付き合うに値する人間かどうかは、「現時点で思ってる&言ってること」で判断される

今回カナダでいろんな人と会うなかで痛感したのが、「初対面で相手が善人か悪人かを判断する」スタイルでした。

これはべつにカナダ特有というわけではなく、世界共通ではあると思うのですが、私がたまたま訪れたバンクーバー(でたまたまお会いした方々)ではそれが顕著だったんですね。移民が多く、文化や思想が違う人間がともに生きている場所だからこそなのだとも思うのですが。
「はじめまして、あんた善人?悪人?敵?味方?」
という判断を、赤裸々なまでに堂々とやっちゃう、的な。

かといってまさか「お前は善人か?」などと直接聞くわけもなく、みんな共通して、こんなことを聞いてきます(その質問への回答で、どんな人物か判断する)。

・これまで生きてきて自分の人生をどう思うか(幸せだと認識しているか)
・自分の暮らしてきた国や地域、そこの雰囲気や文化、自分の置かれた境遇はどうだったか&どう感じているか。
・周りの人はどんな人(だと思っている)か。その人たちとどんな関係を築いているか(きたか)。
・どんな仕事をしているか。その仕事に対する意気込みは?報酬には満足しているか?今後のキャリア形成をどう考える?
・望む人生を送れているか。(そもそも、自分の望む人生とは何かを自覚できているか)
・望む人生を送れていないなら、いつまでに・どんな手段でそこに到達しようとしているか(orしていないか)。

こうした質問にどう答えるかで、まぁだいたいの人間性はわかりますわな。

言葉として答えた内容だけでなく、答えるときの態度や口調、不審なそぶりがないかどうかなどももちろん、肌感覚で相手は感じ取ろうとします(ここでうっかり、上辺の言葉だけを鵜呑みにして判断を誤って後で痛い目を見るのは自分のほうだとわかっているからこそ、ぽい)。

そこで自分があらためて痛感したのは、このブログ記事のタイトルでもありますが、

付き合うに値する人間かどうかは、「現時点で思ってる&言ってること」で判断される

ということ。

たとえば上記のような質問をされたときに、過去や現在の自分の置かれた境遇・出会った人々に対して後ろ向きなことを言うとします。

それを聞いた相手は

「あぁ、コイツはもし、俺と付き合いをしだしたら、今度は俺のことをブーブー悪く文句いうようになって、自分の不幸を俺のせいにしてくるんだろうな」

「つまりコイツは、自分自身の身に起きる諸々の出来事をどうにかするだけの能力なり気概なり体力なり知性なりが無いってことだ。現実の荒波にいいようにさらわれて呑まれてアップアップしちゃうダメな奴なんだ。つまりコイツと付き合ってもロクなことがないし、自分の力になってくれる有力な人脈にもなり得ない」

と判断しますよね。そして心のシャッターを降ろし、二度と交流を持ってもらえない。

この流れは日本でもだいたい同じだとは思いますが、(わりとブロック抱えて弱者ぶって被害者意識を武器に世渡りする傾向が強い)人々のなかにある顕著な思い込みとして

可哀想で弱い自分を演出すれば、相手の同情を惹いて、味方になってもらえる

という算段がある実感。
まぁ、それでうまくいけばいいんでしょうけどね……。

というかむしろ、日本だとそれが強いから、世界共通の人付き合いの王道であり基本でもあるのであろう

目にする物事・人・状況を(過剰な決めつけ、責任転嫁など歪みすぎな認識をしているがゆえに)悪く言う人とは、誰も友達になりたがらない
(友達になってくれる人がいるとすればそれは、物事を悪く言うのが大好きなネガティブな性悪連中だけ)


ということを、忘れがちになるなぁ、と痛感しました。

また同時に、

ほんとはそこまで100%良いことでも幸せでもないのに、後ろめたいことを隠したり臭いものにフタをする意図みえみえで、なんでもかんでも(無理くりな)笑顔で綺麗事を言う

人も、同じくらい信用されない印象。

どの方向にせよ、現実認識力が極端に歪んでいる人は危険、とみなす風潮が、世界共通であるみたいですね(考えてみれば当然だけど)。

というか日本人の場合、「そもそもそんなに物事についてあれこれ考えたことがない(何も考えずにただ日々を流されるままに生きている)」という人が多いかも。でもそれを主に外国で、特に先進国とされる欧米で表明しちゃうと、「中身のない、何の価値もない馬鹿」とみなされて相手にされなくなる印象。
(芸能人でも、日本以外の欧米の先進国ではテレビのインタビューなどで政治や時事ネタ、社会情勢、経済、宗教etcについてどう思いますかと聞かれ、しっかり答えるのが常識ですよね。でも日本のマスコミと芸能人の間では、それはほとんどまったくといっていいほどない。こっちのほうが珍しいことなんだよなぁ、と)

これって、あらためて書いてみると「そりゃそうじゃん、何をアタリマエなこと言ってんのあんた」と言われそうだけど(&自分でも思うけどw)、日本でなんとなく周囲の流れ?ノリ?に同調しちゃうと、こんな基本さえ、ほんとに基本かどうか忘れちゃうというか。それか、こういう基本的な正論を人前で言うことさえもが「嫌われやしないか」ということをビクビクしがちなノリの国ってどうなのよ、というか。

