市民運動会での父を見て。

自分の父は「将来はプロ野球の選手になって大儲けして俺にラクさせろ」と、とにかく運動面で優れて結果を出せとうるさい性格でした。

子供の頃から殴る蹴る怒鳴るの嵐で、とにかく「男なんだから強くなれ」と躾けられました。
(父のなかの目安として『鼻血を出す』ところまで殴ったら気が済むようで、だんだん私は、早めに鼻血が出るような殴られ方をマスターしていきましたw)

なかでも学校の運動会はこのうえなくナーバスな行事で

「もし競争で1位を獲れなかったら、どうなるかわかってんだろうな」

と脅されていたため、プレッシャーからくる吐き気で生きた心地がしなかったものです。

毎回、どうにか1位を獲れていましたが、その瞬間から

「来年も1位を獲るんだろうな?」

と脅してくるので、そのあと1年間、また生きた心地がしないという……。

そんなこんなの少年期を経て、自分が中学生になったある年、市民運動会の短距離走に出る人がたりないということで、うちの父が出ることになりました。

父親から運動をしろしろとは言われていたものの、父親自身が運動をしているのを見たことがなかったので、内心「どんなにすごい運動神経の持ち主なんだろう?」とワクワクしていました。

酒乱で重度のアルコール依存症だった父は、毎晩のように、泥酔しては自分がいかに凄い運動能力を持っていたかを力説し、それを十年近くも聞かされ続けたからです。

いよいよ父親が走る。

ドキドキしながら見守ると、父は……。

ダントツのビリ

でした。

もうね、話にならない。

てんで遅いの。なんとなく集団でわらわらとゴールしてたまたま最下位だったとかじゃなくて、みんなもう走り終わってるのにまだゴールしてない、的な。短距離だからそれは数秒といえば数秒の差なんだけど、同時に短距離でありながら数mの差がついていました。明らかに。

べつに怪我をしていたわけじゃない。足を悪くする病気を患っていたわけでもない。体調が悪いわけでも、まだそこまでトシというわけでもない(まだ30代前半だったはず)。

でも、ビリ。


このとき、ほとんど人生で初めてといっていいほど、(こんなことをしたら父親から殺されるかもしれないという恐怖さえかき消えるほどに)怒りを感じ、父親に向かって

「なんなの?あの走りは。自分の子供には運動で一番じゃないと許さないなんて偉そうなこと言っておいて、自分はなんなんだよ!!」

と怒鳴りました。

案の定、父は激昂して

「なんだテメエは!子供の分際で親に向かって!!」

と殴ってきましたが、それまであえて殴られるにまかせていたのを、初めて、受け止めて制止しました。

「弱……」

父親の拳は、中学にあがった自分からしたらもうなんの脅威でもなく、こんな、口ばっかりのヘナチョコの嘘つき精神年齢幼稚野郎にいいように丸めこまれてこれまで自分は良かれと思って、親孝行だと思って従ってきたのかと思ったら、もうバカバカしくて、泣けてきて……。

それまで

「金がもったいないから、中学を卒業したら働け。俺の口座を給料の振込先にしろ。これまでタダで育ててもらった分の借金を返すんだ。お前にはこれまで通り、月3000円の小遣いをやるから。……なんだその顔は!お前がスポーツでプロになれるかもしれないくらいの可能性を実績で示せば、俺だって協力してやったかもしれないんだぞ?その親の期待を裏切って、運動で全然パッとしないお前が悪い」

と言われ、不甲斐ない自分への自責の念にかられて「はい」と言ってはいたものの、もうこんなバカ男の言いなりになってたまるか、と思い、どんなに親に反対されても高校に進学してやる、と決意しました。


こんなふうに、男の子は、ある時点で、親の支配下にある自分を自力で乗り越える瞬間が思春期に訪れるのですね。

なーんて。
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