「才能ゼロ(でもどこまでいけるか)」を基準に考える

職業を考える際はもちろん、趣味や娯楽として何かを習うといったときに人がわりと気にするのが「向き不向き」。もっといえば「才能の有無」。

で、才能の有無を気にする思考を持つ人が陥りがちな点として、

「才能がない分野については何をやってもダメでモノにならない」

と決めつけるというのがあると思います。

でもね。

歴史に名を残すほどの名人、というレベルをはじめから目指すならともかく(←ってこれも、やる前から名人を目指すってそもそも意味不明ですよね。実際にやる内容よりも先に、名誉欲というか、その分野で認められることを指向していて、『やる』ことそのものに対する動機が弱いんです)、

やりゃあ誰でもできるレベルにまずは到達する

ことを現実的に見据えたほうがいいんじゃねえかなー、と。

そして、これまた才能の有無を気にする人が勝手によくやるのが、

やりゃあ誰でも到達できるレベルのことを「才能がある人にしかできない」と決めつける&思い込む

です。

しかも、「うわ、こんなすごいこと、自分には無理じゃね?」と思う、なんならプロとしても通用するようないっぱしの凄さには、やりようによっては誰でも到達できてしまうんですよね。

で、「こんな凄いことはきっと才能がなければ無理だろう、そして自分には才能がないから無理だ」と思うのって、何かを習得して自分という人間の能力を伸ばすという観点からしたら、何一つメリットがないんですよね。
(メリットがあるとすればその人の信念体系のなかで、『こちらをあえてダメだと決めてあきらめることで、別の〜を〜できるようにする』などその人独自の思考パターンならではのメリットになると思います)

つまり、何かをやるときには、

「自分はその分野にまったく向いていない、才能ゼロの人間だ」ということを前提に考える

ほうが、かえって建設的だと思いません?

まったく才能がない人間でも、(ジャンルによっては)それこそ「いちおう食える程度のプロ」には、なれてしまうもの。
(特に、会社のなかの職種とされるもの……『経理』など……は、芸能人などと違って何万人に1人の輝かしい才能とかなくてもイケる←よね?)

だったら、そんな才能がない人間が、どのような教育を受ければ、学習をすれば、伸びていけるのかを考えて実践したほうが、なんぼ建設的かわからないでしょ。

それでたとえば、このレベルまで到達するのにだいたい3〜5年かかると言われたら自分は「5年」と覚悟する。このレベルに到達するため学習時間は600〜2000時間と言われたら「2000時間」と覚悟する。ようするに、最低のペースに合わせる。
なんなら、最低ペースに余裕を持たせて「6年」とか「2200時間」などと捉えてもいい。
ようするに、自分をこの世で一番、できの悪い人間だと仮定してスケジュールを組む。

それでやってみてもし、意外とサクサクいけちゃったというなら、それはそれで御の字でしょ。
ほかの人が平均4年とか、1300時間くらいで到達していくのを見ても、自分はまったく才能のないダメ人間と割り切っていれば、そうそう傷つかないし焦りもしない。

まぁ、そういうご提案。ただの世迷い言ですってば。



P.S
自分がまったく才能ないなと感じているものに、弦楽器がありました。

特にヴァイオリン〜コントラバスなどのようするに弓で弾くやつは、数千年単位で家系を振り返ってみても、誰1人としてマトモにはやってないっぽい。遺伝子が持ってるノウハウからして、ゼロ。

実際、ちょろっとやってみても、人並みはずれてセンスがない。普通、初めてでもこのくらいはできるだろ的なことが、まったくもってできやしない。

だからこそ。

そんな才能ゼロの自分がどこまでできうるものなのか、自分自身を実験台にして、チェロを習ってみることにしたのがちょうど2年前。

はじめの1年半は「高い金を払ってせっかく一流の先生に師事してるのに、これっぽっちも上達しない!練習をサボっているどころか、1日3〜4時間以上も真面目に弾いて、このザマ。やっぱり才能がないと何をやってもダメなんだな」と自分に対してうんざりする日々でした。

ただ、第一線のプロチェリストとして活躍する古川展生さんが
「小学生でチェロを始めてレッスンを開始したけど、はじめの3年は簡単な曲でもマトモに弾けなかった。最低限、音を鳴らせる最初の段階が一番大変だった」
と言ってたのを励みに継続。
後に一流のプロになる人が、幼少期に始めて一流の先生に師事してレッスンしても最初の3年はモノにならないって言ってるんだから、俺みたいな才能ゼロのおっさんが始めたら、最初の3年どころか30年だってかかるかもしれない……と割り切ったわけです。

ら。

もちろんチェロ歴ちょうど2年の現段階でさえ、市民オーケストラで弾いてますみたいな人のレベルには到底、及びません。
が、1年半を過ぎたあたりでようやく、脳神経が整備されたというか、自分でもうまくわからないコツがわかった感じがあって(そう、それはちょうど、自転車に乗れるようになった瞬間のようでした。自分でも、それまでどうして自転車に乗れなかったのか、今は乗れるのか、わからないんです)、それこそ幼稚園や小学校の低学年の音楽の授業でやるような曲なら、とりあえず音程もリズムも合わせて弾けはしますよ、というふうになりました。

とりたてて名演奏というわけでもない。でも、聴いちゃいられないほど酷い雑音でもない。ごく普通に、問題ないというだけ。それだけです。

でも、「ごく普通に、問題ない」演奏は、できるようになったわけですよ。自称才能ゼロの人間でも。

って、こんな個人体験談、世の中全般のすべての人に通用するデータではありませんが、

才能ゼロでも、どんなに進歩が遅くても、ちゃんとしたメソッドやしかるべき時間・労力(・お金)をかければ、この程度には伸びていきますよという伸びしろがある

ということは、私個人に関しては、実感できることになったかなぁ、なーんて。
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