どんな基準で生きるかは自分次第だし、妙にポジティブさを出しすぎて(ネガティブ万歳寄りの思考を持つ)日本人からネチネチボコボコやられちゃってもアレだから難しいけど、

少なくとも、

「日本人の間だけでなぜか通用してしまう、ワル&ネガティブな考え方のほうが正当化されやすいノリ」は世界的にみればかなり珍しいものだから、ほんとにそういう“変わった文化”に沿って生きるほうがいいかどうかは慎重になったほうがいいかもね

と思いました。

でもって、この記事の冒頭にあげたみたいに、「良いものを良いと捉えて判断する」価値観の人(それが日本人であれ国籍やら民族がなんであれ)から好評価を得られる自分でありたいなら、やっぱり、思考の歪みはワークする方向性で生きてたほうがいいよー?と思います。
(もしくは、相手に悟られないほど上手に嘘をついて演技をやりきる能力の獲得w)

自分の身に起きた出来事を他人のせいにして愚痴るわりになんのアクションも起こさず「でもそれは仕方なかった。私が悪いわけじゃない。私が不幸なのは、他人が・社会が・時代が・国が・経済が・この地球そのものが・人間という種族自体が、悪い」と弁明するのに終始する人って、魅力的だと思いますか?って話なんですけどね。


かくいう私はどんなふうにそういう質問に答えたのかというと、

・田舎の生まれで、実家はそれほど裕福ではないけど学校はちゃんと出たから良しとする

・家族は変わった人のように見えてウマが合わなかったけど、衣食住の面倒は見てくれたし、殺されはしなかっただけマシ(笑)

・若い頃に考えていたキャリアは実現しなかったけれど、生きるなかで徐々に見えてきた「本当に自分がやったほうがいいんだろうなぁ」と思える仕事に今は就けて満足してる

・仕事の報酬の規模でいうと小規模だけど不足感に嘆いてはいない。今後、ビジネスを拡大するかどうかも可能性の1つとしては考えているけれど、ただ金儲けをしたいからという動機で拡大するのも違うなと思案中

・日本では正規雇用されて定年まで勤めるのが良い生き方だという風潮がいまだ根強いけど、そうでない生き方をするリスクも承知のうえで、自分自身の決意により今の生き方を選んでいる。し、今のところはできてる。今後もそうあることができることを望んでおり、そのために必要な行動は起こすよう努力してる。

・結婚は、もし「うわぁ、この人と出会っちゃったからにはもう、結婚しかないよな!」というインスピレーションがあったらすると思うが、「どうしても結婚というスタイルを手に入れたい」わけではない(ので今は独身でいる)。

とかかなぁ。

で、わりと好感を持ってもらえることが多かった。

相手が自分をどう判断するかがかかっている!と気負うと緊張するかもだけど、べつに100点満点の凄い人であることを期待されているのではなくて、

この人は、現実をどんな思考パターンによって認識・判断して生きているのか
(それは自分が付き合いをもっても安全なものか、好感が持てるか)


を知りたいだけであることがほとんど。

だから、無理して取り繕わなくてもいいんだよね。
相手にだって、叩けばそりゃあ、ホコリでもなんでも大なり小なり出てくるだろうから。

自分の経験則だけで言えば(の頼りないアドバイス)だけど、もし好評価を得られる回答をしたいなら、以下のことに留意するといいかも。

・過去に起きた厭なことは「厭なことではあった」としつつも、「今はなんとかやってる」と〆る。
 (無理して『なかったこと』にしたり、『その傷は完全に癒えてる』などと強がったり嘘をつく必要もない)

・死なない程度には親から養ってもらえた、というような、些細なように思えたり不満が残ることでも、ちゃんと「感謝している」と認識してることを表明する
 (世の中には、自分からしたら『そんな些細なこと』さえもしてもらえず死ぬ人もいるわけだし)

・これまでに起きたこと&今起きていることを他人のせいにしない
 (少なくとも、他人のせいにして被害者意識を持つ視点から物事を述べない)

・「人生の目標は?」などと漠然とした大きな質問をされたときでも「わからない」とは言わず、「まだよくは見えてないけど、〜〜を〜〜する方向性で何かできたらなぁと思ってる」などと、とにかく部分点稼ぎふうでもいいから言う

・「○○(←世間一般には『良いこと』とされること)したからって、必ずしも良いとは限らないじゃない?」というような、穿った見方からの意見は、はじめのうちはしないほうが無難。
 (もしどうしてもしたいなら、相手と関係ができて『コイツの言うことは一理ある』と思ってもらえた後で言わないと誤解される)

・必ず、賛成か反対か、YESかNOかを先に決め、「全面的にってわけじゃないだけど/積極的に思ってるほどでもないけど」といったニュアンスは後からつけたす(先にモゴモゴ言うと『物事を考えない、考えを決められないダメな奴』と思われる)

らへんかなぁ。

正直に自分を出して否定されたり嫌われてもそれまででしょう。
だから「1人でも、1つでも自分を嫌ったり否定したりする意見を見聞きしたら落ち込んで死にたくなる」的な弱さは、先に克服しとけって話でもあると思うけど。

まぁ、そんな感じですた。
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