起業は1冊のノートから始めなさい

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起業は1冊のノートから始めなさい―――「事業プラン」から「資金計画」までを可視化する起業ログのススメ起業は1冊のノートから始めなさい―――「事業プラン」から「資金計画」までを可視化する起業ログのススメ
(2013/08/30)
上野 光夫

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起業といっても、べつに法人登記して上場目指して……というわけでなくともよく、

個人事業主としての独立など小規模でも、起業とみなす

と著者は述べています。

ようするに、雇われないで生きていくとなったとき、このノート術を活用してちょうだいな、という。

ようするに

起業でいちばん大事なのは、事前準備

というのが著者の言いたいことのようです。

ノートに書き記すと頭の中が具体的になりますもんね。

なんとなく頭で考えてるだけだと、自分でも「自分はどれだけ準備ができているか、そうでないか」がわからないんですよね。
(もっと未熟な人だと、『頭のなかではなんとなくうまくいってる、考えられてると思ってることが、意外とそうでないことが多い』ことすら経験を通じて知っておらず、『なんとなく直観でピンときてるから、うまくいくと思う!』とか言って結局すぐ行き詰まることがよくあります)

ヒーラーやセラピストとして独立を考えてる人は参考になるかと。

ご参考までに。


私の場合、起業願望……というか

一刻も早く会社を辞めて自力で食っていけるようになりたい

という想いは学生の頃から、もっというと物心ついた直後からありました。

例外的に、アナウンサーは局勤務の場合はサラリーマンだということを中学くらいで知ってからは、「アナウンサーだったら会社員でもいいか」と思えていましたが、そうでない道を歩まざるをえないとなったらもう、どこかの会社に勤めるなんてまっぴら御免、という感じでした。
(私が学校の勉強をまったくやらなかったのも、学歴を手に入れて優良一流企業だかに会社員として就職する必要性をまったく感じていなかったためですw それよりは、楽器でもダンスでも歌でもなんでも、自分の特技をカネにして食っていくための修練に充てたいと思っていました←結局、子供時代にはそれも叶いませんでしたがw)

自分はこんな業務をやりたいわけではない。こんな、やりがいを感じられるでもない会社に社員として勤めて終わって行く人生なら死んだほうがマシ、という悔しさと焦りが、なんと新卒での内定が出た(&プータロー回避のためには、そこに就職するより他に無い)直後から始まりました。

どうやれば会社員を辞めても食っていけるだろう、生きていけるだろう。

実際に就職して会社で仕事を始めてからも、一秒たりともこの考えが消えることはありませんでした。業務に支障が出てしまうほどに、何か仕事を担当するたびに

「この仕事をこなせるようになったとして、それってこの会社を辞めてから活かせる?この会社の中だけでしか通用しない仕事なんか、できるようになったところで何の役にも立たなそうなんだけど」

と計算していました(←目先の業務に集中できなくなるので、おすすめしませんw)。

私はビジネスパーソンとしてはたいした能力も才覚もないほう、ということになるのでしょうが、それはもうわかったうえで&べつにそこに才能あっても嬉しくないんだよねという納得で、こんなことをやっていました。

・学生時代の最後の半年は、上場を目指す成長期のベンチャー企業に、経営者のそばにいつもついていられる法務部要員としてバイトで潜り込み、経営陣が何をどう考え、どんなことをしているものなのかをスパイばりにウォッチし続けた。

・リ○ルートなど、独立する社員が多い会社に勤めている人にコンタクトをとり、食事代はこちらが負担するから会って話を聞かせてくれとお願いして個人的接待をいろんな社会人に対して行った。

・仕方なく入った金融機関のシステムエンジニアだけど、最悪、この業種で独立して食っていけるように、会社の仕事だけでなく世間全般で通用するITスキルの習得に励んだ&金融派生商品を扱う部署だったので、トレーダーの人と仲良くなる(フリをする)ことで、投資の知識や手法、どんな本で何を勉強すると個人でも金融の投資のことがわかるようになるかをヒアリングした。

・いよいよ「個人で世の中に対して勝負を仕掛けて、カネを稼げるかどうかを試す期間」に自分が突入したなと思った25歳のときに、なにかと縛りの弱いベンチャー企業に転職し、会社から給料をもらって仕事をしながら同時にフリーライターやビジネスコンサルタント(!)と勝手に名刺をつくって営業し、個人商店として自分が通用するものなのかどうかを、実践(実戦?)を通じて試行錯誤していった。

