やりたいことをやっていけばいい。それが、内面の輝きになり、外見の綺麗さに繋がる。

アフロディーテ・ビューティレイのアチューンメントを受けた方からの感想です。

ここ数か月、「綺麗でいたい」という思いが強くなっていて、自分なりにオシャレやメイクなど気を遣っていたのですが、何となくそれが今自分に必要だ、という気がしていました。

usamimiさんが提供するたくさんのエネルギーの中で、特に惹かれ、受けてみることにしました。

実際受けてみると、両腕が重くなり、何かが絞り出された感じがして、その後軽くなりました。

そして、「やりたいことをやっていけばいい。それが、内面の輝きになり、外見の綺麗さに繋がる。外見の綺麗さは、コミュニケーションの一種であり、相手への説得力になる。」という言葉が聴こえてきました。


あざっす!

エネルギーアチューンメントによる美って、べつに目が二重になるとか、鼻筋がどうなるとか、そういうことではないんです。

よく、

「醜い外見の人がこのアチューンメントを受けても、美しくないものから美のエネルギーが漂うって、変じゃないですか?」

といった疑問を持つ人もいるんですよね。

でも、形として何を美と捉えるかなんて、決められないわけです。
いま、世間一般の?価値観で「美しい」とされる容姿が、普遍的な真実かというと全然違って、ある意味、人類の中のある程度の人数が「そう思っている、信じている、決め込んでいる」トレンドに過ぎないわけで。

美というのは形ではなくて、波動なんですね。

ただ、その波動にも、美の波形はあるもので、花や貝殻のように、美のエネルギーを物理的に体現したものもあります。
鶏と卵どっちが先か、的に、美のエネルギーを帯びると人の顔つきなども変わってきて、人の顔つきが変わってくると美しさを帯びる……という現象もあります。
(これ、モーニング娘。のオーディション時と加入後半年くらいのめまぐるしい顔の変化を見れば、おわかりいただけるのでは。整形するのともまた別に、美しさが顔から漂い、また顔が美しくなるにつれて美のオーラを放つようになっていくんですよね、人間って)

そして、唯一これが美しいというものがあるわけではなくて、いろんな形としての美しさはあり、でも美しいものに共通した波動がある、ということなんです。
(この変化のルートを辿った人の中には、世間一般でかっこいいとか美人と呼ばれる顔ではないけど、かっこいい、綺麗、という印象を人に与える人もけっこういますよね←個人的には、浅野忠信が出てきたとき、どうしてこの人が美形のイケメンとされるのか、皆目見当がつきませんでした)

美の波形をあらわす形も、さまざま。

自分なりの、自分にしか体現しえない、美の形はあるものなんです、誰にでも。
そして同時に、そんなふうに形としては様々なのに、美を体現できてる人が放つ美の波動は、共通なんです。

禅問答崩れみたいな文章ですが、今日はこのへんで。しーゆー。
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