守護天使の瞳には何が映るか

一説には、「自分自身が最高に輝いた状態」が映るとされます。
(つまり守護天使は、人間がどんなに一時的に表層的にダメダメのグズグズになっていても、その状態を見て一喜一憂するのではなく、最高に輝いた状態(が常に具現しうる可能性を伴っているということ)を見つめ、守護し、導いているわけです)

もしあなたが守護天使と会うことがあったら、その守護天使の瞳をのぞきこみ、何が映っているかを確かめてみてはいかがでしょうか?



天使が人間の前に姿をあらわすときの決まり文句は昔も今も変わらない定番、

「怖れるな!」

だとされます。
(個人的には、基本的に肯定しか概念として持ち得ない天使が、よりによって人間と会う前には必ず否定形を使うというのが謎というか、なんで?と思っています←つまり、天使が人間の前に姿を現すときに『怖れるな』と言うのは、ホントなんでしょうかという意味です)

まぁ、天使がそう言うかは置いておくとして、実質的に、人間が怖れるというのはありそうですよね。

天使の姿(エネルギー体)そのものが未知で恐ろしいというのもあるでしょうし、あまりの神々しさに畏れおののいてしまうことも。

また、守護天使の瞳をのぞきこむときの怖れでいうなら、

・実は自分の真の姿は、自分が思っているほど立派なものではない、ショボいものでは?

というのがメジャーかなぁ。

実際に瞳をのぞきこんだときの怖れでいうなら、

・しょせんたいしたことないと思って安心もしていた自分が実は、こんなに神々しく素晴らしいものだなんて信じられない
 (こんなすごい姿にこれからなるなんて絶対に不可能だと感じる)
 (こんなすごくなれる素質を持った自分自身を立派に育てる責任なんて重すぎて無理!と拒絶)
 (自分の後ろ暗い、罪悪感やいけないことだと判断している想いや経験のすべてが、こんな神々しい自分にも筒抜けなのかと思うと、一人芝居みたいだけど自分が自分に許してもらえないようで、裁かれて罰せられそうで怖い)

とかかなぁ。

なんにせよ、人間はなんでもかんでも怖れ過ぎ。そして人間が怖れてる対象なんて、実体としては何も無い、ただの杞憂なのにねー。
(それこそ一人芝居だよ。自分で恐怖の対象イメージを自らの想念で創り上げて(≒でっちあげて)それを怖がるんだから←悪魔は実際は無力で人間を怖がらせることができないので、わざと人間のほうで恐怖のイメージを創らせるようにそそのかし、怖れさせ、従える(≒悪魔自身は人間に、自らのエネルギーで恐怖の念を感じさせることはできない))

天使はべつに偉ぶったりしないし、上から目線で接してきたりはしない。

天使と会うにふさわしい人間、というものを裁いて採点して選抜したりもしない。
(もし、天使と会うにふさわしいかどうかがあるとすれば、それはむしろ人間側が『自分自身を天使と会うにふさわしい』と思えるかどうか&本人が従うことに同意しているこの世の仕組みのなかで、天使と自分が類友の波動帯域にいないから遭遇しないという結果にたまたまなってるだけ)

もっと無邪気に、相手がどんなに偉かろうとなんだろうと平等に素直に接する赤ん坊みたいに、天使とも接すればいいのにね。
とてもカンタンなことのようにみえるこれが、人間の大人にはできないと感じるんだって。不思議ー。(←と書いてるお前自身の視点はどこにあるのだ的なツッコミw)
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