20代後半から独立に踏み切るまでの数年間は、ある意味、武者修行ともいえる期間で、コンサルティングファーム勤務経験もなければまだ中小企業診断士の資格もとっていなかったというのに勝手にビジネスコンサルタントなどと称して、偉そうにベンチャー企業経営者からコンサルティング料を貰いながら「次はこうしたほうがいい」などとやっていたのだから恐ろしいものです。
(でもビジネスコンサルタントの能力というよりは霊能的な直観のおかげ?で、私のアドバイスは信頼できる&当たると評判で、『このまま個人ビジネスコンサルタントとしてやっていこうかしら』などと調子に乗れてしまうほどでした)

でもこうした経験のなかから、私はどこかで「霊能力を仕事にするのはよくないことだ、というか、それだけで食って行くなんてまさかそんな」というビビりなり自戒の念なりをはじめは持っていたのですが、段階的にそういうネガティブな想いを解消していけて有益でした。

ビジネスのコンサルティングをするよりは、もう少し、人間の心や気持ちに沿ったほうが、よくわかる感じがする……と思うようになり、(大学で第一希望にしていたが落ちたため専攻できなかった)心理学に再び、関心が向いてきて。

で、いざ心理学をやってみると、理論というか、枠組みがそれはそれで大変で現実の諸々の問題にうまく適用させづらいと感じて。

そこから、直観やフィーリングを重視した、心理学の応用?独自のメソッド?にシフトして。
(それが私の場合、某カードリーディングのスクーリングでした)

そこでカードリーディングのもどかしさ、限界を感じて。

同時に、他の人よりその人の気持ちの在り方や思考回路をエネルギーとして直観で読み解くのがうまいのではないかと思えるようになってきて。
(ある意味、落ちこぼれというか、『出来の悪い』同級生たちがいてくれたおかげで、自分は超感覚の世界ではもしかしてわりとイケんじゃね?という根拠のない?自信を得ることができました)

とはいえ、ほんとに霊能者の人みたいになんでもかんでもお見通し、なんて自分にできるのかしらという不安と期待があって。手始めにレイキの伝授を受けてみたりして。

でもそれで、(まるで転職のように)一度やってみたら一気に怖さがなくなり、また(過剰に)大胆になり、スピリチュアル系のエネルギー伝授やセミナーに怖いもの知らず的に出てみるようになり。

そこからは(独立に向けて具体的に行動を起こしてから実に10年!の歳月を経て)今の形での独立にこぎつけた、という次第。



これはべつに自慢じゃないし、自分がスゲエだろとか頑張っただろということを伝えたいわけではありません。

むしろ私は、一般的に言ってビジネスの分野ではしょーもないレベルの能力しか持ち合わせておらず、かといって破天荒に自分の腕っぷしだけで世の中をガシガシ渡っていけるぜというほどの特技も度胸もなく、人一倍努力しても人の何分の一くらいしかできないほど無能な人間の部類に入るだろうなぁと思っています。

人よりも不器用な分、やれることやんなきゃという強迫観念は強かったですよほんと。ほんとにできんのかという自信があるかといったら全然そうでもなくて。フリーランスで生きていくとか、起業するなんて(志向してはいたけれど)絶対に無理だろうなと思っていた。

でも。

何年もかけて、ビジョンと決意、信念を培って、もろもろの試行錯誤もして、改善する余地があるならして、どうにかこうにか独立の目処を立てて……とやっていけば、私みたいな(霊能力以外)なんの取り柄もない人間でも、独立して今の所まだ5年めですが、食い扶持を稼ぐことができました。他のバイトをする必要もなく、独立した仕事1本でやってこられました。

自分がスピリチュアル業界にいるからというのもあるのですが、

「私はべつにぃ〜、この分野で独立するとか、仕事にすることさえ考えてなかったんだけどォ〜、周りがみんな、やったほうがいいって言ってくれてェ〜、最初はボランティアでタダでいいよォ〜と言ったんですけど周りが『それじゃエネルギー交換にならない』と言ってくれてー、それで気がついたらこの仕事1本で食べられるようになっちゃってー。べつにこの仕事をどうしても続けたいって想いもなくて、言ってみれば趣味?みたいなもんなんだけどねー」

