シータヒーリングセッションの感想いただきました

匿名で掲載します。

行きたい場所へ行く、やりたいことをやる……という人生を生きたいのに、それまでの締め付け型?の教育のせいで「目の前の困難を乗り越える」ことしか目に入らない。自分のやりたいことをやると途端に大きな責任が生じてそれに押しつぶされそうで怖い、そもそもやりたいことをやるってどういうことかわからない、やりたいことってなんだろう……というテーマでセッションさせていただいた、実家で実のお母様と一緒にお住まいのシングルマザーの方です。

もともと1時間でご予約いただいていたのですが、「モヤモヤがまだ残るから、15分だけ延長するといいみたいよ」との創造主からのメッセージを伝え、了承いただき延長したところ、奇跡のような、カルピス原液のような濃密な15分間で嘘みたいにモヤモヤがまさかの大どんでん返し?的にゴバーッとうまく解消できました。

今日は本当にありがとうございます。
わたしはいつも、感想とか送る方ではないのですが、なんだか今回は本当すごくて笑っちゃうくらいだったのでご報告までにメールいたしました。

セッションが終わって1時間以内に、ちょっと母とごたごたみたいなのが起きまして。
そこから発展して、「子育てに対してどれくらい責任を追えばいいのか。請け負うとはどういうことか」というテーマに対しての認識の差に、お互い向き合うこととなりました。そして、わたしはわたしの思うやり方でやってみたらいいと生まれて初めて母から言われ、10年近く続いていた問題があっさりと終わりました 笑
子育てに対してかなり慎重な母は、いつもわたしに「もっと請け負うのが子育てだ」と言い続けていたひとだったので、なんだか本当に新しい局面にきたんだなあとしみじみおもいました。

その後、過去の一切の(今振り返ると微妙な)習慣や、ある出来事から(見当違いに)学んだこととか、根こそぎ書き換えられてる感じがずっと続いています。

もう全然余韻に浸る暇がないというか、事務的に「これはもう不要ですよね。」と次々去っていく感じで、ちょっと笑っちゃうくらいなのですがこの変換がかなり強力というか、起き上がれないくらいすごいです。

床に這いつくばって変わってく様を感じることしかできないくらいの強力さなので、ある程度の変化を覚悟した今だからお願いできたんだろうなあとおもいました。

最後15分間のドラマティックな展開は、本当に「だからシータっておもしろい!」と思ったし、この展開に持っていけるのはusamimiさんだからこそと思っています。

あの15分にusamimiさんの真骨頂が詰まってた気がして、あの場にいて奇跡を体感できたなんてラッキーだったなと思っています 笑


今日は本当にありがとうございました!


そう、

楽しくなければ、シータじゃない!

不愉快なことを、嫌な思いに耐えながらのセッションなんて、シータヒーリングらしくないんですよね。

個人的な感覚でいえば、シータヒーリングでおこなう「掘り下げ」も、それこそ足裏のツボ押しで

「痛ー!そこ、どこですか?あぁ、○○?そっかー。最近無理してたもんなー」

と原因がわかって効くのを実感できるような、ある種の快感がセットでなければ嘘だと思っています。痛くてつらいだけじゃ、癒し感ゼロじゃない!?
(癒しが実際に起きたかどうかと、『癒された感がある』かどうかは正比例はしないものの、せっかくならどっちも満足したいじゃないですか。実際の癒しとは別に、セッションを受けた感じとしても『おおー、みっちりしっかり効いたしスカッとしたわー』と思いたいですよねぇ?)



今回のこの方のセッションで、主題となるテーマに沿ってワークをしつつも副題的に浮上してきたのが

「いわゆる超感覚ヒーリングは、受けた本人の心のなかでは『癒された感ある』と思えてそれが満足感や心理的負担の軽減(≒いわゆる『ラクになった感』)につながるから自分としてはメリットを感じるが、それは物理的な現実とは別の、あくまで私の心のなかの感覚の問題のような気がして捉えている」

ということでした。

あえて極端な言い方をするなら、

超感覚ヒーリングは心理的な慰めや励ましにはなるけど、それ自体が現実を直接、変えるほどの力はない
(現実を変える力はまた別の、物理的行動などでないと)


という捉え方で超感覚ヒーリングを捉えておられたみたいなんですよね。

気持ちはわかります。

そして、確かに物理的に行動を起こさないとダメなものも、なかには本当にあります。

ただ、かといって、超感覚ヒーリングによるエネルギーへの働きかけは、物理的現実とは別の気休めなどではないんです。

それこそ、「意図が現実を創る」の原則がありますから、思考パターンをエネルギー的に変換すれば、意図の内容が変わるわけで、まずその意図が引き寄せたり創り出した現実の「状況」は、特段の行動を起こさなくても自然に変わって行くことは、想定しうる範囲内でしょう。

また、この感想をくださった方の場合、エネルギーワークの他に、「母との話し合い」という「物理的行動」がきっちり伴って、それによって10年もグダグダ埒が明かなかった問題に一瞬でケリがついてしまうわけで。
(現実を変える行動=途方もない時間と労力がかかるもの、というのも思い込みです。時間がいくら短くても、費やした労力自体は少なくとも、やることやってれば現実は変わります。それこそ、学校のテストでは、事前にどれだけ苦労したか要領よくチャチャッと勉強したかに関係なく、とにかく正しい答えを書けば100点が採れるのと同じです)

シータヒーリングの現実への作用の強力さは、この方も「床に這いつくばって変わってく様を感じることしかできないくらいの強力さ」と表現しておられますが、シータヒーラーとして私が「ほんまそれ!」と思ったのはその次に書いてある

(最後15分間のドラマティックな展開は、)本当に「だからシータっておもしろい!」と思った

の箇所です。

床に這いつくばって変わってく様を感じることしかできない様子でいてもなお、面白い!と思える。そしてその一連の体験を「奇跡を体感できたなんてラッキーだった」と認識できる。(←しかも、無理して『あの体験はポジティブだった、あの体験はポジティブだった……』と自分を認知的不協和の解消(☆)のために自己洗脳するんじゃなくて、自然とそう思える、そういう感慨が率直に湧いてくる……という流れなのが◎)

☆認知的不協和の解消……何かを買ったあとでもっと良い物を見つけたり、何か自分で望んだことを体験した後にそれがよくないと感じたとしても、人は自分のとった行動をベストだと思い込みたい(≒後悔や、自分が過ちを犯したという認識を持ちたくない。自分は何よりも正しかったのだ!と言いたい)ため、あれこれ屁理屈でもなんでも理由をかき集めてでっちあげて、自分のしたことは世界で一番正しい、あのときの行動は間違っていなかったと自分を納得させる行為のこと

強力に、直接、現実に作用して、状況など物理的なことまでちゃんと変化させる効き目を持つ(ただの気休めや心理的な慰めで終わらない)。

そしてそれが不快で苦痛なことではなく、スリリングではあるかもしれないけど、ジェットコースターに乗るような興奮とワクワクがある。

そしてそれが、奇跡でもなんでも表現の言葉はどれでもいいけど、よかったことだと素直に思える。

せっかくお金を払ってセッションを受けるなら、ここまでリターンをもぎ取りたいじゃないですか?ね?

(ただ、そうできるかどうかは業者に100%委ねてふんぞり返ってるとさすがに難しくて、感想でこの方も『ある程度の変化を覚悟した今だからお願いできたんだろうなあ』とあるとおり、本人がどれだけ主体的にワークに臨んでくださるかにかかっています。ヒーリングセッションは、ヒーラーとクライアントの双方が協力して創り上げる、共同創造の場ですので)

感想ありがとうございました。
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