元・天使の思考(を引きずって人間になりきれない)を解消するコツ

それは、

脚(足)の素晴らしさを知ること

脚(足)を鍛えること


です。

しかも、なんとなく対話式のカウンセリングふうセッションを1回受けて解消!というものではなくて、けっこう一定期間みっちり、行動を伴って……というのが有効ぽい。

個人的には、ウォーキングやランニング、筋トレのほか、ヨガの練習で脚と対話し、脚に意識を向け、脚が感じていることを感じ取る……といった、「脚とのボディトーキング」を心がけました。
(注:ただだらだら長時間歩くのは、あまり脚と対話した感じにならなくて、労力や時間の割に効果低めぽい)

まるで脚の細胞に、自分の意識から抜けていた人間らしさのエッセンスが封じ込められていたかのように、脚を使い脚と対話すると、そこに閉じ込められていた人間らしい感覚や思考のエネルギーが全身に浸透していくような感じ。

具体的には、1つ1つのプロセスを丁寧に着実にこなす忍耐力や精神性、そうすることの喜びや尊さ(を感じられる感情の受容体活性化)などが得られます。というか、(自分には生まれつきそういう感覚が備わっていなかったような錯覚を持っている人なら尚更)取り戻せます。

ほかにも、元・天使の人は超・効率主義で、なんでも最小の労力と時間でテキパキと一気に片付けようとし、それができないとなれば馬鹿馬鹿しくてはじめから手をつけない……というような、ものぐさで飽きっぽいところがあります。実際イヤイヤ手をつけても途中でうんざりしてやめてしまったり。そういう困ったところが、改善解消される実感。

さらに、特にヨガのように(単に体操みたいに次々と動きをこなすタイプの雑なレッスンではなくて、1つのポーズをじっくり時間かけて、神経に意識を行き渡らせて完成させるといった内省的なレッスンだと有効)脚を自分の思い通りにコントロールすることに主眼を置くタイプの運動をすると、まるで義足のように感じていた自分の脚が本当に自分の肉体の一部なのだと思えるようになったりして感動的です。



私の場合はそれに加え、脚のデッサンを徹底的に、解剖学など細かい知識もコミコミで教わるタイプの講習を受講しました。

もともと脚フェチどころか、人間の体では基本的に上半身にしか興味がないというのが元・天使にわりとよくある傾向なのですが、絵でしっかり描くとなると、否が応にも脚という部位に意識を向けざるをえない。

骨と筋肉の組成を学び、いろんなモデルの(写真の)脚を描いてみる。脚のなかでも、描きやすい部位と苦手な部位があるのがわかる。どうすればそこを上手く描けるようになるのかを研究する。また描く。前よりもうまくなる。そしていつしか、人間の脚、そして脚のなかでも細かいパーツごとにいろんな特色があるということがわかってくる……。

ここまで来ると、自分自身の(性的な)興味ともまったく別に、自分自身を含め、いろんな人の脚に興味が出てくる。人の顔が1人1人違うように、脚もまた、1人1人異なる特徴を持ち、独自の個性や魅力があることがわかってくる。

いつしか、(あえて断言しますが、性的なフェチズムとは別の、崇高寄りな)脚という肉体の部位に対する愛着が湧き、その仕組みや働きの尊さがわかってくる。愛おしくなる。……ここまで来ると不思議と、元・天使があまり興味を抱かない傾向のある「浮き世の、俗っぽい楽しみ(やそれを楽しむ人々)」に対しての偏見や嫌悪感がうすれ、自分もこの世界をもっと人間として楽しんでみようかなという気持ちになりはじめる。

すべての人がみんな必ずそうなるとまでは断言できませんが、脚を愛する努力をいろんな方法でやってみると、いつしか脚そのものとは一見、関係なさそうな人間らしさや人間自体に対する思考のイシューが解消しはじめる……こともあるぽいよ?

ご参考までに。
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