秘法超能力仙道入門

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秘法超能力仙道入門―天地に充満する気を練成し超人になる (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)秘法超能力仙道入門―天地に充満する気を練成し超人になる (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)
(1997/04/01)
高藤 聡一郎

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まず著者は、都庁勤務の後に脱サラして気功の道に入って行った方で、気功の世界では定評ある方のようです。
(雑な紹介でごめんなさい)

本のなかでは序盤、エキセントリックな超常現象を興奮ぎみに書き立てるというのではなく、冷静に、気功の流派や発生のきっかけ、流派ごとの特色などを取材や書物研究をして得た知識からまとめられます。

また、いわゆる「気功なんてウッソだろォー?」的な立場をとる科学者たちが、実際に成果を上げてしまっている気功(中国の病院では投薬などの医療のほか、気功の併用を医師が推奨する風潮が普通にあるそうです)についてどんな解釈を採っているかなどにも触れており、都合よくぶっとんだ非常識的なものの書き方にはなっていません。

気功とはなんぞや?という解説が本の前半1/3ほど費やして丁寧になされ、そのあとで実技の解説に移るという次第。

で、読んでみてあらためて痛感したのが

高次元エネルギーやチャネリングを使うエネルギーワーカーなら、気功は必須

だな、ということ。

あえて注意点をいえば、

・外気功の概念まで到達せず、生命体や物体が持つエネルギー本体としての気(≒有限)をやりとりする方法が紹介されているが、そういう有限な気の奪い合いはイマドキの洗練されたエネルギーワーク的にはNG
(イマドキのエネルギーワークでは、たとえばアチューンメントを受けて開いた経路を通じて、無限にあるエネルギーの泉から水道をひいてくるが如くに気を『仕入れ』て、それを使うのがセオリー。また、他人や動物、植物、物体そのものが持っている気は、たとえばそれを本当にこれから食べるなどの場合を除いては、奪わないのもお約束←そんな、他から略奪するような方法で気を集めて自分を強くしていきがってるのって、ねぇ)

・ひとことで「気(≒見えないエネルギー)」といっても、いろんな性質や起源を持った、それぞれ周波数の違うエネルギーが無数にある。それらすべてをあたかも1つの気であるかのように述べている考え方は、メリット(≒いろいろ違いはあれど、いちいち気にしたり物怖じしないで気として扱え、という度胸なり覚悟、そういう捉え方ができる)もあるけど、デメリットもありそう。
(以前、気功をやっていたという方が高次元エネルギーのアチューンメントやヒーリングメソッドについて『こまかい周波数や、どこから来たどんなエネルギーかなんて気にしない。すべては気。それでいいじゃないですか。使えるものなら何でも使う。何をチマチマ気にする必要があります?』とおっしゃっていて、うわぁ……と思ったことがあります。単純に、気というものに対してのリテラシーが低い(例:他人の気を奪っても平気)し、そういう捉え方だと、個々の高次元エネルギーを使いこなす際に、あまりに雑な捉え方だから習熟できないんじゃねえの?的な)

らへんはあるかもしれません。


いわゆるイマドキの洗練されたエネルギーワークのほうを先に習った人からすれば、この本を読むなかで

「うーわ!なにこれ原始的?遅れてるゥ!だっさ!間違いだらけじゃーん。はぁ?他人からエネルギーを貰えば自分が強くなるって?許せない!あるまじき態度!そういうのをエナジーヴァンパイアっていうんだよ?いけないことなんだよ?」

などと上から目線で間違い探し&重箱の隅つつきに必死になってしまうおそれもあります。

でもさ。

仮に拙いところがあったとして、それをいちいち揚げ足とって喜んで何になる?ってことですよ。

というかむしろ、そこまで洗練された知識やらを知ってるなら、本のどこかがもし仮に拙い・悪いとされる説を善しとして説いている・もっと他に簡単にできる方法があるのに昔ながらの非効率的な方法を紹介しているetcとしても、それを笑顔でどこがどう間違ってるか受け止めて、修正しうる捉え方まで模索したうえで、役に立つと思える知識だけありがたく吸収すればいいんじゃないの?と思いますよ。



個人的には、たとえば人混みのなかで他人の邪気を吸ってしまい気持ち悪くなる、というような霊障?困った霊感体質?を抱えている人の場合、それこそ虚弱体質の人が乾布摩擦しましょうみたいな、原始的な自助努力がなんだかんだいって最善の策なんじゃねえの?と思うことがよくあります。

そういう人のケースでもし、たとえばシータヒーリングの思考の置き換えワークなどで有効になりうる点があるとすれば、直接その人の霊的虚弱体質を変えて強靭にしてしまうというよりむしろ、「なぜそういう問題を抱えた状態でいたいのか」のほうだと感じます。
そして「問題を抱えているより、強く健康になったほうがいい」という思考を整備したら、もちろん「徐々に体も心も霊的エネルギーも強くなるってこんな感じ」といった感覚感情の呼び覚ましなどサポートはするけれど、実際の強さ構築は、本人の自由意思によるトレーニングやら気の持ちようやらで実現したほうがなんだかんだいってベストだよなぁ、と思うのです。
(単に私が思うだけじゃなくて、創造主とチャネリングしても『ヒーラーのコマンド一発で強く変われた、となってしまうと、その人はせっかく『主体性を自分自身にとり戻せるかどうか』というイニシエーションのためにそうした困った状況を創り出したのに、成果を100%受け取らずじまいで形だけ先に進んでしまうことになる』的なことを言われる場合が大半です)

