植物と弦楽器で静かな波動(で生きる、を感じる)の訓練

物事には最適な力の入れ加減というものがあって、ただ強ければ強いほどいいわけじゃない、というのが何事にもありますよね。
(例:キャベツの千切りは、木をナタで伐るような力の入れ方は不要だし、マッサージも全力で揉んだら痛い。合気道や柔道は力がなくても力の強い相手に勝てる)

弱くて現実に翻弄されていろんなものに利用されたり、負けて服従させられてしまう……という側なら強くなるほうに努力してもいいと思いますが、意外と世渡りするうえでの力は誰でももう持っていて、これといってさらに強くはせずとも現実はやり方次第で、好きなように創って渡っていける印象。

そう、やり方。

私の場合は(外見から大方の人が察するとおり)がさつで大雑把。元来の支配的な性格も手伝って、何かあれば力でねじ伏せようとする悪癖があります。
(スキューバダイビングで痛感しました。空気ボンベには限りがあるので、バタバタと呼吸荒く動くと、力のわりにたいして動けないわ空気が減って水中にいられる時間は減るわで、いいことなんにもなしw)

本来ならもっと力を抜くべきところで、がむしゃらに力を込めることで余計に物事がうまくいかない……という局面を、嫌というほど経験しました。
(ある意味では、私に生まれつき欠如している『女性らしさ』の視点というかを、もっと芽生えさせて磨いていく必要があったのだと思います)

で。

いろんな修練方法はあると思います(華道とか茶道、日舞なんかもほんとはよさそう)が、私が採ったのは

・植物栽培

・弦楽器(チェロ)演奏

でした。

植物は人間を含む動物としての生命体よりも繊細な波動を持っていますし、部屋や庭に置いてある植物(で、自分自身が主だとは思わず、部屋の主をその住人(=自分)と看做してくれた場合)は主人のネガティブなオーラを吸い、主人が中立的なオーラのときは交流し、主人のオーラが合う波長で強いと生長し、強すぎると枯れます。

荒すぎるギスギスしたニュアンスで強いオーラ、波動は、植物を枯らしてしまうのです。
(よく、暗に『私は強いのよ』と自慢したいのであろう人が、『私、植物を買ってもすぐ枯らしちゃうのよー』と(表面上は困ったような演出をしつつもどこか)ドヤ顔で言うの、ありますよね)

また単純に、植物の世話は地味で淡々とした作業で、若い荒々しい気性の人だと気が狂いそうなほど退屈に思える。
でもあえてそれを落ち着いてやることで、精妙な波動を知覚して&放っている状態になっていける、と。

私はエネルギーワークを習ったことで、今の植物の状態や意識もろもろを知覚できるようになったのですが、植物たちが「うるさい」と不快に感じたり、圧倒されて参ってしまうような波動のオーラを出していないかどうかを、部屋や庭の観葉植物の様子を霊視することでチェックするようになりました。
(また、私の身代わりに枯れてくれたときは、『自分をとりまくどのネガティブなエネルギーがこの植物を枯れさせたのか』を霊視し、身の回りの物理的精神的霊的な諸々を改善していこうと取り組みます)


弓を使う弦楽器も同様。

力でなんとかしようとしてもうまくいかない。勢いでゴリ押ししようとしても埒があかない。

同じ楽器でも、たとえばピアノやハープ(琴)、ドラムのように、(自分で弦を押さえて音程を調節したりせず音程は楽器任せで)指で直接、叩いたり弾(はじ)いたりする楽器をやる人は、往々にしてSっ気があるというか、優美なイメージとは裏腹にけっこうゴリ押し体質な気の強さがあります。
(私もまさにそこが気性に合っていて、10代の頃はピアノにどっぷりでした)

が、チェロやヴァイオリンのように弓で弾く弦楽器となると、革靴の上から足を掻くようなもどかしさw

一瞬一瞬が

「こんなめんどくさいこと、やってられるかー!」

と楽器を地面に叩きつけたい衝動との闘いです。
(そしてそれを押しとどめるのは理性ではなく『これ、いくらしたと思ってんの!?』というケチ根性w)

尊敬&信頼する先生に師事しているのですが、長年の勘がナチュラルサイキックばりに発達している方で、たとえば曲を弾いていて「ああもう、めんどくせえな!」という苛立ちがこみ上げつつも音には現さずごまかせたと思った箇所でも

「いま、音としては綺麗ぶって弾いてたけど、内心イライラしてませんでした?嘘ついてるなー、と感じる音色だったんだけど。素人さんの耳なら騙せるかもしれないね。でもわかる人にはわかっちゃうかもよ」

と、それもう完全に霊視だよねレベルのダメ出しをしてくださいます。

それで、模範演奏をしてくださるときの先生の演奏っぷりを、音だけでなくこちらも霊視で見て、弾いているときの精神的霊的状態がどうなっているのかを拝見したあとで、弾く。と、弾いている自分もラクでスムーズで、

