やりたいことは全部やれ!

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やりたいことは全部やれ! (講談社文庫)やりたいことは全部やれ! (講談社文庫)
(2005/05/13)
大前 研一

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著者は、コンサルティング会社、マッキンゼーの社長を23年務め、今はBBT大学(ビジネス・ブレークスルー大学) の主宰でも有名な、現代ビジネス界の巨人ですよね。
(とにかくすぐ怒鳴ることで有名で、たしか何かのオークションで『大前研一から怒鳴られる権』が出品されたこともあったほどだったような!?)

Amazonのレビューを見ると、「すごいけど、凡人には無理すぎて参考にならない」系の内容が目立ちます。
自分でも本を読んでみて、「確かに……」と苦笑いするしかないとは思いました。
というのも本書では、いわゆる「大成功者」だからこその、バブリー&リッチな生活内容が綴られる部分が多いからです。

そこを読んで「うわァ、俺には到底、無理だよォ」と思ってしまうと、そういう感想しか出てこないだろうなぁ、と。

でもこの本でおそらく著者が言いたいのは、自分の成功をひけらかすことではなくて、「夢を持てず尻つぼみの人生を送るしかなくなっている日本の会社員(特に30~50代の中間管理職層)に、希望?を持たせる」意図があってのこと、というような印象を受けました。
(不思議と、自慢しているニュアンスを感じなかったんです)

とにかく、スケールがでかいんですよ。
人一倍多忙だろうに、世界じゅうを飛び回って、ありとあらゆる世の中の豊かさと楽しみを味わう。そして同時に、それら遊びのなかからも、「どうしてこの国はこういう情勢になっているのか」を紐解いたりと、ものすごい社会勉強になっている。

しかもそうした「遊びでも勉強でもあり、また人間の器を大きく強くする人生経験でもある」ことが結果的に、唯一無二の、世界に通用するキャリアになっていく(ということもありうるという1つの実例)……ということを自伝風の体裁をとって、示したのではないかな、と。

なにより、そのへんの小さくまとまったサラリーマンとは比べ物にならないほど、視野が広く、視座が高い。
私自身は著者の足元にも及ばない人間かもしれませんが、なんというか、都合よく言わせてもらうなら「生きる希望が持てた」と感じました。
(でも、現時点でなにかと悲観的に捉える人がこの本を読んでしまうと、『この人は勝ち組、俺は負け組。チクショー』となって、かえって凹むと思います)

学生から中高年の会社員などまで誰でもいいですが、

「今これからの時代に、頑張って生きたところで、何があるの?どうせたいして良い思いなんてできないんでしょ?カネがあるかないかで、幸せかどうかが決まっちゃうわけでしょ?でもって、自分ごときがどんなにあがいたところで、たいしたカネは得られない」

と思って閉塞感を持っている人には、1つの可能性の示唆には、なるんじゃないかなぁ。。。



もしこの本を部分的にだけしか読まないとすれば、ダントツで

・プロローグ

・第7章 私のルール

・エピローグ

をおすすめします。このうちのどれかを読むだけで、ものすごく胸がざわざわしたり、怒りがこみあげたり、ヤル気が焚き付けられたり、とにかく何らかの影響を受けている自分に気づくはず。(それはつまり、この本に書かれた文章が、あなたの人生に影響を与えるだけの力を持っているということです)

第7章は特に、子供を持つ親御さんに読んでもらいたいです。

雑~に要約すると、

「学校という決められた枠のなかで下手げに優等生でいると、『その時点』で花形とされる進学・就職口しか目に入らない。しかも入れたとしても、長いキャリアのなかではその仕事が斜陽になることもある。そこで自分軸でモノを考えることができないと、不幸になるか、路頭に迷う。(だからこそ、めいっぱい遊んで、世間のおかしな常識に染まらず、賢いモノの見方をして自分の納得いく生き方を実現しようではないか+その生き方ができるだけの地位なりカネなり知恵なり度胸なり人脈なりが必要なら、手に入れられるようにすればいいじゃないか)」

……という感じ?

現に、著者の2人の息子さんはいずれも、大学を中退して専門学校に移ったり、そもそも日本の大学には合わないだろうと海外の大学に留学したりと、日本の学歴至上主義からいうピカピカのコース(たとえば東大法学部?)を辿っていないそうです。

本文のなかで、イマドキの世界のエリート大学とされるところが形骸化して中身がないと触れている箇所もあり、いわゆる学校教育で優等生として卒業することが、人生の勝ち組になることとイコールになりえた時代はとっくの昔に終わっているのだなと思わされました。

(これは著者のこの本での主張だけに限ったことではないですが、それこそアメリカの有名一流大学MBAコースなどでさえも、『無駄に高い学費のわりに中身がない、教育の体裁をとった金儲けビジネス』と揶揄されるらしいという声は、ちらほら聞こえるんですよね。べつに海外でなくとも、いまどき日本国内の有名難関大学を出たとしても、ただそれだけではもうどうにもならないんだろうなという実感はあります)

そういうこともあり、たとえば相変わらず子供に早期英才教育を施して難関大学を目指してお受験一辺倒に教育に力を注ぐ……という親御さんを見ると、「いったい何を信じているの?(or何に怯えて保険をかけたつもりになっているの?)」と、仰天します。単にアクセサリーとしての、ブランドがてらの「箔」目当て?w



ただ、あえてスピリチュアルヒーラーとして(畏れ多くも大それたことを)言わせてもらうなら、著者の場合は本人も無自覚なほどの胸の内で、気品というか、気概というか、生きる上で指針となる美徳が揺るぎなく成立しています。

本のなかでも、「4つの責任」を心がけて生きていると述べられていますが、崇高かつ真摯な理念が、生きる根底にあるんですね。それも、嘘やごまかしでなく、本音として。

それが成立したうえでの「やりたいことをやる、思いどおりに生きる」だから、うまくいくんだろうなと。
(エネルギー的に、著者本人の意図が、他人や社会、世界にとっての利害と一致するんです。だから状況が追い風になる)

それがなくて、せせこましいエゴ由来の私利私欲に根ざしたところで「やりたいことをやる、思いどおりに生きる」と言ってると、たぶん、ロクでもない展開にしかならないんじゃねえかな。

著者については、その性格や業績の大きさもあり、好き嫌いが非常に分かれるところではあると思いますが、

大物、って何?

を知る1つのヒントとして、有用かと。
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