だって、たとえば医者のところに、普段全然運動してないから体力がまるでない人が現れて

「今すぐフルマラソン完走できるようにしてください」

と言ったら医者はどうしますよ?って話ですよね。

それのエネルギー版というか。

「ここは高次元エネルギーとか高度なヒーリングメソッドで他人からやってもらうんじゃなくて、個人の自助努力による気功レベルのエネルギー体増強じゃね?」

というケースは、往々にしてあります。
(そしてほぼ100%、そういう霊的虚弱体質を抱えた人は、気功などの基礎的なエネルギー的トレーニングを、まるでしていないのです。やっても三日坊主だったりして、とにかく、『やっていないという事実』があります)



また、高次元エネルギーヒーリングを学ぼうという人で、

鈍感だからか、高次元エネルギーの類いをまるで体感できない

という人がいます。

そういう人に話を聞くと、やっぱり気功的な訓練を積んでないんですよね。

気功で感じる気は自分自身のエネルギー体のオーラ部分だったり、他人のそれだったり、外気功まで行ったら大気のライフフォースにはなるかもしれませんが、確かに習おうとしている高次元エネルギーそのものではないかもしれません。
でも、せめて、見えないエネルギーのうち何か1つの周波数でも感じ取れるようになる最初のとっかかり、として訓練してみてもいいのではないかなぁ。

(話が脱線しますが、瞑想を習ってたとか、有名な瞑想家のところで修行してた、というような人がわりといますよね。さぞやすごいんだろうなぁと、瞑想をしっかり習った経験のない私などは恐縮も期待もするのですが、たとえばそういう自称すごい経歴の人がせいぜい十数分のセラフィムブループリントのエネルギーイニシエーション瞑想で『うわー、こんなに長い時間、じっとしてると耐えられないよ』と、初歩的すぎるところで躓いておられるのを見ると、複雑な心境になります)

もちろん、気功で扱う気のエネルギーと、高次元エネルギー(ごとに周波数も由来もいろいろ違いますが)は違うので、気功の達人だから即、高次元エネルギーをバリバリ体感できるかというとそうでもないし(感度が発達する周波数が違いすぎるとわからないことがある)、またチャネリングとなると、受け取ったエネルギーメッセージを言葉などに翻訳する難しさがあるので、必ずしも気功さえやればすべてうまくいく!とはいかないのでしょうが……。

やってみる価値はあると思います。



ちなみに、

シータヒーリングのDNA3でやる、小周天のエネルギーの回し方が詳細に解説されています

ので、参考にしてみてもいいかも。

(シータヒーリングをやってからここを読んだ私としては、『あー、気功って、大昔からこの“自分の肉体というPCを起動させて、そこでいろんなソフトを立ち上げて処理をする”ということはできてたけど、あくまで“本体の性能だけをフル活用する”ところで止まっちゃってるんだなー』と思いました。そこで“ネット(≒高次元)に繋ぐ”という発想がなかったか、あるいは雑な無線通信(≒誰が無線に出るかわからない)レベルで留まってしまったのかー、という残念感ありました)

で、私はべつに気功「のほうに鞍替え」するとかではなく、本業としてはやはり、創造主をはじめとする高次元と層やらの制限なく繋がり、いろんなことをする……というスタンスをメインにし続けるつもりなのは揺らぎません。

ただ、そういうワークをするうえでも、自分自身の肉体(そして肉体に付随して在るような、エーテル体など諸々のサトルボティ(=精妙身))は、気功の概念を活かしたトレーニングで、普段から鍛えておいたほうが、ラクに高パフォーマンスをあげることができるようになっていけそうだぞ、という算段です。

はー、存外に長くなったけど、まぁそんな感じー。
P.S
本のなかで、「凡人はあらかじめ決められた運命のとおりに生きなければいけない宿命から逃れられないけれども、気を知った者は運命を変えられる」的なくだりがでてきます。

これ、要は

美徳の獲得による、苦難的イニシエーションの突破→それにより拓かれる新たな人生の可能性

の仕組みを言ってるぽいです。

人生に現れてくるつらいこと、限界というものは、それまでの時点での自分のありようによって、「仮」のものとして決まってるんですよね。
学校の成績とか部活の補欠・レギュラー選抜などと一緒です。

勉強やスポーツで一定以上の成績をあげられるようになれば、受験の志望校をランクアップすることも(実際にそこを受けて合格することも)可能ですし、それまでは補欠だったとしても、スターティングメンバー入りしてチームを勝利に導く側の選手に昇格することもできます。それの人生版、ですわ。