「そう、さっきと全然違う、いい音ですね」

とのコメントも貰える。

まるで、知恵の輪を力づくで外そうとあがいてうまくいかなかったけど、コツというか、ちょっと輪をひねってひっぱるというのをやっただけでスルリと外れた、的な。



これは、たとえば○日間集中コース!のように一定短期間やったらすべて習得できたという類いのものではなくて、日々、

「あぁ、自分にまだこんな荒々しい、拙いところがあったのか」

という発見の繰り返しです(前進できてるといいんだけど。そしてその前進は『自分が変わったと思う』という目に見えない独りよがりかもしれない“想い”ではなくて、植物をきちんと育てられたとか、演奏が上達したという物理的現実で測る。私は綺麗な服を着ている!と思い込む裸の王様にはなりたくないからね)。

また、植物栽培や弦楽器の習い事といった「(日常だれもがやるわけではないという意味合いで)変わったこと」をしなくとも、この社会で人や物事と関わって生きる時間すべてが「自分の好き勝手に生きてるだけだとわからないこと」への気づきになると思います。

ある他人1人だけでも、自分とは良くも悪くも全然違って、その人といかに調和するか、上手に対立して戦うかなどの試行錯誤が、自分の引き出しというか、対応できる物事の幅を拡げてくれますよね。

これは本当にくだらない個人の感慨ですが(←オメーのブログなんざ全部そうだろ)、今より幼稚で自分に自信がなかったり、そのくせ自己顕示欲だけはいっちょまえで「私が正しい!私がすごい!」ということを周囲に知らしめたくてたまらなかった頃というのは、自分と違う考えの他人は邪魔で鬱陶しいとしか思いませんでした。自分の考え一色に世界全部を染めることが最高だし最良、と内心、本気で信じているような、痛々しく未熟な世界征服願望保持者の1人だったといえるかもしれません。

でも、それだときりがないし、現実問題としてできるの?となったとき、現時点で国のトップとされる人物やその人物を操っている影の黒幕連中でさえ、世界すべてを自分の思い通りに動かせているかとなるとアレなわけで。

それで良い意味で?現実的になり、「べつに世界全部が自分の言うことに賛同するかどうかなんて、大事じゃないや。それよりも、自分の思惑とは別の仕組みで動いているこの現実世界で、いかにうまくやれるかのスキルを伸ばしたほうが、どうやら自分という人間の現世利益からしても、霊的成長だか魂が決めてきた神聖な計画だかからしても、ようするにあらゆる側面から見ても、『良い』ようだ。(だって、今の自分を正しいと言い続けてるとなんの進歩もない。それよりは、今の自分ができないことを1つでもできるようになっていったほうが、単純に自分という存在のレベルアップと言えるのではないか)」と思えるようになってきました。



あと、これは老婆心的なおせっかいかもしれませんが、人は「成長したい」ということそのものを目的とした成長は、やろうとしても難しい、続かない傾向にあるようです。

私の場合も、べつに酔狂や物好きで「大人しい繊細な波動を身につけたい」と、それ自体を目的として取り組んでいるわけではありません。

それは手段であって、そういう繊細な波動にも対応しうる自分にならないと、これこれこういうこと(←こっちが本当の目的)を実現していけない。必要だからやるのだ、というスタンスで私はおります。

(もちろん、スピヲタというか、精神修養フェチみたいな人であれば、自分の成長そのものを目的とした修練ができるのかもしれませんが……←ときどき、『usamimiさんはスピヲタだからスピリチュアルな修業なんてものを続けられるんでしょう?修業それ自体がヲタク的に好きだからやってるんでしょう?』と言われるのですが、(そしてヲタク的な動機で何かをする人を貶すつもりも毛頭ないのですが)単純に、全然違う、と感じます。何かをやっていることそのものが好き、というのは私にとってはハナクソほじり以外はほとんどなくて、やらなくていいことなら意地でもやらない、というのをポリシーとしています)

これこれこういうこと、ってなんやねん。と言われたら、いろいろあるといえばあるのですが、一番わかりやすいのはヒーラーとしての仕事かな。

繊細な波動を読み解けるようになればなるほど、そこにアクセスしやすくなればなるほど、超感覚ヒーラーとしての自分の「できること」が増えるわけです。

で、ヒーラーとしてできることを増やすとか上達させるというのは、「どうだ、スゲエだろ」と誰かに自慢したいとか、「そんな自分ってスゲエ」とナルシスティックに自己陶酔に浸りたいためでもなくて、単純に「お客さんに提供できるサービスが増える、精度が上がる」からなんですよね。で、なんでお客さんへ提供するサービスを向上させたいの?となると、「金をもらってるから」に行き着き。なぜ金をもらったからといってサービスを向上させたいの?(金だけもらってちゃらんぽらんな営業するプロだっているだろうに)と問われるなら、その答えはプロ意識につながる、と。

なぜプロ意識なんて持ちたいの?と聞かれたら、「持ちたいから」と答えます。

なんで持ちたいの?と聞かれたら、この本を薦めます。
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(2008/03)
ルドルフ シュタイナー

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植物と弦楽器の話はどこ行った!?w
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