ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

読みました。

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ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるかゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
(2014/09/25)
ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ 他

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他のビジネス書群とは一線を画す情報と叡智の密度で、流し読みをするとかなり勿体ない印象。

いわゆる精神論を説く自己啓発本でもないし、ちゃちゃっと日常に活かせる仕事術みたいなものが書いてあるわけでもありません。

PayPalをはじめ数々の事業を出資者として成功に導いてきた著者の視座だからこそ見えるスケールで、それこそ世界トップレベルで活躍する人たちにも斬新な役立つ情報として受け止められるクオリティ?の内容に感じました。

タイトルにあるとおり、何もないところから何かを生み出す(そして一発屋でポシャらず存続させる)にはどうすればいいか、そのための前提としてどんな知識や考え方を仕込んでおくべきか、が語られます。

肝としては、「独占」と、「競争回避(少なくとも、競争で勝つことが成功だという誤った幻想からの脱却)」らへんかなぁ。



ビジネス書のなかには一定数、「成功者だけが知っているなんとかの法則」みたいな、あらかじめ正解が存在するという前提で、それをここだけの話で教えますよということをまさに情報の価値として出すものがあると思います。
また、「ファーストクラスに乗る人たちのお作法」的な、現時点の社会システムで上のほうにこぎつけられた人たちが実践している行動特性などを説くことで、猿真似の後追いでいいならそこに食い込めるかもよと夢を見させるor教育?するタイプのものもあります。
それらがいけないということではありませんが、すべて「確固たる仕組みがすでに成立し、それが真実として機能している世界」を前提としています(←それが本当に幻想ではなく事実・真実であると捉えるかどうかは人それぞれでしょうが←もしそれが真実だとしたら、なぜ本を読んだすべての人・本に書いてあることを実践したすべての人が成功者ステータスのほうにシフトできていないのでしょうか?)。

が、この本はそういうものとは対極にあるというか、それこそお金についても「人生は宝クジじゃない」の章で「あいまいで楽観的な僕たちの世界」という小タイトルをつけて

・(成功した)創業者はカネの使い道がわからず、大きな銀行に預ける。
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・銀行はどう投資していいかわからず、機関投資家のポートフォリオに広く分散させる。
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・機関投資家はどう運用していいかわからず、株のポートフォリオに広く分散させる。
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・企業は投資を控えてフリー・キャッシュフローを増やすことで株価を上げようとする。そして、使い道に困って配当を出すか、自社株買いを行ない、このサイクルが繰り返される。

と容赦ないw
金銭的成功や名誉的成功(企業の上場など)さえもが、人間の(完璧に賢明とは言えない、どちらというとあいまいで愚かしい、うわついた)思考によるラベル付けをしてナァナァに「なんとなく、良い(はず)」とされる中で、それがあたかも最終ゴールであり成功の極致であるかのように思い込んでるだけで、結局、

社会にどんな、かつてない何かをプラスできたか。
それによって世界をどう変えることができたか。


という視点で見たらどうなの、という、ある意味、まさに世界トップレベル中のトップでないと至れない的な価値観なんですよね。
(だから、『こんだけカネがモノを言い、人から褒められればエゴが満足できて快楽を味わえて、既存の社会システムが認める権力の座に就いてあれこれ指図できていい思い&暮らしができれば万々歳。世界が進化するかどうかなんて知らねえよ』的な人が読むと、ほんとにつまらないと思いますw)

もしかすると現時点でまさにカネや権力を手にして「自分は成功できた、できてる」と鼻高々の人が読んだら、自分を否定されているように感じて怒り心頭!かもしれません。

また、実用性を過度に評価基準として採用してこの本を読んだ人は、「興味深い、斬新で印象的な考え方ではあるけれど、ある意味では絵空事というか、それを知って(日々の生活や仕事に)どう役立つの?という点ではほとんど価値がないなぁ(笑)」みたいな感想に至るとも思います。それもまっこと、そうだと私も感じます。

ただ、これだけいろんなものが出揃ったかに見える世の中において、それでも時間はまだ流れ、世の中がリセットされるでもなくこれまでの社会システムを継承して続いていくうえで、ある種の行き詰まり感や、「すでに成立した成功法則を繰り返すだけ」しかできないのかとがっかりしてる人にとっては福音になるかも。

もちろん、そこまで世界を変革しようとして生きている人でなくとも、たとえば

・勇気のある人は天才よりもさらに珍しい。(P22)
・バブルが引き起こした歪みは、バブルが弾けても消えない。(P31)
・本当に安泰なのは、人生安泰と思わない人だけだ。(P136)

など、ある程度の人生経験?あるいは70,80,90年代以降のビジネスをはじめとする大人社会を見てきた人からすると「あぁ!」と思える名言?がちりばめられており、暇つぶしとして読むうえでも、少なくとも「中身がなくて時間の無駄だった」とはなりにくいような。

最後のらへんでは突如として説得力のない、著名人の特徴をあれこれ実名を挙げつつ語るのですが、何が言いたいのかわからないというか、謎かけみたいな形の駄文ぽい感じになってます(計算……なの?)。
人物の精密なデッサンふうイラストがなぜか添付されるのですが、レディガガだけ全然似てないCGモンスターふうになってるのとか、意図があるんだろうか(文章での紹介も、異端の変人扱いして何か読者にとって参考になる情報を出すでもなく終わってる)。

