優越感をなくすのは危険!?

受験戦争でも会社の出世でも、あるいは芸能人など個人の能力で勝負する世界でも、勝ち組とされる側にいる人たちに共通の思考パターンに、

優越感によって何よりもモチベーションが刺激される

というのがあります。

勉強やスポーツ、仕事などで高いパフォーマンスを示す人たちはみな、「自分のエゴを優越感によって調教する」スキルの達人といえます。

わかりやすく言うと、

「~ができる俺様は誰よりもスゲエ!」

というふうに自己洗脳するんですね。

そして、そう思えていることが、そう思える状況が成立し続けることが、命よりも大事なんです。というか、

自分で自分を洗脳することによって、どんなものよりも優越感が大事、と思うようにする


んです。

優越感がどんな概念よりも大事かというと、他人を思いやる優しさ……といったものはわりとすぐ思いつくかもしれませんが、

・勉強/仕事/運動のトレーニングetcをする「つらさ」

・「なにもがむしゃらにここまでやらなくても」という自制心・あきらめ・しらけ・手抜き
 (など言い方はなんでもいいから、とにかくブレーキのような働きをする心の動き)

・ラクをしたい、疲れたから休みたい、という怠惰な心や、体の声(ときには悲鳴)

よりも上回っているというのがポイントです。

そう、優越感をモチベーションにしている分、傍からみれば傍若無人で不遜な感じ悪い、視野が狭く「~ができている俺様こそ世界一」という非常に歪んだ偏狭なモノの考え方しかできない、人間としてはサイテーのように見える厭な奴になっているわけですが、そのかわり、ちょっとやそっとじゃへこたれず、あきらめもやめもしない、

問答無用の努力マシーン

としては稼働し続けるんです。それが結果的に、高いパフォーマンスに繋がるというわけ。

死ぬほど苦しくても、休んだり甘えたりしたい誘惑にかられても、それよりも

「俺様が世界一!そして世界一というのは、~ができている人間だぁ!」

という優越感が、あたかも躾のなっていない犬が散歩中に飼い主をズルズル引きずって先へ走っていくように、自分を前へ前へ否応なく突き動かしてくれるのです。

この本
 ↓
夢をかなえる勉強術 (ソフトバンク文庫)夢をかなえる勉強術 (ソフトバンク文庫)
(2013/01/21)
ゆうきゆう

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でも、優越感が大事と書いてますね。
(著者には悪いですが?私はこの本ほどアレな勉強本を読んだのは初めてです。というのも、おそらく著者本人が優越感によって強く強く動機づけられるタイプの人間なのでしょうけれど、私を含めて他の人は、必ずしもそうでないと感じるからです。『電車のなかで勉強しているとき、周りをみて、居眠りしていたりケータイをいじってるだけの奴を見て“俺のほうがすごい”と優越感を感じれば勉強をやる気が出るだろう』といったことが書いてあるのですが、ぶっちゃけ、そんなこと考えて優越感に浸れるおめでたい思考パターンの人は、それこそ『バブリーな現世利益至上主義で、嫌な奴っぷり全開でこれでもかと箔をつけてそれを周囲に自慢し、他人を見下すわかりやすい一部の人』くらいなのでは、と思いました。また、普段、スピリチュアルヒーラーとして、『成功するより失敗していたほうがいい』といった、ネガティブなものにメリットを感じ、しかもそれが物凄く頑固で、本人もポジティブ側に生きたいけれどどうしたらいいかわからないといった人を相手にしていると、『ネガティブなことを言う人からは距離を置くに限る。誰だってそんな人と関わりたくないだろうし、影響を受けていないつもりでも知らずと受けてしまうものだから』なんてアタリマエかつまったく参考にならない(できない)ことを書かれても……という感じかと)



