アイスホッケーとピアノ

このブログでも散々出てくる、アイスホッケーとピアノ。

それについてようやくワークできたというか、唐突に早朝に「ハッ」と閃きました。

端的に言うと、小学2年生の頃

「自分はピアノをやりたいと言いつつ、ちゃんとやれてない。でも何かしら意義があると思う生き方をしたい。時間を無為にはしたくない。それなら、どんなに嫌でも、親孝行とみなされることをしたほうが、まだ意義はあるのではないか」

という気持ちで、その当時、自分が勝手に「私がやるべき使命。就くべき職業」と思っていたピアノを断念した罪悪感から、親が強制してきたアイスホッケー部への入部を承諾したのでした。自分への罰として。

小3から始まったアイスホッケーの練習は私にとっては本当に苦痛で、毎朝3時半に起こされ、防具に着替えて親の送迎でスケートリンクへ。前日も夜中まで親から何時間も怒鳴られ殴られで1~2時間しか寝ていないので、9歳の小学生にはかなりハードでしたw
朝練が終わると学校。学校が終われば夕練(17~21時!)。そして翌朝はまた3時半起き。これが冬場は半年間みっちり続きます。(今思うと、このスケジュールで部活をさせるのは完全に児童虐待ですねw 当時の学校って凄い!)

片道40分の送迎の車の中ではマシンガンのように親が罵詈雑言の雨霰。

「まったく、誰のために早起きしてこんなことしてやってると思ってんだ。恥ずかしいと思わないのか!なんだあの練習のザマは!テメエみたいなクズは生きる資格が無い!死ね!死ぬか、死ぬ気でホッケーやれ!etc」

死にたい死にたい、と思いながら、これもすべて、自分がピアノの道に進むのを放棄した罰だ……と思って耐えてたことに、今さら気付きました。

「自分は、自分の夢を叶えることができない」

この、敗北感と無力感から、

「せめて、他人の言いなりになろう。どうせ自分の人生を生きられない自分みたいな人間は、生きている価値がない。それならば他人のためにこの人生をまるごと捧げたほうがまだ有意義だ。それが、敗者である自分の、敗者であることへの罰だ」

といって、自分の人生を生きることを早々に諦め、人生の主導権を他人に明け渡してしまっていたんですね。



この図式はかなり強固に、私の人生観の根幹を成し、その後あらゆる局面で現れ続けました。
ちょうどベートーベンの交響曲が、たった1つのモチーフをあれこれ変奏曲的に展開してできているように、私の人生は、この「I am 敗者。ゆえに自分の人生を諦め、他人に利用され搾取され尽くすくらいしか能がない」というモチーフの変奏~展開で成り立っていたようなものでした。

このネタについてワークできたのは、ここ一連の、自分を取り戻す系のワークをさんざんやったからこそだと思います。まさに、イシューは「取り時」が大事。
(タマネギの皮のように、イシューは何層にもなっていて、いきなり中核らへんにある皮だけをめくることはできない。そこに到達するまでの皮を、面倒でも1枚1枚、剥がしていかないと到達しない)

悩みでも愚痴でも、繰り返し言うことはやはり、何かまだ汲み取りきれてないメッセージがあるということなんだなぁと思いました。

で、

「他人に利用される人生を生きてもロクなことがないし、自分の人生を諦めるのは、いつどんな場合においても、誰にとっても、最良の選択ではない。それどころか、結局、人の人生は第一希望が叶ってしまう宿命から逃れられない。『他人に人生の主導権を明け渡し、どんな酷い目に遭おうとも罰として耐える』が第一希望だった自分の人生は、本当にそのとおりになってしまった。これはつまり、『夢は叶わない』という自分の思い込みが間違いだと証明されたことだ。どうせ、常に第一希望が叶い続ける人生を生きることが人間誰しもにも強要され逃げ場がないならば、自分が満足できることを第一希望に願うのがよい」

という学びを得て、手放し。

そしたら不思議と、ピアノを専攻して音大を出てピアニストになることが叶わなかったことや、アイスホッケー部での苦渋の日々、親に対する憤りのすべてが、本当に、きれいさっぱりなくなってしまいました!!