要領よく勉強やトレーニングを積んで成果を出せたら、なにも決まった時間・労力を費やす必要もなく、どんどん先にいけます。それこそカイシャの出世のように。

人生もまさにそうで、ある時点で置かれている境遇は、自分の霊的魂的な課題のこなし方(というか、『こなせずに課題が溜まりっぱなしでいつまでも同じところをグルグルしたり、立ち止まったまま足踏みを続けている度合い』)によります。

大事なのは、たくさん苦しむことそのものではなくて、立ち向かうと苦しくなるある出来事や境遇が「どんな(自分の霊的成長や気づきを促すために具現化した)メッセージか」を読み解き、的確な答えを出す(→その苦しさをもたらす状況が自然と消えてなくなる)ことですよね。

で、メッセージを読み解いて課題をクリアする方法は、なんでもいいわけです。
勉強で成績をあげるために家庭教師を雇おうと塾へ通おうと通信教材を使おうと独学しようとどれでもいいのと同じ。
つまり、ヒーラーによるヒーリングセッションや、そのコマンドによってさくっと短時間にクリアする方法も、全然アリなんです。(←うまくいかない側の人は、ここで『んー?それはズルでしょう。なんでも自力でやらないと』と訝しがります。ヒーラーのセッションを受けようが高次元エネルギーヒーリングを使おうが、『本当に課題を乗り越える』ためには、本人はしかるべき努力を正当にしているんです。それを悪く言うのは、受験で浪人生が『俺たちは何年もがむしゃらに苦労してるのに、現役でたいした時間、勉強してるわけでもないのに腕のいい家庭教師やわかりやすい教材を使って効率よく成績を上げて合格しやがって。卑怯だ、ズルだ、カンニングだ』と揶揄するのと同じ理不尽ですよ)

ただね。

「いろんなヒーリングとか高次元エネルギーのアチューンメントとか受けてるのに、全然現実がよくならなーい。なんでー?」

と嘆く人いますが、そういう人の場合は、ツール(ヒーラーやエネルギーのこと)に頼り過ぎなんです。

そういうものはあくまで補助手段であり、本人が、気まずいと感じるような真実を認めるとか、変わることに心底、同意するとかがなければ、その人の現実は変わって行きません。

また、

人間には無限の可能性がある

というのはスピリチュアルではよく言われますし、真実なのですが、ここでもミソというか「捉え方のコツ」があるんですね。

それがP.Sの最初に述べたこと。

もともとはすべての人にあらゆる無限の可能性がありますが、この時空間では、本人も忘れているかもしれない「神聖な計画」に沿って、なんらかの学びや体験を得るために生まれてきます。
往々にしてその体験や学びは、はじめから何もかもができてしまい、どんなことでも実現できてしまうとかえって気付けないので、わざと人は制限となる思考パターンを持つことを生まれる前に選択したり、ある順序に沿ってしかるべく自分自身を高めたりクリアリングしていったりしないと、可能性が拓けないように設定していたりします。

その意味では、ただ何もせず生きているだけ(←という言い方も雑ですが。生きてるだけですごいいろんなことをしているものなのでw。あくまで便宜上ね)では、いきなりは自分に与えられた無限の可能性をこの現実社会で実現することはできません。

気功の本では、「これをすると功徳+10点、これをしちゃうと-10点」など採点する表の存在が出てきますが、実は人の人生のあらゆる行動というのは、そういうふうに査定されるんですね。

で、ここがまたポイントで、査定するのは誰かというと、実は「誰か」ではなくて、「水に浮くか沈むかは、その物が持っている性質で決まる」物理のように、システマチックに決まります。

気功でいう功徳の配点表は、おおまかに、自分というエネルギー体がどんな性質を帯びるか&変化するかの目安をまとめたものなのでしょう。
(イマドキのヒーリングを併用すれば、大幅にレバレッジをかけて一気に高得点を得ることは可能になります)

まぁ、そんな感じ。

人生の可能性は無限だけど、今と違う人生を具現化するには、しかるべき要件を満たさなければいけない

ということね。

要件を満たしてない願いは、きっとどんなヒーラーに相談しようと、どんな手を使おうと、それだけでは実現不可能だと思います。

「じゃあ私の人生で、こうなりたいという願いを実現するうえでは、どんな要件を満たさなければならないの?」

というなら!

ご依頼、お待ちしてまーす。(←まさかの営業宣伝オチ)


いや、そのためのヒーラーでしょ?おかしくないよね?こっちだって商売なんだから。

大切なことなのでもう一度いいます。

商売なんだから。

ね?

ボランティアじゃないの。気まぐれに自分を善い人だと思いたいためじゃないし、ましてや営利目的という概念を悪いことであるかのように勝手に偏見でねじまげて、営利目的でヒーラーやってる人を悪者扱いして叩きたい(&そうやって自分はマトモだ・凄い・善人だと独りよがりに思い込んで快感やら優越感に浸りたい)だけのヒマ人じゃないの。

商売なの。
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