クンダリーニレイキ2015の感想いただきました2

2015へバージョンアップを受けた方からの感想です。

こんにちは。
年末にはクンダリーニレイキ2015へのアップデートをありがとうございました。

実はアチューンメントの数日前に仕事を辞めて、いろいろ悩み考えていたんですが、ある日突然、(まぁいいか、仕方なかった。)と悩みからスコーンと抜け出ました。これはアチューンメントのおかげかと思います。今は本当にスッキリした気持ちで、以前の私には考えられなかった変化です。

アチューンメントを受けている時は頭の周りがじんわりしてきて、エネルギーが来ているなと感じました。私がエネルギーにあまり敏感でないからか、比較的、穏やかな感じでした。
アップデートしてから変わったことは、以前はクンダリーニレイキ瞑想をしてもあまり感じなかったのが、今はエネルギーが体を通っているのを感じ、頭の周りではっきりとエネルギーを感じるようになりました。

今は、波動が高い人がどのような感じなのか体感したいです。以前の職場は波動が高いと思える部分と波動が低いと思える部分が極端だったので、私の感じ方が、何か考えを変える必要があるかもしれないと思っています。
そのことで、またご相談させて頂くかもしれません。
その際には、またよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。


クンダリーニレイキは2009くらいを境に、ビリビリというわかりやすい強力な感じから、「マイルドだけど痛い整体より効く揉み方」みたいな穏やかなものに変わった印象があります。

今回のバージョンアップで、それまであまり感じられなかったクンダリーニ瞑想(レベル2でできるようになります)を実感できるようになったとのことで、おめでとうございます、という感じでしょうか。

また、波動の高い人がどんな感じかを知りたい、とも言ってくださっていますね。人間はそれ自体が物理的にも非物質的にもさまざまなものが複雑に組合わさっている混合物なので、一概に「これが波動が高い人」とはいえず、それこそ指紋が1人1人違うように、千差万別な印象があります(それだからこそ面白いんですよね。同じような霊的修練を積んでも、1人1人、良い意味で違いがある)。

ファッションで「これが赤という色」というものは万人に共通なように(そして同時に赤のなかでも幾通りものバリエーションがあるように)、喜びや誠実さといった1つ1つの美徳は万人に共通であり、同時に1つの美徳のなかでもさらに微細なニュアンスが異なるバリエーションがあります。

だからまるで、ファッションショーを見ているみたいに、1人1人の纏っているエネルギーの色合いが異なるんですね。それがとても面白い(と、私には感じられる)。

ネコや鳥といった動物の毛並みや模様が個体ごとに違うのと似ているというか。

それが今現在、あまりよく見えないという方は、エネルギー霊視でそれが見えるとどんな感じなのか、を知ってもらいたいなぁという淡い希望は、持っています。
(人により、見えないほうがよかったという人もいるので、一概には言えないんですけどね(←なぜ見えないほうがいいかというと、これまた原因は様々なんだけど、わりとありがちなのは『この世はこういうもの、とその人が想定していることが実際のエネルギーの有様と違うため、もし霊視でエネルギーが見えちゃうと自分の世界観が崩壊して混乱してしまう』というものでしょうかね))



ただ、スピリチュアルな業界?で動いていて私が思うのは、「業界的にウケがいい色合い」という偏りがあるなぁということです。

色が本来、白も黒もその他の色彩もすべて優劣は無く、それぞれが担う色合いが異なっているというだけなのと同様、この世に存在する(美徳の)エネルギーも、それぞれ性質が異なるだけで、優劣はないというのが私がいちばん(創造主とのチャネリングを通じて得て)納得できる見解となっています。

ですが、いわゆるスピリチュアルスピリチュアルした人というのは、「白・至上主義」みたいなところがあるんですね。黒や暗色と呼ばれるような色合いの概念エネルギーを「悪」と忌み嫌い、排除しようとし、赤や青や黄色や緑といったカラフルな色合い(←派手さ、ポップさ、明るさ、無邪気さなどの概念の比喩)の美徳は軽視?する。

それって、みんながみんな白っぽい服ばっかり着てるみたいなもので、ある種の統一感は出るっちゃ出るけど、個人的には「他の色合いよりも全員白のほうがよい」とは思いません。
(逆に、ただ単に二元性でいう光・真実を否定して、安っぽいヘビメタバンドみたいに悪万歳を謳う悪魔的な連中も芸がないなと感じる)

むしろ、これは私個人の好みですが、せっかくスピリチュアルな霊視能力を培い、見えないエネルギーを感じられるようになったのだから、この世にあるすべての色彩をまるごと見聞き体験したいなぁ、と思うわけです。

ちゃんとした修練を積めば、おどろおどろしい性質のネガティブ概念といったエネルギーにさえ、悪影響を受けることなくちゃんと観察することができる。それこそ、医学や薬品の研究所で、研究員が安全に配慮したうえで、有毒なウィルスや細菌を顕微鏡で見ることができるように。

また、せっかくエネルギーを見るからには、自分の好き嫌いはそれはそれで尊重して持ちつつ、何かを見るときにはその好き嫌いをいったん「横に置いておいて」ありのままに見られるようでいたいなぁ、とも思います。
(それこそ、音楽や演劇、美術でも『これはこれで、こういう素晴らしさを体現しているなぁ。個人的には好きじゃないけど』と鑑賞できるようでありたいのです)

もちろん、白至上主義だろうが白じゃなくて黒だろうが赤だろうが青だろうが、「この色しか認めない!」という価値観で生きてる人はそりゃいるだろうし、いるのは私が口を出すことでもないよなぁとは思います。

ただあえて、おせっかい的に何か言うとしたら、

・その色を唯一の、至上のものとして捉え、目指さなければならないと思ってるからそう思っている

のか、

・どの色も対等であり、色と色の間に優劣は無いとわかりつつ、どの色を好き嫌い&選り好みしてもいいとわかったうえで、他人がどう在るかはその人次第との認識を持ったうえで、自分の信条として「この色が好き!」と表明している

のかは、似ているようで全然違うような。


なーんてね。
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