シータヒーリング=人魚の肉

明日からシータヒーリングの講座を控えているからというのもあり、書いてみよう。

高橋留美子という漫画家の作品に、人魚シリーズがあります。
  ↓
人魚の森 (少年サンデーコミックススペシャル―高橋留美子人魚シリーズ)人魚の森 (少年サンデーコミックススペシャル―高橋留美子人魚シリーズ)
(2003/10/18)
高橋 留美子

商品詳細を見る
人魚の傷 (少年サンデーコミックススペシャル―高橋留美子人魚シリーズ)人魚の傷 (少年サンデーコミックススペシャル―高橋留美子人魚シリーズ)
(2003/11/18)
高橋 留美子

商品詳細を見る


この作品のなかで「人魚の肉」が出てくるのですが、それは

体質が合う人が食べれば不老不死の奇跡をもたらす秘薬。
しかし体質が合わない人間には猛毒で、死や怪物化をもたらす。


というもの。

人魚の肉に体質が合わない人間が食べてしまうと、死んでしまったり、「なりそこない」という怪物に変身して人を傷つけて迷惑をかける存在になるという設定。

20100704_1290566.jpg
※なりそこない

これわまさにシータヒーリングそのもの

だなァ、と思わされます。

シータヒーリングで用いる「創造主とのチャネリング(で得られた最高の真実)」は、個人個人で独自の信念体系を持つ(&固執する)人間からすると、

目の上のタンコブ的に邪魔なもの

でもあるわけです。

自分の「なんたってこれが絶対に正しい!」という考え(Belief)が否定されてしまうわけですから。

そこで創造主に対して反感や敵意を抱いてしまうと、その時点で「なりそこない」確定。

また逆に、個々人の信念を否定して

「創造主の定義する概念にすべてを合致させ、そこからずれた信念など何も持たない人間になるべき!創造主の定義からほんの少しでもズレた在り方をしている人間はダメだ!!」

となってしまう人も、同様に「なりそこない」確定。

また、創造主や、創造主から告げられた情報などに対して「権威」を感じてしまう人も、「なりそこない」。
ましてや、「創造主の威を借るヒーラー」とばかりに、創造主とチャネリングできる自分や、創造主に感じている権威に自分があやかることができていると鼻高々に偉そうになっている人はもう、手がつけられないレベル。

ほか、「シータヒーリング=あらゆる苦難を正々堂々と手放してとにかくラクに豊かに幸せになりましょう教義」という捉え方をして、あらゆる現実の問題から目を背けて、ニセモノの笑顔で自分をごまかして「私は幸せです、最高最善です」と言う(ノリに染まる)ことを自他ともに強要するところまでくると末期。これじゃまるっきり、カルト教団だよ。
(私は現に、そういうノリの人と出会って『愛と光〜♪』と挨拶され、不快に思って挨拶を返すことを拒否したら、両手で襟首つかまれて睨まれながらドスのきいた低い声で『愛と光!愛と光!(オラ、お前も言えよ!!)』と脅迫をされたことがあります)

真実は、自分の都合のいい思い込みのなかで現実逃避していたい人にとっては、世界一、嫌なもの


だよね。

真実が残酷に見える&聞こえるだろうし、自分を傷つける加害者だとも感じると思う。

そして、

人間のほとんどは、真実なんて見たくない。興味もない。
それどころか、自分だけの(どれだけ真実から逸れて歪んでいるとしても)幻想のなかに浸っていたいと感じる生き物。


だと思うわけですよ。

だから、真実を告げるシータヒーラーなんて、厄介者以外の何者でもない。

それどころか、シータヒーラーが創造主とやらとチャネリングだかをして言う言葉なんざ、真実だと認めない。
そもそもシータヒーラーがチャネリングする対象が本当に創造主(=神)だなんて、信じてたまるものか。
本当の真実とは、(私が把握している)これこれこういうこと。ホンモノの神とは、私が信じるこういう存在。
……と、思いたい人のほうが大多数なんじゃないかな。
(現にそうして、『これこそが神だ、正義だ、真実だ』と言い合って人類は宗教的思想の相違から、何千年も戦争を繰り返していまだ何らかの合意なり終結に至らず、それどころか個々人がどんどんそれぞれ新しい思想なりに沿って生きるようになっていってますよね)

とどのつまり、

自分の信念「だけ」が正しいと証明したくて固執して譲らず、それ以外の考えや在り方をすべて否定(攻撃して排除、撲滅)しようとする価値観から抜け出せない人は、シータヒーラーにはなれない(&なることがその人にとって望ましくも好ましくもない)

のではないかなぁ。



裏を返せば、ここに挙げてきたようなことに何一つ引っかからず、

世の中には、自分の信念とは別の仕組みがいろいろ働いており、それらをどう活用するかだ。
(だから創造主の最高の真実という、いわば物理法則みたいに絶対の情報があると、現実を生きるうえでの対策を講じやすくて便利でありがたい)

創造主の真実から逸れれば逸れるほど、苦しみや軋轢が生まれて苦痛を感じるようになるという根本原則は理解したうえで、自分なりに生き様を通して貫きたい信念は、それはそれで確立し、遵守する。
(自分の信念を貫くうえで軋轢や苦痛苦悩が生じるとしても、そこは納得したうえで覚悟し、現実に問題が起きたときには責任をもって対処し、他人や社会のせいにしない)

創造主の定義する概念に合致させるメリット&デメリット、自分の信念を優先するメリット&デメリット、そのどちらをどういうケースで適用させてバランスをとるのがいいかを見極める鑑識眼を持ち、自分の自由意思による決断で生じる結果がどんなものであろうとも受け入れ、立ち向かうなり尻拭いするなりする覚悟で日々を生きる。


……らへんができる人だけが、シータヒーリングをうまく使いこなせるのではないかなぁ。
もっといえば、そういう人だけがシータヒーリングの恩恵にあずかれることを素直に喜べるというか。



……という諸々を述べてきて、シータヒーリングのインストラクターとして思うのは、私は

受講生が希望すれば、その人にとって猛毒として働きうる可能性があるとしても、人魚の肉を売り続ける

というスタンスでおります。
(明らかにNGな人は受講前に断れるけど、『受講してからのその人次第』というグレーゾーンにいる人は、どうかうまく行ってくれますように……との期待を込めて、人魚の肉を渡します)

一個人として勝手なことを言わせてもらうなら、

1万人がシータヒーリングの講座を受講して9999人が「なりそこない」になるとしても、残りの1人がちゃんとシータヒーリングを習得してくれたら御の字

だと思っています。

これまで、数限りない人たちが「なりそこない」になるのを見てきました。
また、あからさまに「なりそこない」になっているのに、「私はなりそこないじゃない!ちゃんとできている!!」と豪語して譲らない人も。(そういうインストラクターに習いに行ってしまう人たちも大勢、見てきました!)

これは謙遜して言いますが、こう書いてる私こそが、「自分だけはなりそこないではないと思い込んでいる、なりそこない」かもしれないわけで!?

それでも私は、

「ま、なりそこないになるっていう決断自体、あなたがこの人生で第一希望として望んだ願いが叶ったってことだから、いいよね? (あなたの思考パターンからしたら)最高最善♪」

と無邪気な笑顔でそういう人たちをやりすごし、これまた無邪気な笑顔で「またシータヒーリングの講座やりまーす!興味ある方は是非ー!!」と言い続けますよ。

ところで……。

この人魚の肉(=シータヒーリング)、食べてみませんか?(=習ってみませんか?)
関連記事
スポンサーサイト