コマンドの難易度は皆同じ

久々に?シータヒーリングの直球ネタ。

コマンドの難易度があると捉えている人もいるみたいですが、そう思うこと自体が思い込みですよね。

すべてのコマンドは、難易度という点では本来は等しく同じです。
(病気と障害のクラスでは、『癌を治すのと水疱瘡を治すのは同じくらい簡単だ』などという思考が成立しているかどうかをチェックしたりします。癌のほうが水疱瘡より治すのが難しいと感じているとしたら、それって思い込みだよね?という)

コマンドがもし効かないとすれば、自分か相手のどこかに、「そんなの無理だ」と思うBeliefがあるということですよね。

ただ。

実際、コマンドが現実に影響を及ぼすかどうかについては、たとえば第六層の法則各種をマスターしているか(≒その法則が自然なまま働いているのとは違うふうに現実の創出に働きかける(あるいは働きかけないよう要請する)権限を法則からもらっているか、認められているか)が絡んでくるので、コマンドの難易度という概念が生まれてきちゃうんでしょうなぁ。

シータヒーラーであれば、

・コマンドはどれも難易度は同じ

という原則を理解しつつも、

・物理的な何かを変化させるなど、一部のコマンドについては、単純に信念体系から疑いを排除して信頼100%にするというだけでなく、個別の要件(美徳の体得や法則のマスター)が必要になることもある

という点を理解したうえで、あくまで便宜上の意味で「コマンドの難易度」という概念を持って話せるといいんじゃないかなぁ、というご提案。

(たとえば火にあたっても火傷しない、などは、信念体系から法則から、『火にあたると火傷する』という事象を成立させずにすむうえで関係するすべての条件を自分が満たしていれば、効きます。が、そうでない場合は火傷して取り返しがつかないことにもなりかねないので、無茶は禁物)

ご参考までに。
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