ただ、優越感を持てば絶対に物事をバリバリこなせるようになるかというと少し違うようですね。

優越感を動機に生きている人のなかでも、現実面でパフォーマンスを上げていけるタイプと、内心は傲慢なほどのプライドに満ち満ちているのにパッとしない人とに分かれてしまう分岐点は、

自分の妄想のなかだけで満足するかしないか


が1つ、挙げられるようです。

妄想だけで、現実が伴っていないのに「それでも実は俺はすごい」と自分を納得させることができてしまうほうが厄介。

どんなに浮かれて鼻高々で自信過剰な様子であっても、必ずそう思えるだけの現実的な根拠(テストや営業の仕事などの成績、試験の合格など)あって初めてそう思うことにしている人は、パフォーマンスは高くなっていきます。

一方、現実面での根拠がなくても(自分の予想、理想と離れていってしまっても)、自分の妄想だけで「俺様は凄い」と快感を味わえるようになってしまうと、無理して現実で何か実績を打ち立てる必要がないので、パフォーマンスは高くなっていかない可能性があります。

この、妄想だけで満足できてしまうほうに走った最たる例が、

・ヲタク(このアニメの凄さがわかってる俺はすごい、など)

・痛いスピ系(私の魂はこの世でもっとも強く優れている特別なものetc)

でしょうか。

自分の想像の世界だけで構築できるもの(思想など)を、これまた自分の価値観だけで「それができる奴はすごい。できてる俺はすごい」と褒めそやし、ナルシスティックに自分に酔う。
この「独りよがりな一人遊び」を覚えてしまうと、「無理してセックスなんてしなくていいや、オナニーで充分、気持ちいいから」といって誰ともセックスしないで生きてる人、みたいになっていきます(べつにそれでもいいっちゃいいんですが、性交渉の経験値としては上がっていかないですよね、ということが言いたくてこの例えを使いました)。

だから。

優越感についてワークするときは、

・現状の、優越感をめぐる自分の思考パターンのどこが問題なのか
 (デメリットとしてどこにどんなふうに働きかけているか)
 (実はメリットとして働いてくれている部分がありはしないか)

・それをどう変えるのが望ましいのか
 (完全に、優越感という幻想から解放されると選択する場合、ほんとに現世での人間としての活動に支障をきたさないかどうかを慎重に問うべきでしょう)

をよくよく考えたほうがよいかと。

ちなみに私自身はどうしているかというと、

優越感を感じて快感に酔うというのは、この世で人間が霊的成長を遂げるうえではマイナスに働きうる「罠」としての側面を帯びた幻想の1つであるという認識は持ちつつ、また自分が優越感に浸ることで真実が見えなくなる(自分の価値観のフィルターを通してしか現実を見られなくなることがある)危険があるという点は承知したうえで、同時に「肉体をもった、動物的側面を持つ生き物」としては競争や自分の成長、トレーニングなどによる心身の強化etcの面で優越感は役に立つ場面も往々にしてある、といった「優越感のメリット」も把握する。
(シータヒーリング的にいえば、『優越感について創造主の観点でものを観られるようになる』)

そのうえで、社交辞令や営業スマイルのように、「本心や真実ではない」という前提はどこかでずっと意識しつつも、自分のなかのエゴを騙したり虚栄心的な思考パターン(という、馬車馬として役に立ってくれる可能性のある感情エネルギー)を焚き付ける材料として、上手にコントロールする。

……といった使い方をしています。

だから、たとえば部屋の掃除をしたときに、(本心では、『べつに部屋を綺麗にできたからといって、それが他人より自分が優越している証拠にはなりえない』とわかったうえで、『自分のなかの浅はかな思考パターン、感情面、エゴなどといったものにとっては、嬉しがる要因』という性質があることも認めたうえで)

「すっげー!見ろよ、この綺麗な部屋!なんたって俺様が掃除したんだぜ!?すげーだろー。こんなに床をピカピカに磨くなんて、普通できねえよ。マジ天才。いえーい!俺すげーーーーーー!!!」

