柔訳 老子の言葉 写真集

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柔訳 老子の言葉 写真集(上巻)柔訳 老子の言葉 写真集(上巻)
(2013/11/23)
谷川太一

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柔訳 老子の言葉 写真集(下巻)柔訳 老子の言葉 写真集(下巻)
(2013/11/23)
谷川太一

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柔訳(じゅうやく)というのはおそらく造語でしょう。柔らかい、読みやすい言葉に翻訳した、というニュアンスのようです。

もともとこの本の文章部分は「柔訳 老子の言葉」として出版されていましたが、その約半年後に、著者が撮りためた写真を多数、掲載しつつ文章を挟み込む、という体裁で再び出版したようです。

とにかく写真が美しい!!

私は普段、写真集をそこまで興味深く閲覧するほうではないし、日本の自然や神社仏閣といった被写体モチーフにも、そこまで興味があるほうではありません。
でもこの写真集に掲載された写真はほぼどれも力があり、とても美しく、見栄えも見応えもあります。印刷も綺麗で、森の緑がこれほど鮮やかにリアルに発色できてるイマドキの印刷技術には、ため息をつくばかり。

老子の言葉を翻訳した文章部分も、1見開き1テーマ読み切りという体裁で編集されており、ちょっとした時間にすっと読めてしまいます。



ただ、私は老子の研究をみっちりやった人間ではないので偉そうなことは言えないのですが、この「柔訳」というのはメリットもあるかもしれないけど、デメリットというか、リスクがあるなぁと感じました。

というのも、原文からして平易で、かつ具体的なようでいて抽象的なのが老子の文章の特長だと素人ながらに私は思うのですが、そこにはシンプルに述べたからこそ描き出しうる叡智の深淵があると思っています。
その「叡智の深淵」をも反映した「柔らかい、わかりやすい言葉」ならいいと思うのですが、わかりやすさを優先して具体的でひらべったい、うすっぺらいだけの内容に終始する危険があるのでは、と感じました。

さらに言うと「あぁ、つまりここで老子は、~ということが言いたいのね?」の「~」部分をどうとでも読めてしまう隙がこの本の日本語訳部分の文章にはあり、個々人が勝手な解釈をできてしまう(それがいいことか悪いことかはなんとも言えないのですが)よなぁ、と。

もちろん、ちゃんと理解しようと思ったら大変な(のであろう)老子を、どうかわかりやすく日本語に、という試みに挑んで形にした著者の功労には敬意を表しますし、「誰が訳してもこのフレーズは、ちゃんと日本語訳にするのは無理だろ」的な部分を訳すとなれば、どんな翻訳をしたところでツッコミどころは完全には消しえないとも思います。
少なくとも、「老子を身近に」現代の日本人に届けるという貢献は充分に評価されるべきことでしょうし、これだけ素敵な写真とともにまとめた本は物体としても純粋に「美しい工芸品」的な価値があると思います。

ほんとにもっと老子のこと知りたかったら中国語の古典を読めるようになって原文にあたれよ、ということでしょうか。

あくまで「老子のエッセンス(らしきもの)」に手軽に触れる、という恩恵を存分に享受するつもりで手にする価値はあるかと。

P.S
著者の経歴が抽象的で、生まれた年もわからないし学歴や職業歴などが一切、載っていないので、「この人、誰?」という不信感?不安感?みたいなものがけっこうありました。

いやね、文句のつけようもない作品をバシッと提示してくれてたら、べつに著者の経歴とか、どういう人物かはどうでもいいんですけど、ただでさえ解釈が分かれる老子をふわっとした言葉で翻訳するというリスキーなことをしているだけに、読者としては経歴を「本当にこの著者の言うことを信じていいのか。信頼に値する人物なのか」の拠り所にしたいような気がするんですよね(気休めかもしれませんが)。
P.P.S

見開きの右ページに老子の言葉の日本語訳、左ページに著者による解説があるのですが、残念?なのは、

「これは、ここに掲載された老子の言葉の解説を逸脱した、勝手な著者の意見の押しつけだろ」

と感じるような文章になっている箇所が目立つことです。
「老子はつまり、こう言っているのだ(←この時点で『え?そうか?』と思う箇所も多い)。だから私たちは、~を~して、こう生きなければならない(←はい?これのどこが老子の言葉の解説なの?それはアンタの主張でしょ?こっちはそんなの聞いてないんだけど。勝手なこと言うのやめてくれる?どうせ主張するなら老子という虎の威を借りたりしないで、自分の個人力で勝負すれば?……と思えてしまう)」
というスタイルの解説が多いんですよね……。

しかもこの決めつけが、戒律を重視する日本人からすると、すごく聞こえがいい。「そうだそうだ!」と思えてしまうような、道徳的正論だからかえってタチが悪い。

人智を超えた何か(≒道(タオ))のこと、宇宙のビッグバン、創造主がいかに無為自然に人間やこの世界に働きかけるかの仕組みについて、ものすごく淡く「醸し出す」ように、微細なニュアンスで述べるのが老子の真骨頂だと思うのですが、それを部分的に切り出して

「いいですか、皆さん!老子は、これこれこんなふうに社会のルールを守って生きよと言っているのです!だから我々は、規律を守り、こう生きなければなりません!!」

とばかりに、あんまりな歪曲をしておいて「わかりやすく訳した」と言われてしまっては、元も子もないよなぁ……という気分になりました。

そこだけ残念というか、微妙でしたw
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