このワークは、特段ワークしてない他の信念体系にも、まるでドミノ倒しかオセロのようにドバァーッと影響を及ぼしました。

例えば、私は何かと

「これをすることには、(この世界、社会、他人にとって)どんな意味があるの?」

ということを異常なまでに気にするタイプだったのですが、それはつまり、

「自分の人生を諦めているから、せめて他人に意義ある尽くし方をしたい。だから、自分が何をやるかを決めるときは、どれだけ意義があることかどうかを見極めてから」

という、主体的なんだか受け身なんだかわからない土台が根拠としてあったのです。

今はそれがなくなったので、

「物事には究極的には、はじめから存在する意味や意義などない。それをすることがどんな意味を持つか、どんな意義あることに“する”かは、自分が決めることだ」

という方向で考えるようにシフト。

あくまでも、自分がそれをしたいかどうか、するメリットがあるかどうかは自分の人生を生きるうえでの糧や実り、楽しみとなるかどうかで考えるようになりました。

何をするにも考えるにも、これまで信念体系の原点としてあった

「なにしろ、私は自分の人生を生きられないから他人に貪り尽くされることを何一つ拒否せず受け入れるので~」

という枕詞がなくなったのです。
(逆にいえば、これまでは、何をするにも考えるにも、この信念の土台が枕詞としてあったのって、相当悲惨ですねw)

手垢にまみれた言い方ですが、これまでの私の人生はまるで、悪い夢を見ていたような、そして今の私は生まれ変わったような心地がしています。

ヒーラーをやるうえでありがたいのは、(もはやその記憶にはエネルギーとしての実体はなく、データとしての記憶があるだけなのですが)以前の自分がどういう考え方をして、どんなことを感じたかは、忘れてはいないことです。

だから、不幸な考え方や、そうある人の気持ちがわからないわけではない。
(これまでの経験は、ちゃんと実になっている!)

同時に、自分自身がポジティブな考え方やそうある人に対しての抵抗感/拒絶反応をなくしたため、ポジティブ側(よりよい人生を生きるために、的なテーマなど)の相談にも以前よりスムーズに対応できるようになった実感があります。

一言でいえば、自分が対処できる人の幅、キャパのようなものが拡がったというか。

生まれつき何もかもうまくいった人や、不幸を知らない人、早々に不幸からの学びを終えて幸せ側の学びへ移行した人と比べたら、私はどんだけ、ノロマなんだって話w

でも、それが私のペースですから。

強がりじゃなくて、

「もし誰かと比較して早いとか遅いとか優劣の違いがあっても、べつに自分が何かに敗北したわけじゃないんだよなぁ」

と思います。

これはもしかすると、当事者にしかわからないことなのかもしれませんが、

敗北者病
(何をどうしたというわけでもなく『自分は敗者だ』と常に思っている。それがベースとなって人生を生きている人のことを指す造語)


に罹って生きていたこれまでのあの感慨が、どれだけ異様だったか……と思います。

人生の前半は敗北者として生きてきたので、後半は……?

てへぺろ♪
P.S

今年3月、医者も匙を投げてヒーリングも一向に効かなかった足の病気で寝たきりになり、5~6月になってもまだ足を引きずりながらでないと歩けない……という異常事態に陥りましたが、そこまでして自分の深層心理・潜在意識が

「前に進みたくない!前に進めるようになるよう変化するのが嫌だ!」

と思って抵抗していたかと思うと、天晴れですw

そうだよなぁ、生まれてから30年以上もずっと「それが普通、アタリマエ」という状態が根底から変わってしまうんだもの、ビビるし、抵抗するよねw
(潜在意識は、変わらないことをもってして『護る』と捉える傾向を多かれ少なかれ誰でも持っているものなので)

そして某マラソン選手じゃないですが、そこまでの潜在意識の抵抗をうまいことなだめてイシューを解消まで持っていけた自分を褒めてあげたいです。

えがったえがった。
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