未来に生きた過去生の先祖と会う

存在の七層インストラクター養成クラス2日目で、先祖から徳をもらうクリスタルレイアウトの実習をしました。

1日目にあらかじめ、「いま自分にどんなワークが望ましいか」をハイヤーセルフに聴くことをしていて、そのうちの1つに

男性の肉体を持って男性として生きている人間が自然に持っていて発揮するのが望ましい女性性のいいバランスを知らないから知れ

というのがありました。

で。

それをできてる先祖がいたら会わせてもらい、その美徳を貰おう、と。

クリスタルレイアウトで瞑想状態に入ると、近未来のディズニーランドとでも言えそうな、お洒落で楽しいところでデート?している男性(20代後半に見えたけど実年齢は40前後かも、となぜか思った)が見えました。服も現代にないデザインで、でもそこまで奇抜ではなく、カジュアルな白のタキシード?みたいな感じでした(難易度高そうなのに、普通にお洒落に見えました)。

相手は同年代の女性で、21世紀では中年と呼ばれそうな歳だけど見た目も中身も若く、高校生みたいにはしゃいでいました。

この20~21世紀初頭だけを見ても男女関係は急速にカジュアルになってきていますが、それがもっともっと進んで、まるで女子会?いや、小学生などまだ第二次性徴期が来る前の子供が男女入り乱れて性別を意識せず無邪気に遊ぶ、的なノリ。それが大人や老年とされる歳まで普通に通用する感じ。

なんていうか、現代と比べて世の中全体にネガティブなエネルギーがなく、それこそ公園や公民館の水道の水を誰でも好きなように飲んでいいのと同様、あまりお金を個々人が稼ぐスタイルではなくて誰もが潤沢に豊かな生活を送れて当たり前、という感じ。

人に恐怖を覚えさせるような不安要素(戦争や災害など)が世の中にない感じ(というか、災害が起きてもなんの心配もない街づくりが実現できている的な)。

それもあってか、大人の男たちが現代みたいに気難しく身構えたような有様ではなく、誰もが陽気なおじさんというか、苦労したことが生まれてから一度もない的な感じでお茶目!
(『昔は男は60歳過ぎまで毎日、会社とかいうところで朝から晩まで働いてたんだって』『嘘ー?昔は大変だったんだねえ』みたいな呑気な会話を、いいトシしたおっさん同士が子供同士みたいにする光景が当たり前のように成立する)

だからといって人として堕落したというわけでもなくて、むしろ個々人が当たり前のように自己責任で保険?とかビジネスとかには苦もなく舵取りしてる的な。今の、偉そうにつらそうにしてるわりにはたいしたことない大人たちと比べると、なんでもない庶民としての1人1人が天才セレブ成功者ばりに能力が高い。
というか、セレブとか庶民とかなく、人間1人1人が、昔でいう王侯貴族みたいにその存在を特別なものとして尊重され、愛されてるのが当たり前な時代の風潮。

今までの時代にいう男らしさ女らしさは「古っ!」という感じで、男も女もなく、それこそインコのオスとメスがほとんど同じ感じでいるみたいに、自然とある1人の人間の中で男性性と女性性のバランスがとれている感じ。

その、未来に生きている先祖の人生を早送りしたのですが、結婚して子供が生まれ、父親になったときも、昭和時代までみたいな「親父は恐いもの」というイメージがまったくなく、ごくごく紳士的というか、まるで上品なお祖父ちゃんが孫をあやすみたいな、大きな包容力を発揮していました。
それでいて親として失格という感じでもなく、温かな愛情をもって、不必要に叱ったり怒ることもなく適切に躾も親としての尊厳も発揮できていて、それらすべてが今の時代からすると実現不可能に見えて驚きの連続でした。
(細かくは見ませんでしたが、見たことない家電?がけっこうありました。逆に?ソファなどの家具は現代よりもクラシックな、アメリカの19世紀アンティーク?的な、ゴージャスにどっしりした高級感あるものでした。どこまで成功?している人なのか、それともこれが普通なのかわかりませんでしたが、そのままインテリア雑誌に載せられそうなほど美しく洗練されていました)