的な、フワフワしたことを言う人って、多いんですよ。

それ自体をどうこう言うつもりはないんですが、私がいちばんよくないなと感じるのが、

フワフワした感じなのに成功できた人の話を聞くことで「周りのうまくいっている人たちみたいに、トントン拍子にいかない自分はダメなのだ」と思ってしまう人が現れること

です。

私自身、能力や才能もさることながら、実家が貧乏だったりして、「他のみんなみたいに恵まれていない(っぽいと感じる)」という劣等感ぽいものは人一倍、強いほうです。

でもさ。

トントン拍子に行く人と比較してもしょうがなくて。

あれやってもこれやっても、これっぽっちしか報われない自分が、それでも人一倍うまくいくための方法&行動量を、文句言わずにやり続ければいいじゃん

と思うわけです。

どんなにやり方を工夫しようが、人の十倍努力してようやく他人と同じくらいにしかならないなら、黙って人の二十倍、努力すれば他人の倍すごくなれる

んですよね?

なんでもかんでも効率やら「傾向と対策」やらが整備され、スマートに苦労なくスイスイとうまいことやりましょう&やれますよ的な風潮に最近はなってると思うし、もしほんとにスイスイ行けたらそういう恩恵は素直に受け取ったほうがいいと思います。
でも、どんだけ死ぬ気でやったところで、他の人みたいにスイスイ行かない(けど行きたい)人は、ひたすらジタバタするしかないよね。
そのジタバタを、「やり方が悪いんだよ」「才能がないんだからあきらめれば?」とすぐ見切りをつけてバサバサ切って行く風潮も、どんどん強くなってませんかね。ちょっとやってうまくいかないなら無理してそれを続けたりしないで、さっさと別の道に行けばいいや、という。
だからこそ私は、「ほんとにそこでやりたかったら、どんだけ芽が出なくても、あきらめきれないんだったら、黙々とやればいいじゃない」というスタンスだし、そうやって黙々と努力する人を応援したいです。

やってもやってもたいして成果が出ない落ちこぼれ側にいる人間として、もし私の辿った試行錯誤のかっこ悪い話が励ましになるんだったらどうぞって感じ?

このエントリーで紹介した本の著者でさえ、ノートをつけはじめてから何年もかかって起業しているそうです。
優秀な人でさえそうなんだから、そこまで優秀じゃないと自負している人は、それ以上かかっても当然、くらいに気長に捉えてやればいいんじゃないでしょうかね。
(で、そんな気長にやってられっか!という人は、無理しなきゃいいだけの話だし)

んー、長くなったけど、私、個人的に、

チャチャっとやってすぐうまくいかないことについて努力を続ける人のことを小馬鹿にする人間、大っ嫌い

なんですよ。

そういう人はたいそう優秀なんでしょうし、努力してもできない人がものすごいバカに見えてしょうがないんでしょうけど、全力出したってこれしかできない、という人の努力を笑う資格ってないと思ってるんですよね。

ましてや、自分自身じゃなくて「私の知り合いはもっと楽にトントン拍子でうまくいってるよー?」と、他人の話を持ち出して、努力してる人をからかう、蔑む、みたいの最悪だと思ってます。

(ここでわざわざ持ち出す必要もないんでしょうけど、もっと最悪なのは『もし自分が本気を出したらお前よりずっとうまくやれるだろう。本気を出した俺よりうまくやれないお前はダメだ』と言う人間。なんだそれって感じ)

あ、同時に、

自分のやり方のどこかが間違っているかもしれない、改善の余地があるかもしれないということに一切、意識を向けることもなく、「努力してる自分ってスゲエ、尊い」みたいな独善的なナルシスティックさ全開で、なんの反省も軌道修正もせず、延々と努力して、「努力できていることをもってして善しとする」価値観でご満悦になっちゃう人」は、もっと大嫌い

ですけど。

ってなにこれ、こんなこと書いてる俺が一番バカなんじゃん、みたいな?w

P.S
ブログではこんなこと書いてるけど、実生活では

「usamimiさんって、何やっても器用に人一倍うまくやれちゃっていいなー。悠々自適で羨ましい!」

とか言われたら

「でしょー?俺もそう思うー」

とかシレッと答えてますよ私w
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