまで成績が伸び、志望校はもう遊んでても楽勝……となった(ので、高3の大半はほとんどまったく受験勉強をせずに過ごした)経験もしています。

そこまで、「どうやったら物事をちゃんと達成できるか」を自らの経験もコミで実感したにもかかわらずそれ以降はどうしてその習慣を継続していなかったかというと、たった2ヶ月とはいえ、普段と違う頑張り(←といってもべつに徹夜で勉強とかでもなく、せいぜい1日に2~3時間の勉強を週に2~3回やる程度)をしたことへの憤りがすごかったからです。

単純にいえば、燃え尽き症候群ならぬ、うんざり症候群?

「つかさぁ、頑張ったからって、何?べつにその頑張りが世界一、評価されるでもないし、自分が頑張ってたときにチンタラ遊んでた奴らと得られるものが大差ないなら、頑張り損じゃね?

もっと遊んで、もっと怠けて、もっとだらけて、もっと出来が悪くて、それで出来のいい頑張った奴と同じものが得られるなら、頑張るわけないじゃんね?」

という気持ちがあまりに強すぎて、

「もう二度と、ちゃんと頑張る努力なんか、するもんか」

と、ものすごく強い信念で、ちゃんとやることを放棄してしまったんですね。

同時に、たいして努力しないような在り方でも自分と同等かそれ以上のものを得ている人たちに敢えて合わせることで、要領がいい?のかもしれないそうした生き方を習得しようかな、という、前向きなんだかよくわからない気持ちもあって。
それまで、我が道を行く路線をものすごく貫いてしまいすぎて、周りとの温度差というか、空気の読み方もうまくできないみたいなところもあっただけに、「もう就職も含め、夢も叶わず、生きていてこれといって欲しいものもなくなってしまった。なら、フツーの人間としてのスキルを高めるほうに重きを置くほうへシフトするか」とも思って。

で、そのあとは、どんなことにたいしてもナァナァで、アクセルとブレーキを同時に踏みながら「ああどうしよう」と右往左往するだけの、いわゆるフツーの人(←それにしても、その時点の私の周囲にいた、人たちの質というかが、今思えばアレだったのかもしれません。それとも私の見る目がなく、実はその人たちの良さもあったのに、私が気づかなかっただけだったのでしょうか)にとにかく合わせて、迎合して、順応を試みるばかり。

就職しても独立しても、楽器をやってもしょせんは趣味扱い、体を鍛えようなんていってもメリットが見つからない。
(健康維持のためと称しているけどたいして健康を害してるわけでもないし、トレーニングした恩恵も実感できない。外見的な『こうなりたい』という理想はすでに叶っている(そんなに鍛えられてもいないし駄デブでもない固太りのムチムチしたゴツデブ体型に満足していた)。なにより、何かをちゃんとやるのではなく、才能ないのに地道に努力して報われない健気で痛々しい庶民の在り方をやってみたかったという生き方のコンセプトがあったので、ちゃんとやって成果を出して達成してしまうなんて、コンセプト違反だったのです)

ちゃんとしなくても生きていけるなら、絶対に、ちゃんとなんて、するものか。

……そういう生き方がしたくてたまりませんでした。そして実際、そうしていました。

ですが。

このブログでさんざん綴ってきていますが、2014年に大きな転機を迎え(た気がして)、

「もう、テキトーな生き方を肯定したフリして、いわゆる意識の低いフツーの人連中の同類の真似事をしてるのは、飽きた!つか、それどころじゃない!!」

と思えました。

アラフォーのオッさんが今からどんな本気を出したところで何がどうなるものでもないのかもしれないけれど、ちゃんとやるつもりもなくてだらっとして、それでいてちゃんとなってないことにイライラするのはいくらなんでも自己矛盾すぎだろ、ということで方向転換したわけです。

そんなこんなで今年、2015年からは、高校時代までのように、何かをやるならやったなりの、できればやった以上の成果を必ず掴むぞという貧乏根性を復活させました。

だらっとして努力もせずナァナァに生きてるわりにこれといって不自由しない、どういうわけか恵まれてる、ぬるま湯に浸かり放題の人たちが

「よくやるよねぇwww」

と嘲笑しても、そんなん関係ない。

もうここからは、自分が納得する生き様、死に様を成し遂げたい。

トシをとったんでしょうか、そう思うようになりました。

何かを習得していくこと乞食

なんでしょうね、私。

生粋の自己啓発ヲタク

とも言えるんでしょうかw

たぶん、切手とかコインとかビックリマンシールとかを集める人と同じなのかもしれません。その趣味に理解がない人からしたら変人としか思えないようなことが、無上の喜び。

おそらくたいして社会に貢献できてる人間でもないので、いつどんな目に遭おうが文句言える立場ではないし、ましてや人から尊敬され信頼されるような有様からは程遠い本性の人間なのだと思います。

それでも。

べつにいいや。
(良い人だと思われたい気持ちもないし、悪い人だと言われて困ることもないし、人から尊敬されたり好かれたいとも思わない。直接的なデメリットがなければ、誰に嫌われていようがどうでもいい。そもそも、自分が当初、目指していたような社会貢献の形はもう、どうやったって成し遂げようもない&社会から求められてもいない以上、生きている価値がある人間かどうかもわからないわけです。邪魔なら殺されてもべつに気にしない勢い)

社会がいう常識とか、他人が押し付けてくる教訓?道徳観念?価値観?なんかも、究極的にはどうでもいいのだけれど。

せめて、自分が本当は、やりたいと思っていること、こう在りたいと思っている在り方くらいは、裏切りたくないなぁ、満たしてあげたいなぁ、満たせるようでありたいなぁ、という。。。
(しかも、私の望む生き方はべつに、どこかの誰かに著しく迷惑をかけるものではないし、反社会的とみなされるわけでもない。ただの無能な馬鹿が、誰の毒にも薬にもなるでもなく、細々と生き恥を晒しているだけですしおすし)

そんなこんなで、自分に嘘をつく生き方はしたくないなぁ、という次第でこの手帳を買った次第です。

ってやだー、手帳1冊買うのにここまで無駄に熱く想っちゃう、そーゆートコがさぁ、フツーじゃない、ってんだよ。ね?そうなんでしょ?
(と問いかけておいて実はどうでもいい)
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