かぐや姫の罪と罰。あなたも抱えてない?

かぐや姫が月で犯した罪とは何か。

婉曲的にしか描かれず、推察するより他にないわけですが、こんな説があります。

穢れなき月世界においては、穢れた地球に対して「憧れ」を持ったり、「いい側面がある」と思ったりすること自体が、罪。

その罪を償うため地球に堕ち、穢れにまみれて生活することが、罰。

そしていつの日か

「こんな酷い世界は、駄目な場所。私が間違っていた。地球は、何ひとつ良いところのない、穢れたもの。地球に憧れを抱いたり、なにか良い側面があるのではないかと思うことは、とんだ間違いであり、罪なのだ」

と痛感できたら、それは贖罪。

救済が訪れ、月に再度、帰ってくることが赦される


さて。

人間は、天界(シータヒーリングでは『第五層』)と呼ばれるような、ようするに高貴な?高次元の存在から、似たようなことを吹き込まれている場合があります。

「この世界は、穢れた場所。人間は、醜いもの。この世界に生きることはすべて『間違いとは何か、よくないものとはどういうものか』を学ぶための試練であり、『この世のような酷い場所は駄目だ。もっと高貴な洗練されたところへ向かいたい(そういう場所にふさわしい魂になるために、魂が成長して洗練されていかねば)」

と思うように、わざーと、地球上で嫌な目ばかりに遭遇するように、天界の存在が仕向けている場合があるのです。

もしあなたがそうだとして。

本当にそうでしょうか。

あなたに「それは罪だ」「これは罰だ」と言ってくる存在の言うことって、ホントだと言いきれる?

天の存在などというと、とてつもなく正しく清くて、絶対に間違いなどおかさない、必ず良いことしか言わない。そんなイメージありませんかね。

でも、果たしてそうでしょうか。

この世は本当に、穢れた、汚いものだけでできているのでしょうか。
(あるいは、この世で楽しいとされる物事や体験はすべて『チャラくて浮ついた、中身のない、魂を堕落させる』ことばかりなのでしょうか)

この世は酷いところだ、人間は醜く愚かな生き物だ、と感じるような体験ばかりをさせられているような人生だと思っていたとして。

それが自分自身の潜在意識の選択によるものだとして。

これからも、その選択をし続けるのは、あなた自身にとって、望ましいことなのでしょうか。

いつかあなたの魂が成長して洗練されたとして。この世を疎み、忌み嫌い、よくないものと断じてこの世を去る(輪廻転生から離れる)のですか?好き嫌いで物事を判断するという枠のなかから出ないで「成長」だかができたと天界の誰かから言われたとして、嬉しいですか。
この世を汚い、穢れたものだと100%自信を持って言う、天界の存在の導きに今後も従っていきたいと思いますか。そういう存在から認められて、本望ですか。


「この世がいかに酷い場所かを味わえるような体験を、あなたの人生に整備しましょう」

という天界の存在からの申し出を自分が受け入れているとして、今後もそうあり続けたいですか。

って話。なんじゃそれ。

つか、天界の存在っつったって、大勢いるからね?
1人1人、考え方が違うからね?
いま、啓示を受けてる天界の存在が、本当に自分にとって今後もベストな存在となりうるか、受け身でなく主体的に考えてみては。
(とりあえず高次元の存在だったら誰でも大丈夫だろう、という楽観で、実質的に酷い目に遭ってるのに『これこそ成長のための糧』とか都合よく解釈してそのままでいるのも全然OKなわけですが)

助言やアドバイス、強制的に試練をもたらしてくるその存在のすることに付き従うかどうかすら、「自分で決める」ことなんじゃないの?
(天界の存在のなかにも、まだエゴがあって自分の権威を示そうとしたり、誰かを支配しようとしたりする連中はゴロゴロいますよ)


なんちって。
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