100kgだったボクがポジティブになれたやせごはん

だそうです。

100kgだったボクがポジティブになれたやせごはん (ダ・ヴィンチBOOKS)100kgだったボクがポジティブになれたやせごはん (ダ・ヴィンチBOOKS)
(2014/12/19)
今井 洋介

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インタビュー動画があります。
歌唱力……。

100kgから35kg減量とのことなので、今の今井さん(←オヤジギャグ)は65kg!!
完全に普通体型ですね。

インタビューでも話されていますが、デブ時代はネガティブだったそうです。

自分の場合は当てはまらないのですが(太っていることのデメリットを感じないし、痩せているときもだからといってメリットを感じなかった)、

クヨクヨしがちな自分のどこをどうワークしたらいいか、わからない

という人は、あえて、外見・外面だけ整えてみる、変えてみる、ってのもアリかもしれませんね。

自分は経験ないのですが、外見がちょっと変わるだけで、周囲の対応は変わるらしいです。


P.S

ヒーラーとして相談を受けるなかで、わりとよくあるのが、

「スピリチュアルな普遍的真理、についてこだわって『真実が知りたい』と言っているけれども、実はスピリチュアルな普遍的真理になんかまったく興味がなく、たとえばあらかじめ自分が正当化したい(他人に言っても賛同を得られない)屁理屈的な主張や生き方のスタイル(←たいてい、現時点のその人の在り方そのもの)が先にあって、それが正しいという確証を得たいだけ」

のケース。

たいてい、このケースの人は承認欲求が強く、「スピリチュアルな普遍的真理」を「これぞ正解!という絶対の権威」みたいに捉えてるんですね。

で、親なり友達なり学校や会社の知り合いなりに言っても否定される、貶される自分を、「せめて最高の権威である『スピリチュアルなもの』からだけは認められたい!私が間違っていないと言ってほしい!」と、最後の砦とばかりに求めるんです。

しかも、「目に見えないものだから、好きなように理屈をこねくり回しても、真実と実は違っても、バレないもんね。反論されたとしても証拠を提出できない筈だから、どんなふうに屁理屈をでっち上げてでも言い返せる。私だけが見えない真実を見ることができている!とどこまでもうそぶいていられる」という狡猾な打算もあったりして。

で、さんざん噛み付いてこだわって喧々諤々のスピリチュアル談義をするものの、いざ悩みがなんらかの事象によりなくなったら、あれほどこだわっていたはずのスピリチュアルな真理になんかまったく興味を示さず、こちらがよかれと思って

「あ、前に中途半端な説明になってた、あの事象についてだけど〜」

と、新たにわかった追加情報を伝えようとすると

「あー?あぁ、あれね。んー、もう、いいんだよね……」

と、まるで街角でチラシ配りの人から要らないチラシを差し出されたみたいな鬱陶しい顔する。w
(言うまでもないですが、これ、女性に顕著です)



これやられると、こっちは、しらけるんだよねー。

なんだ、大それたこと言って、いかにも自分はスピリチュアルな真実の探求者ですみたいなツラしておいて、結局は個人的な悩みにしか興味なかったんじゃねえかよ、と。

自分の目先の問題さえどうにかなれば、あとは知りません、って?
あんだけ偉そうに必死こいてガツガツほざいて、話に付き合う人の迷惑も顧みず感謝もせず、ひたすら依存するなり自分の意に介さない意見はボコボコに誹謗中傷してたすべては、悩んでたからこその混乱。仕方ないでしょ、許してちょんまげ、って!?

どうせなら「スピリチュアルな事象そのものを探求したいかと言われたらそうでもないのが本音なんですが、今、こういう悩みがあって、それがもしかしたら、スピリチュアルなことを模索するなかで解消のヒントが得られるんじゃないかと思って、今は取り組んでます。なので、悩み自体が解消したら、サッと身を引くかもしれません(笑)」くらいのスタンスを自覚していて、いわゆる普遍的真理について本気で探求したい人たちがガツガツ議論を始めたら、身の程を知ってそれとなく身を退くとか黙ってるとか、わかってる範囲内でだけ、もっと詳しい他の人たちに配慮しながらコメントするとか、ないの?……と。

なーんて書いたところで、

「あぁそうか、気をつけよう」

と思う人はそもそもそんな変なことしないし、上記のケースにあてはまるモンスターはモンスターで、反省もしないし、

「なぜかブログのあの部分だけ、目に入らなかった」

とか、まぁなんて面の皮の厚いことよ的に逞しいですわよまったくw

ってやだァ、新年一発目から、愚痴〜?

モンスピ女「酷い!これって、私のこと書いてますよね?私が◯◯さんとこういう揉め方をしたって、誰かから聞いたんですか?それとも無断で霊視した?いずれにしても許せません。傷つきました。私を傷つけたカルマにより、あなたは近い将来きっと、その報いを受けるでしょう(笑)。お気の毒に。でもあなたはそれにふさわしいことをしたのです。苦しみなさい?そして学びなさい?愛を知りなさい?この私のように。いつかあなたが、愚かなネガティブ状態から回復して、私のような素晴らしい人間に近づけることを、真の目覚めを経験して本当の愛を体現することを、見守っています。それまでは、自分で蒔いた種。どこまでも苦しみ、罪を償うのです。それがあなたの生き様。苦しむことができることは、まだ神から見捨てられていない証拠。感謝なさい?神にも、あなたを見守ってあげている慈悲深いこの私にも」

すいません、欲求不満のマ◯コ日照りに用はないんでお引き取りくださいますか。

愛と光〜♪
最高最善〜♪
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