結論としていきなりシンギュラリティという概念を挙げ、ゼロから1を生み出せるかどうかが僕らに問われている、的な漠然とした〆。

なんなんだろう、最終章の失速っぷりは。。。

まぁでももしビジネスマン、特にこれから会社なりを立ち上げようって人に向けて一言だけ「これ!」というアドバイスを挙げろと言われたら、自分だったら

マフィアと呼べるくらい結束の固い、同じ志を共有する(&異なる個性を持ってチームとして成立する)、一緒に働きたいと思える仲間と(だけ)働け
(学歴や前職など経歴の豪華さ、凄さだけで人を選ぶと失敗するよ)


という箇所を選ぶかなぁ。

さんざん難しい理屈がこの本の中ではわんさと述べられるのですが、突き詰めるとここだよね、という。。。

ご参考までに。



私ごときの感想を言っていいなら、わかりやすく世の中が発展して変わっていく戦後の高度成長期と比べると、90年代以降はインターネットという通信技術およびそれらを活用したサービスが多少は目新しいものとしてビジネスなりサービスなり社会インフラとして登場はしたものの、「社会自体が一歩前へ進んでいるかどうか」となると歩みは遅くなってるような印象を持っていました。

たとえばツイッターやブログなどのインターネットサービスにしても、そういう媒体(メディア)が増えただけで、そこで語られるのは

「腹へった」
「○○が好きor嫌い」
「明日、台風くるってよ!」

など、結局、すでに成立した世界を生きるなかでの感慨や知りえた情報を(そうしたやりとりは口頭や、せいぜい電話などの通信手段を使って既に実現できていたのに、それをわざわざメールや通信アプリなどインターネットという舞台上で)焼き増ししている的なものに過ぎず、まったく新しいものが生み出せてきているかというとそうでもないような印象があります。
(文芸的価値や、何気ない感慨をいろんな人と共有したり知ることができるからこそ起きる文化的な変化、これまでとは違う時代の風潮といったものはもちろんあるし、それはそれである種の素晴らしさというか価値というかはあるとも感じてはいますが。それは発展や変化という範囲内であって、まったく目新しい何かが産まれたとはちょっと思えないとも感じています)

クルマにしても、デザインや燃費といったものは洗練?発展?してきてはいても、結局あのタイヤ4つで似たり寄ったりのドアとか座席の構造で……という点では変わってないよねというか。

「べつに、本当に目新しいものなんて、誰も欲してないから出てこないだけでしょ、必然だよ」

と考えて自分を納得させるしかないというのが本音なんですよね。

で、頭をよぎるのは動物の生活。
何万年経っても変わらない、ある本能的な規則に従ってその寿命を全うする(だけの)在り方。

人間もそこにおさまっちゃうのかぁ、と思うと、「うんうん、いいじゃないの、生き物なんだし」とほんわかする一方で、「そうなの?」という違和感もあって。

で、私なりに到達した結論というのが、

「物理的現実のほうをあれこれこれ以上、変革しようとしても、(可能ではあるけれどそれは)霊的成長、霊的進化というものが伴ってこそなのでは」

というものでした。それもあって、スピリチュアルヒーラーとして活動しているわけです。

これまでの社会では、それこそカネが儲かったかどうかという金銭的利益、それから実際に何か人々にとって役立つ貢献ができたか(洗濯機や炊飯器などのような、人間の生活にかかる労力を軽減できた、など)、などいろんな指標があってそれをみんなが気にしたりKPIに据えたりをして発展してきてると思うのですが、そこに

霊的貢献度

という指標がむしろ、(太古の昔から近代以前まではむしろそっちが主流だったのに)近現代には、まるっと抜けてしまってきていると感じているんです。

これはなにも、先祖返りをしろとか、原始時代のような生活に立ち返れということではありません。あくまでも現代そしてこれからの未来に向けて、今の社会システム(の維持なり変化なり)とも対立しない形で、むしろ新たな指標として霊的貢献度を採用して物事を考えることで、それまでの考え方だけでは答えが出なかったものについて別の見解なり気づきなり、それに沿って人が行動することで社会が発展するのでは……という算段に立っています。

まぁ、立ったからといって、じゃあ具体的に何を、という点で、天才でもなくまたMBA取得や出世したビジネス経験が豊富というわけでもない私は途方に暮れかけてどうにかあがいている、というのが実状なのですが。

そんなこんなの状態にいる私からすると、この本を読むのはむしろ「お呼びでない」くらいなのかもしれませんが、それでも他の、すでに成立して成熟して飽和してもう腐りかけたものを相変わらず信奉し続け無限にリピートして言い続ける類いの情報しか発信してない書籍なり思想?なりと比べたら、すごく助けになりました。
べつにこの著者の言いなりになるということではなくて、

「あぁ、こういう視点で物事を見るってアリなんだ」

という参考になるというか。

別に著者と同じ視点に立ちたいわけでもなくて、そもそもの視点の築き方の参考になる的な。
(それを通じて、曖昧模糊とした自分のモヤモヤが晴れるような視点を自分で構築できたらいいなという希望的観測も込めて!)


あらためて、本を書く&出版する価値ってこういうところにあるなあ、と感じました。

とりあえずタイトルと帯でなんとなく書店を歩く人の目を留めて手に取らせ、気の迷いでもいいからレジに向かわせて売れたら御の字(で実態はアララな内容)、みたいな志で本を(なかには大量に)書き散らすみたいな路線の作家とか編集者、出版社に爪の垢でも煎じて飲めばいいのに……なんて思いませんよ?人それぞれですからぁ〜(with 温和な笑顔)。

あー、でもこういう本と出会えて幸せだった。えがったー。
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