部下を奮い立たせられない上司

ちなみに会社の話ではなくて、体の話です(えーっ?)。

上司がいわば脳、顕在意識だとして、部下を体の細胞たちだと捉えてください。

自分が悩んでいるのは、このズレです。

昔からなのですが、自分は頭では、気合いも根性もたっぷりで、頑張る。行動も起こす。でも、体の細胞が拒否して、ついてきてくれないという感覚を持っています。

たとえばスポーツ。トレーニング。ダイエット。勉強。なんでもそう。

今いる状態からより良いほうへ引き上げようとすると、体細胞が反発するんです。ストライキを決め込んでしまう(ように感じる)。

トレーニングやダイエットでいくら計画的に運動をしても、食事を制限しても、痩せるものかと体の細胞が踏ん張る。ぜんぜん応えてくれない。
勉強もそう。ちっともついてきてくれない。ある限界点に近づくと集中力がなくなる。
顕在意識が負けじと持久戦に持ち込み、限界を突破しようとすると、今度は体が悲鳴を上げる。痛風の発作から蕁麻疹から、使えるものはなんでも使って、どうしても動こうとしない。自分が快適だと感じる、「人として最低」なレベルを維持しようとする。

自分からすれば、体細胞が記憶している「これが普通、快適」のゾーンは、まさに自分の家族たちのペースそのもの。
生きてるんだか死んでるんだかわからない無気力で、とにかくぼーっとして怠けてばかりいる。学校の成績が悪かろうが太ろうがなんだろうが気にしない。ただただ、自分の快適さを最優先して、他のすべてがどんなふうに落ちぶれていっても、まったく気にしない。

自分は、その家族のペースに巻き込まれたくなくて、家族と一緒に沈み行く船に乗り続けて心中するような人生を辿りたくなくてがむしゃらになっていたようなところが若い頃はありましたが(そして家族から離れるというくらいのところまではどうにかなりましたが)、年齢的に若さで突っ走り続けるというのも……という年代になってみて、過剰な活力がなくなった途端に首をもたげてくるのが遺伝的に受け継いだ怠惰ですわ。

まるでコタツでゴロゴロしている家族に掃除機を持って「ちょっとそこどいて!掃除ができないでしょう?」と言っているにもかかわらずどいてもらえずイライラ、の図式です。
おまけに頑固!怠惰なくせに頑固で、ぜったいに自分の快適さを譲ろうとしない。

部下を奮い立たせられない上司、ね?まんまでしょ?



自分が受け継いだ遺伝的なコンフォートゾーンを否定したり嫌悪する、ということではもうないのだけれど(癒しのワークが多少なりとも功を奏したか)、なんかこう、単純に嫌なんですよ。世間一般の人よりも怠惰な自分が。トロくてどんくさくなろうとする体細胞と、そうはさせるかとがむしゃらに嫌われ役を演じる顕在意識との闘い、みたいになってる日々が疎ましい。

厳しくしてダメなら、と甘やかす?優しくする?側のアプローチもとっているのですが、今度はつけあがるばかり。
(なんだか育児してるみたい)

自分の細胞のききわけのなさに奮闘する毎日です。

遺伝的に、「頑張って成果を出す。いまの自分より向上させる」という感覚がないんだよなぁ。あくまで、「これ以上落ちぶれると、さすがに人として生活できない」という最低ラインを下回らないギリギリのところをキープしたら、あとはひたすら、遊びほうけて怠ける。

何代も上から、努力して自分を鍛えて成果を上げ、勤勉に会社などを勤め上げる……という遺伝的思考パターンが入ってる人には憧れますわ。
(うちの家系、江戸時代にまでさかのぼっても代々、日光の観光ガイド(当時は『堂者引き』と言っていたらしい)という自営業なんですね。母方に至っては木こり。大きな財を成すでもなく、出世を目論むわけでもなく、また組織のしがらみのなかでどうにか立ち回るということもせず、数百年『マイペース』に『社会の底辺』で生きてきた遺伝子でできてるんです)

シータヒーリングで自分が欲する感覚感情や信念を呼び覚まそうにも、自分のなかで

「は?なんで?べつに呼び覚まさなくてもいいじゃん。死にゃあしないでしょ」
「あのさ、わざわざ数百年以上も続く安定感を覆してまで、努力できるようになってどうするの?どうしたいの?何が手に入るの?それをどうしても手にいれなきゃいけない理由って何?」

という意見が多数派で納得してくれない!!