と、大袈裟に自分を褒めるわけです。で、潜在意識やエゴに、

「掃除を成功させると、こんなキモチいい優越感が味わえるのか(だったらもっと、掃除をやろう。掃除をするのは素敵なことだ。やったほうがよい)」

と植え付けるのです。ある意味、騙すんですw

そして、人と会って話すときなどは、今度は本心のほうを優先し

「べつに掃除がうまいからって、他の人より絶対に自分のほうが優れてるなんてことの証明には、ならないわけだし。優越感に浮かれてるなんてかえって浅はかでおバカなだけじゃないの」

といった感慨で、偉ぶったり逆に劣等感に苛まれて卑屈になったりせず、対等に自然に、相手を尊重しつつ、接するわけです。

……なーんて、偉そうに語ってみたけど、優越感をモチベーションにするのは、実は大の苦手。
しらけた自分のほうのツッコミが優勢になってしまうんですね。

そして私の場合、特に幼少期には、成功体験をしたうえで、喜びをかみしめるのではなく

「成功したって、結局はそれは一過性のもの」

といった、冷めた感慨を抱くように自分を教育したんです。

これはねー、今になって困る。もっとシンプルに、もっとおバカに、

「デキる奴はすげえ!デキる奴は偉い!なんでも多く、高く、実績を出したほうが良い想いができる!常人にはできないほどの成果を上げて、出世や多くの報酬ゲット、名誉etcを得れば得られるほど、その人間は優秀なのだァーーーー!!!」

と(他人がみたら感じ悪い歪んだ感性の人間に見えても構わないから)喜びに浸れたほうが、よかったような……と思っています。

自分の周囲にも、いるんですよ。優越感で自分を動機づけるのが上手い連中が。

そういう連中はしょっちゅう、

「うちの会社で初めて~を成功させた」
「史上最年少で○○長に出世した伝説のスーパー社員こそ、俺」
「なんたって○○大学を出た人間は無敵で最強。グダグダ否定批判する奴が愚か」

などなど、自画自賛のオンパレードで、話を聞いていると5分が限界w

それでも彼らは、……というか、それだからこそ?彼らはたしかに、普通の人間が逆立ちしたって叶わないような現世利益面での成果を出しているんです。

そういう点は、素直に尊敬しています。

ただなー、尊敬はするんだけど、自分に参考に取り入れたほうがいい要素も多分にあるっぽいけど、それでも、

どこをどう取り入れて、自分の信条とバランスをとったらいいのかがわからない

という側面もあって。

だから、とりわけ2011年ごろから(ツイッターで主に言ってますが)

自分のなかのワルい部分(の役に立つ側面)を、うまく引き出して、利用して、かといって呑まれず、うまくコントロールしていきたい

と思ってるんですね。

ただ、悩ましいかな、元天使だった過去生の影響が決して小さいとはいえない私なんかの場合、

ネガティブな感覚(他人を貶めたい、傷つけて踏みつけて優越感に浸って快感etc)が、よくわかってない


という在り方に悩まされています。なんかね、おめでたい明るい楽しい前向きなことしか知らないガキンチョみたいな思考パターンなの。良い意味で?悪とか闇を、うまく織り交ぜて物事を見られない。
(これ、個人的には、演劇をやるうえで特に困ります。人間の心の闇の部分がよくわからないから、うすっぺらい演技になってしまう。あるいは、脚本の解釈などが異常に明るく前向きで、『お前、わかってないな~』などと周りから呆れられやすい)

あー、優越感を「真実」だと思って心の底から信奉できるようになりたい!
それがどんなに「この世という幻想ゆえのまやかし」だろうとなんだろうと、現世利益とされる物質的側面を体現できるようでありたい!!

……と思う人(ワタシのやうな人間)もいるみたいだから、優越感を一概に「悪いもの」として完全に払拭しちゃおうとするなんてもったいないこと、よっぽどじゃなきゃやらないほうがいい鴨ね♪
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