過去生が未来だった人にありがちイシュー

過去生が未来ってどゆこと?という点は、すっ飛ばします(断言)。

まぁようするに、今よりも未来の社会で生きた感覚が備わったまま、この時代に生まれてきてる人のイシューあるある。

なんといっても多いのは、

今の時代の人間たちが野蛮で低能に見えること

です。

そりゃそうだわな。それより後の、洗練された時代を知ってるんだから。

とりわけ、合理性や効率性について、最適解を選択せず「つべこべ言わずに頑張れ!みんなもやってんだから!!」などといった幼稚な精神論で、非効率的なやり方が善しとされる会社の業務システムなどには、

「はぁ〜〜〜〜〜?なにトチ狂ったこと言ってんの???」

となり、幻滅したり絶望したり発狂したり、まぁいろいろストレス感じて大変ぽい。

「ここをこうすれば、もっとよくなるのに!」

と前向きに事実と向き合って努力する建設的なタイプももちろんいますが、今度は

遅々として進まない、変わらない、時代の変化の遅さにイライラして耐えられない

こともよくある話。

自分がたとえばいまから数百年後の世界の有様やその時代の常識を知ってるとして、「はやく!そこまで!行こうよ!」と動いたところで、その人の孤軍奮闘によって数百年分、ギューンと急速に社会全体が発展して進化する……ってことは、正直いって現実的でない話(不可能とはあえて断言しませんが)。

このね、ドジでノロマな亀がチンタラ行列しているのに混じって並ばされる的なヤキモキを、どれだけ本人のなかで納得なり妥協なりあきらめなりできるかでしょうね。できなきゃ発狂するだけ。

あと、

衛生面で不潔と感じるものへの生理的嫌悪感

が苦手だったりします。

とりわけ、自分ちの便所が掃除してないから汚いなどならまだしも、

公共・公衆の場が汚いことに耐えられない

傾向が強いですね。

あと、とりわけ「汚い」というわけではなくとも、今の時代の冷蔵庫などはまだ、庫内に抗菌イオンを充満させ雑菌やウィルスを殺し、繁殖を抑える……といった機能が搭載されていません。

冷蔵庫の中に保存しておいても食べ物が腐ることはおわかりですよね。

だから、冷蔵庫に何かを保存したり、ものが保存された冷蔵庫を見ただけで、直感的に

「これ、ぜんぜん衛生的とは言えないじゃん」

といった感慨がよぎります。

これ、銭湯とかプールとか、特に水回りで自分が体を接触させる場においては顕著。

未来の衛生観念が(本人がそのことに無自覚だとしても)強く働いている人というのは、とてもとても、この時代の公衆衛生のあれこれの低さに、耐えられないんです。

あと、わりと多いのは

合理化された生活に慣れすぎて、イチから地道に自力で手作業で努力、が苦手

なことかな。

実はいったん未来に生まれて、その次以降の転生でそれより以前の時代に生まれるのを選択する人の動機として一番多いのは、これなんです。

ある時代に生まれ、何もかもが整備され不自由なくラクチンに生活できるようになり、(その環境が整ってこそできることもあるわけですが)

「もし自分が、あらかじめここまで社会的インフラが整ってないところに生まれたら、ちゃんとやれるだろうか?」

という疑問を持つんですね。

で、わざと、まだ社会的なシステム各種が整ってない、進歩してない時代に生まれて、どんだけアナログに自分が力を発揮できうるのかを試す、的な。

これね、純粋にそれを楽しむ動機で生まれてこられる、生きていける人ならいいんですよ。

問題は、生まれ変わるときはそう思ったわりに、いざ生まれてみると

「なにこの野蛮で原始的な社会!もぉマジ無理」

となって、凹んで思考も行動も停止して白旗……というケース。

これわ残念よ?

もちろん私のやうな超感覚ヒーラーは、そうしたケースにも対処するわけですが、方向性として妥当&一般的なのは、

自分にはいまより未来で生きたことがあると本人に知らせる

だけで、意外とうまくいくぽい。

なんでかというと、いまの時代の不条理や進歩できてないっぽさを「おかしい」と捉えているから、過剰にストレスを感じてるからっぽいんです。

いまの時代より進んだ時代を生きたことがあるんだから、いまの時代が何かと不便に思えてアタリマエ

と割り切れると、同じ不便な状態に陥っても、腹の立ち具合が違うというか、「あえてその不便さを、レトロでクラシックなやり方を、楽しんでみる」視点が生まれたりもするみたいなんですよね。
(かえって『うわぁ〜ん、未来のほうがよかったよぉう』となってしまう人もいるにはいるので、一概には言えないのですが)

ワークをするうえで留意したいのは、

未来に生きた事があることを理由にして、いまの時代やいまの時代に生きてる人たちを見下し、小馬鹿にする思考がないかor未来に生きた事があるという情報を知ったことで、かえってその高慢な優越感が増長されていってやしないか

という視点ね。

そうなってしまうと本末転倒。

ここはやはり、急がば回れ式に、

なぜ、未来を経験しておきながら、それより以前の原始的な時代を選んで生まれてきたのか。何を体験するためにそうしたのか

という王道を確認し、納得し、受け入れ、その本来の生まれて来た目的を果たすほうへ向かっていってほしいところ。(なかなかねー。『えー、でもぉ、』から抜け出せない人も多くてみなさん大変よ?)

思い当たる人は、捲まず撓まず、がむばつていきまっしょい。

ほんとに嫌なら死ねばいいだけの話でもあるけどねw
(まぁ実際は、自殺的な死によって強制的にある人生を終わらせたところで、『ちょw なにしてんの』と霊界の仕組みに基づいて、もう1回、その時代へ生まれ直す転生の軌道に乗るだけなんだけどね♡←だから実は、自殺は何の救いにもならないという……。かつての宗教各種が自殺をいけないこととして禁じたのは、このへんを見抜いた人たち故っぽい。いまは形骸化して『とにかく(理由はわからないけど)自殺はいけない、とこの宗教では教えられる』となってしまっているものも少なくないみたいだけど)
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