さらにいうと自虐的というか、意地悪ないじめっ子としての気質が邪魔していて、たとえばダイエットで成果が出て我ながらスタイルがよくなって顔も引き締まって以前より美しくなったな、と感じると

「あらあら、痩せたと思ってさっさと有頂天?残念!はい、痛風の発作キター!かわいそう、これでジム通い、できなくなっちゃったねー。そっかー、家で休んでいようねー。痩せるなんてことするから、そんなふうに弱っちゃうんだよー。はい、食べたもの全部、脂肪に蓄積してみよっか!あらー、せっかく痩せたけどまた太っちゃったね。でもさ、アンタが痩せて美しくなろうなんて土台、無理だよ。ていうか、生意気。なんたって阿久津家の人間は代々、バカ・デブ・ブス・ハゲ・歯並び最悪&虫歯だらけ、が基本なんだから。アンタもその血を引いてるんだよ?自分だけ違います、なんてあがいてんじゃないよ。アンタも同類。うちの家系の人間は、貧しく醜いのが正当なの。これが正しいんだって!世の中、そういうもんだって!!ほんとに痩せてて綺麗で美人で頭がよくてお金持ちの人間は、元(DNA)が違うの。わかる?わかったらおとなしく、みんなにバカにされて、努力してもちっとも成果が出ないで、何をやっても裏目にしか出ない、嫌なことばっかりの人生を生きな。それが、阿久津家の宿命」

という細胞の声が、容赦なく自分のもがく姿をdisってくるんです。

これ、どう対処したらいいんだろう?と、途方に暮れるようなところもあります。

最近は、わざと声に出して、たとえば目標を達成したときに

「ほら、嬉しいでしょう?この感覚を味わってもいいんだよ。遺伝で馴染みがあるからって、ずっとそのままでなくていいんだ。変わることは、裏切りじゃない。だから、次もこんな喜びが味わえるように、目標を達成するほうが面白いよ?だから次もそうしようね」

と子供をあやすみたいに自分に言い聞かせます。自分で自分の体を抱きしめるようにしてさすったり、なでたりして。

はっきりいって傍からみたら気持ち悪いだろうし、異常にも見えるんでしょうが、これが意外と有効な実感。

とにかく、愛されていないからやさぐれている細胞たちに、辛抱づよく、愛情を注ぐ。

まるっきり、育児です。

愛情を受けてポジティブなものをよしとして、向上していくことを喜びとして生きていくように育ててもらえなかったことは、いまさら悔やんでも仕方がないし、それすら潜在意識レベルでいえば、自分が望んで現実に引き寄せたこと。
だから今からでも、自分を育てなおす。幼児に躾けるように、優しく厳しく辛抱強く、自分が自分の親になったつもりで、面倒をみる。

体は正直。
なんでかわからないものを頭から強制されても、わけがわからないし、嫌がるだけ。
まずは、正直な体を、「何にどんなふうに正直か」プログラムしなおさないと。

人間として底辺レベルで動物みたいにだらしなく生きるのが普通、と捉えている体を、躾けなおす。
それはもう、サウンド・オブ・ミュージックのマリア先生並みの離れ業かもしれなくて。

でも焦っても無駄。理屈で説得しようとしても駄目。
時間も労力もかかるやり方だけど、そこは子育てと同じ。

きちんと育て(なおし)た体は、いつか自分をリードしてくれるようになる(はず)。

それを信じて、気長に子育てしますわ。
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