ただ癒すだけでなく、問題点も提起してくれて、本当に客観的な言葉を伝えていただける

シータヒーリングセッションの感想いただきました。

愛する娘さんを不意に傷つけたくなるときがあり困っているという、女性からの相談でした。

12月にセッションを受けた者です

感想をお伝えしようと思いながら、家族でゴタゴタしており遅くなってしまいました
でもその間、よりusamimi様のセッションの内容をより深く感じれたように思います

受ける前に自分なりにどこが問題なのだろうと考えてセッションを受けたのですが、”これらはこの問題に関係ない”と思っていた部分が全部ものの見事に関係していて私にどれほどストレスとなっていたかを痛感しました

そして今回テーマにしたことよりもっと深い部分も癒していただき、とても驚くとともに一気に人生が前に進んだように思います
またusamimi様がいろいろ創造主の言葉を伝えてくださって、自分の人生を振り返るいい機会にもなりました

今までシータのセッションを何人かの方に受けさせていただいていますが、格段に違いました
ただ癒すだけでなく、問題点も提起してくれて、本当に客観的な言葉を伝えていただける

また言いにくいこと、伝えにくいことも率直におっしゃってくださり、またそれが不快にならないというか、説得力があるというか・・・

本当に深いセッションをしていただきました

娘に対しても、腹がたつこともありますが、以前のように”傷つけたくなる”という衝動が消えました

まだか かわり方を模索してる部分もありますが、より親子の関係を深めていく努力をしていきます
また何かりましたらセッションを受けさせてください

本当にありがとうございました

あざーす。

シータヒーリングのセッションは、ヒーラー個人の意見を言わない、交えないというのが鉄則ですよね。

だから、私個人がべつに何か「よかれと思って」とか「エゴによる押し付けでお説教」みたいなことは、しません。

あくまで、クライアント本人が放っているエネルギーを、こうなりたいという意向を、創造主という名目のエネルギーの塊?に向かって投げた結果、映ったものをそのまま、フィードバックするという感覚でいます。

まるで、クライアントが水面に小石を投げたのを、自分は何回ピョンピョン跳ねたかカウントする(だけ)、みたいな。

自分はあくまで見届けというか、スポーツ競技の審判みたいな役割をしていて、あくまでもクライアントのエネルギーと創造主のエネルギーの相互作用をコーディネートするだけ、的な。(←横文字ばっかでわけわからんわホンマに)

この、

良い意味で、他人事
良い意味で、伝聞形(〜らしい、〜みたい)


という点が、個人的にはポイントかなぁ〜と思っています。

ある意味、セッション時に、ヒーラーが話す言葉をヒーラー個人の意見・主張だとクライアントが認識して、「議論、論争」みたいな図式をクライアントが抱いてしまうと、もうそれ自体が、ベストなヒーリングセッションのあり方からすれば、横道に逸れているんですね。

あくまでも、たとえば健康診断の結果表を医者が見ながら患者に淡々と、データとして伝えるみたいな、客観的な立場というかが肝だな、と。

変な、人間同士の感情のこもったやりとりは不要

だと思っています。

創始者ヴァイアナも

「シータヒーリングで大事なのは、Passion(情熱)じゃない。創造主からもたらされる愛を伝える事」

と2014年夏のアイダホセミナーのどこかで強調してました。

いただいた感想では、客観的だったと私を持ち上げる方向で書いてくださっていますが、私だって、どこまで完璧に客観性を保てるか?はいつも至上命題となっています。

「自分の意見を言っていないか?自分の『こうなれ』という意向を押し付けていないか?自分の価値観からみて望ましいことをクライアントが言うかどうかで、好き嫌いを顔や表情、声色などであらわしてしまっていないか?」

を、常に常に、やりすぎ!と言われてしまっても仕方がないほど、やっています。w

また、実はなんの感情も持っていないけれど、あえて、怒ったり驚いたりするような「演技」的なものの言い方をすることで(←その演技の方向性も、創造主から『こんなふうにやるとクライアントが気づく』と、演出家よろしく指示というかがくるのです←指示、というか、『こういう波動のあり方を体現するような言い方』というものがエネルギーとして提示されるだけなのですが)、かえって、冷静に淡々と喋るよりもクライアントが気づきを得られやすい、という場合は、そうします。
(ただ、これはちょっと高度なテクニックかもしれないし、人によっては『そんなことする必要ない』と批判する人もいるだろうなぁ、とは思います)

また、感想のなかで深いセッションをしてもらえたということをプラスの意味合いでおっしゃってくださっているようでありがたいですが、同時に、

べつに深くもなんともない浅いセッションでも、それがその時点のクライアントにとっての最高最善であれば、やる

というスタンスでおります。
(実際、ある誰かのセッションと比較して個人的に『うーわ、今回のこの人のセッション、浅い内容だったなー、ほんとにお金もらっていいんかなー』と思うことはあるのですが、そもそも何をもって深いか浅いかなんて基準は明確にはないし、クライアントが満足していれば、それでいいと思ってます。いわゆる深いセッションを『不快セッション』と感じてしまうクライアントもいるでしょうし。第一、深いセッションにしようか浅いセッションにしようかなんて、ヒーラーが決めることではないし、考えもしません。結果として、後から振り返ってもし個人の感想として評価するなら、浅かった深かったと個々人それぞれが各々の価値観で点数?をつけてるだけですからね。あくまでヒーラーは、クライアントと創造主との間で起こるエネルギー的な変化を、ある意味、受け身で、チンタラと仲介するのみですので)

感想ありがとうございました。
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