晩年、病院に通うところも見たのですが、臓器を本人の細胞から培養して移植するなど、医療もすごく進んでいました。

50,60,70,80,90代などが現代のように「年寄り」というネガティブな扱いではなく、それこそ雑誌レオンが「ちょいワル親父」と中年のカッコいい生き方を提案したみたいに、それぞれの年代ならではの楽しみが人生には満ち満ちているというのが常識で、誰も老いることを恐れたり嘆いたりしていない。
(ウォルト・ディズニーを演じたトム・ハンクスみたいに、生気溢れる元気な中高年が、若々しくいつまでも、その歳ならではの生き甲斐を存分に満喫する感じ)

最期は自分から?死ぬ同意書みたいなものにサインをして(122歳と書いてあるのが見えました)、献体や臓器移植の意思表示などもタッチパネルみたいなやつでしていて、ロケットで宇宙葬にしてもらっていました。
(ロケットの打ち上げと同時に花火が上げられていて、死に対する概念も、現代と違って明るいというか、『この世の卒業おめでとう!』みたいな感じでした)

なんかほんとに、この世は楽しむためにある的な思想が当然のものとして成立していました。

それを物凄く、自分が本当に体験しているみたいにリアルに味わってしまったものだから、

「今の時代ってどんだけネガティブな偏見に満ちてんの?おっくれてるぅ~♪」

と思い、それは現代への嫌悪感などではなく

将来は、「この世はポジティブな喜びを人間たちが味わうためにある」というのが常識&前提となる時代が本当に来るんだ!

と、どこか安心するような、嬉しくなる心地でした。

さて。

未来に生きた先祖の一生を見たところで、いよいよ美徳の呼び覚まし。

「男として生きる上で発揮するのが望ましい女性性エネルギーのバランス(感覚)」を呼び覚まし、自分の中で統合されるのを感じました。

ら、

これまでの人生で、周りが「男たるもの、こうでなくてはならない」「男がこんなことしたらおかしい」というのを消極的ながらも受け入れて、「そうか?」と疑問を感じてフラストレーションが溜まる……ということを繰り返してきましたが、それがいかにナンセンスだったか、自分が(その時代の常識的な男らしい在り方とは違ったかもしれないけど)いかにそれまでも今もこれからも、真っ当な、どこも恥じる必要ない正真正銘の男であるか、それがどれだけ素晴らしいことか、の視界がクリアになったような。

男だから、女だから、なんて、何も気負う必要も演じる必要もない。ただ自分が自然にしているときが、実は一番、その人ならではの男らしさ女らしさの在り方で、バランスがとれてエネルギーも健全なんだ、とわかりました。



男の中の女性性がテーマでクリスタルレイアウト瞑想をしたはずだけど、思いのほか

未来の地球、人類の先進的な在り方

が見られて、個人的には嬉しかったです。

(いわゆるクリーンエネルギーなども実現できていて、巨大な企業が理不尽な価格で電力を売るなどの図式も解消されていました。また、環境対策みたいなものがハンパなく鉄壁で、建築技術も見事!原寸大レゴブロックみたいな感じで、どんな大きな建物も鉄橋や道路などのインフラ整備も、いちいち壊してつくって、ではなくて、部品を組み立てたり分解したりしてゴミや瓦礫が出ない方式が徹底していました。そのモジュール化された建物の部品も、高度に制御されたコンピュータデータベースで、無駄なく再利用されたりしていました)

とっても面白かった!!
P.S

存在の七層クラスでは、

「5層の魂を持つ人間は、一度、未来とされる時間軸を生きたことも(過去生として)あり、その上で地球の末路に納得がいかず、そうなる末路にならないため、過去のある時点に戻って転生してきている」
(だから『未来に生きた過去生(があるし、したがって、その未来に生きたときの自分の先祖が現代より未来にいてもおかしくない場合)』もある)

と講義で言われるのですが、ここまで鮮明に、未来に生きた先祖の姿を見せられてしまうと、ぐうの音も出ない感じでした。
関連記事
スポンサーサイト