札幌での実践会の感想いただきました2

紹介します。

こんにちは。札幌の実践会に参加した者です。

先日は実践会を開催していただいて、ありがとうございました。

「あの日は何気ない会話も含めてひとつの実践会だったなあ」と感じています。
数日経って、あれ?あの時の会話のあれってもしかして・・・と気づきがあります。

今回実践会を受けて、自分はやっぱりズレを修正せずに来てしまったんだなあ、と再確認することができました。

テレビ番組の「ビフォー・アフター」でよくある、
「壁と床を剥がしたら、柱がずれて宙ぶらりんだった!(今までやっていたのは壁紙の貼り直しや外壁塗り、目に見えている破損の修繕)」みたいな感じです。

本当に今気づくことができてよかったです。

そして、カラダの変化を大きく感じています。
実践会から今日までの間で、治療でもなかなか小さくならなかった腫瘍の大きさが半分位になったのがびっくりしました。

改めて、「シータヒーリング」の素晴らしさを体感しています。
そして、習っているのに生かせていないのはとても勿体無いことだったなあ、とも。

これから暫くはズレの修正、土台の再構築に勤しみ、その後はシータヒーリングと日々向き合い、シェアしながら進んでいこうと思います。

貴重な機会をありがとうございました!


実践会に出ただけで腫瘍が半分に、ってスゲー。

実践会の場ではべつにヒーリングコマンドをかけているわけではないのですが、それこそ腫瘍をはじめ、病気や体調不良といった物理的現実を構築しているその人の信念体系(想いは実現する!)を根底から変えることになります。

(まぁ、それすら本人のヤル気次第だけどね。『この実践会に来れば病気が治るって聞いたんできました。治るのを楽しみにしてます♪(といって実践会が始まると上の空、メモとらず、たまに居眠り、チェックして見つかった信念の歪みも放置しっぱなしの完全受け身状態)』とかだと、単にカネと時間の無駄だと思いますよ)

つまり、大雑把にいえばその人はそれまでは

「腫瘍があったほうがいい。どんだけヒーリングコマンドをかけたり医者にかかって治療しても治らないほうがいい」

という信念体系で生きていたわけですね。

が、実践会で、ご本人も書いておられますが、何かヤバげなズレに気づき、それを修正した、と。

そうすれば、べつにヒーリングコマンドをかけるわけでなくとも、

「腫瘍なんか治して、健康に人生を楽しんだほうがいい」

という信念体系にシフトすることが想定されますよね。ヒーラーからのコマンドでなく、自分自身の気づきによって。
(あるいはこの方はシータヒーリングを習得されているから、実践会のあとで自分自身にコマンドなり、無意識のうちに自分を癒すエネルギーを流すなどのことをしていたことも考えられますが、いずれにせよ『それまでやっても効果が出なかった』ことについて、効果が出たんならそれでいんじゃね?……という)

★告知★
3/8(土)に東京で同じイベントやりまーす。
【午前の部(9:00~12:30):シータヒーリング以前の問題 解消実践会 5500円】
【午後の部(14:00~17:30):酒と泪と天使と悪魔 実践会 7500円】
⇒申込はメールまたはブログPC表示版右段のメールフォームから


私の実践会はそのときどきの内容にもよりますが、どちらかというと

「ん?シータヒーリングはこうだ、って思ってるの?それって違くね?正しくは、こうだと思うけどどうですか?(べつに私に言われたからって考えを変える必要はないですけど、ご提案だけは差し上げます)」

というスタンス。

でもって

「ねぇアンタさぁ、受講生のシータヒーリングについての認識の歪みを是正するきっかけをつくる、なんて言ってるけど、アンタの言ってるシータヒーリングが絶対に正しいって根拠はどこ?アタシに言わせれば、アンタのほうが平気で自分の思い込みを創造主からのメッセージだ、って嘘ついて言ってると感じるけど?インチキもいい加減にしなさいよ。ダメインストラクターのくせに」

的なツッコミも想定されますが、

ヒーリングとして正しいかどうかは、現実が本当に変わるかどうかで判断

してればいいんじゃないの、というスタンスです。

(不思議と、『アンタの言ってることはデタラメ、アンタのやってるヒーリングは正統なシータヒーリングじゃない』みたいなことを言ってくる人って、たとえば過去生の話とか、霊がとり憑いてるかどうか、(人類の未来がどう、というような曖昧で答えが今すぐわからないテーマについて)創造主がなんと言ってるか的な、証明できないからこそ好き勝手言えるようなことでしか議論をふっかけてこないんですよね。で、そういう絵空事みたいな議論で反論して相手を説得するということに、私は正直、なんの意義も見出せません。ヒーリングがホンモノかどうかは、目に見える形で現実が変わるかどうか(←べつにそれだけがすべてとも思わないのは事実ですが、便宜上、フワフワしたお花畑妄想系のイタいヒーラーになっていかないためにも、物理的現実がどう変わったかを1つの効果検証として重要視する、ということは自戒の念として持っています)じゃないんでしょうかね。

そもそも、『アンタのほうがダメ、間違い、インチキ、人として悪辣etc』的な言いがかりをつけてくる人って、結局のところ優越感の幻想にどっぷりなんだと思うんですよ。どちらが凄いか張り合いたくて仕方がない、自分のほうが正しい&優れている、と世の中だか周囲の人だかに知らしめたくて仕方が無いんでしょうね。ご苦労なこったと思います。私はパス。そういうラットレースには最初から参加しま千円←なーんてさんざん言っておいて、面と向かって私にモノ申す、みたいなこと言ってくる人って、まずいないんですが。あったとしても、勝手にこちらを見て嫌そうな顔をして『やっぱりこの人はオーラが汚くて濁ってるわね』みたいな、やっぱり目に見えない、言ったもん勝ちのことしか言わないw)

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