地に足つけて浮かれ続ける才能

って、大事だなぁとつくづく思うのです。

というのも私、この仕事で独立して4年経ちますが、いまの仕事に対する「浮かれ」って、あんまりなくなってきたんですね。
で、「そのほうがベテランぽくなってきて、良いってことだろう」みたいな考えも頭をよぎるものの、なんだかんだいって、ガキっぽいくらいにウキウキ浮かれてるときのほうが、仕事でも私生活でも調子がいいしうまくいくんです。逆にテンション下げてオトナぶってベテランぶってドライな態度でキザに斜めから物事を見たりしてると、ぜんぜんいくない。

べつに私だけに限らず、また自営業者に限らず、会社員でも学生でもなんでも、入りたては新鮮だし、ヤル気もあるし、テンションは高いし明るいし、毎日が(ある程度以上、つらいことがあろうとも)楽しい傾向にありますよね。
で、慣れてくるにつれてだんだんテンションが落ち着いてくる。もっと言うと、「落ちてくる」。
それ自体は、よくある流れなんだと思います、人間の心理的にみて一般的なことなんだろうなぁ、と。

で、自分の意図が現実を創るとはよく言ったもので、自分が良い意味で浮かれていると、仕事も絶好調になる。これといって宣伝せずとも偶然のようなカタチをとって依頼がバンバン来るし、その仕事をこなすのが楽しくて仕方ない。どんどんアクセルがかかって、加速していく。だから、浮かれるのは、楽しい現実を創り出し引き寄せる意味でも、大切なことなのだと思います。
(注意すべきは『地に足がついてない有様で浮かれる』ことで、これをしていると、その人の潜在意識やらハイヤーセルフ、守護霊等々が『そのままじゃヤバいぞ』と警告する意味で、ヒヤッとするような体験を創り出す。それに遭遇して凹んだり心が折れてしまったりする人もいるw でも、どんなに浮かれても『これ以上、ハメを外すのはダメ』という一線をきちんと守れるようであれば、そういうことは起こらないものだったりするよね)

だからこそ、浮かれなくなってきたら、危険信号。

べつに注意力散漫になるといった浮かれ方をする必要はなくて、それが静かな在り方であろうとも、ムッツリスケベ的に仕事やいまの自分の人生にやりがいを感じて嬉しさやら楽しさやらを噛み締めて感謝する在り方ができていれば、それはエネルギー的にはしっかり「(良い意味で)浮かれてる」ことになる。

外面的にあらわれる態度がどうあろうとも、ありていにいえば「(ウキウキワクワクして心が踊っているという意味においての)初心」を忘れないことが肝要な気がします。

逆にいえば、浮かれることがなくなってきたら、どうすれば浮かれられるだろう?とあれこれ画策して、どうにか回復したいところ。

それこそ、倦怠期の夫婦がもうお互いに性欲も感じなくなってセックスレスになって、でもどこもこんなもんらしいし生活自体には支障が出てないからいいだろと放置するような有様で、なんとなく営業を続けてしまうというのは、いかがなもんでしょうかね、という。(これ、自戒の念も込めて言ってるんですよ)

仕事を続けていけばいくほど、キャリアが長くなればなるほど、この「意図的に自分を浮かれた状態にし、かつ、地に足はしっかりつけて踏み外さない」スキルがものを言うようになっていく度合いがグングン高まる予感。

スキルというより、ある種の才能だったりするのか知ら、とも思ってみたりして。
ねぇ、どう思います?
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