バカは不幸

(中身のうすい)新書にありそうなタイトルw
(K間本にありそうなw)

これね、なにも「私は頭がいい、賢い」と自慢するつもりで言ってるわけじゃないんですよ。

むしろ、「放っておくとバカなままの(どんどん不幸になっていく)自分をどう救済するか」に、少年期?の自分がどう向き合ってたかの回想みたいな感じ。



物心がついて世の中のことも子供なりに見えてくるようになって、だんだん自分の親をはじめ周囲の大人たちが「バカだから不幸」なんだと思うようになりました。

どういう意味がバカで、どういうことが不幸だと捉えたかをもう少し具体的に言うと、

「正しい知識がないために、論理的妥当性の高い思考能力が育たず、その結果、曖昧模糊とした情報の洪水のなかで、流されたり騙されたりして(それでいて本人は流されていること・騙されていることにすら気づかず)、本人にとって最も実りがあるとは到底いえないような選択をしたうえ、誤った知識を基に信念さえもを構築し、ますます無知・無能・無力な方向性に人生が傾いていく」

ということです(←どこが具体的なんだw)。

もっと具体的にいうと、たとえば私の親は

「スッポンは何かに噛み付くと、雷が鳴るまで絶対に離さない」

「シェイクスピアの『ハムレット』は、自分に恋をした男の話よ」

といった迷信を、絶対の自信をもって真実だと信じ込んでいたんです。

これ、どっちも事実じゃないの、おわかりでしょうか。

スッポンについては、(ナマで見たわけではないのですが)テレビで本当かどうか実験する番組をやっており、試しに防護手袋をつけてスッポンを噛み付かせた飼育員さんが腕をブンブン振り回したら、あっけなくスッポンは放り出されてしまいました。
(テレビを鵜呑みにするな、という考え方もありますが、さすがにこのレベルで情報を偽装したり、ニセのヤラセをやるとは思えないので、私は信じているのですが……←ここが私のバカゆえの勘違いだったらごめんなさい)

ハムレットは、父親を謀殺した伯父への復讐のため、狂人になったフリをする男の話ですよね。


上記の例は、まだ「知っていても知らなくても人生にはたいした影響がないトリビア」関連の勘違いだし、あまりにも例えのレベルとして低すぎる(あるいは微笑ましい?)かもしれません。

でも、ようするに

「自分で検証可能であるにもかかわらず検証したわけでもない、噂レベルの情報を鵜呑みにした結果、事実と異なる認識をもって生きている」

という図式の縮図が見てとれると思います。

要は、物事すべてにおいて、これはありうるな、と子供の私(だいたい6~7歳くらいの頃←どんだけ知能の発達が遅いんだw)は直観したのでした。

人は、信憑性や実体験の有無を度外視して、自分の信じたいものを信じようとするところがあります。
(そして、何をその人が信じたがっているかは、その人がどんな思考パターンを持っているかに依ります)

何を信じて生きようとも勝手ですが、誤った情報を鵜呑みにしたり、誤った情報をもとに思考や信念を構築すると、その思考パターンや信念そのものが「事実と異なる、妄想的な思い込み」になってしまい、それってようするにこの世を生きていくうえでは障害になりうるよね、という点で不利だな、と。

ここでようやく私にとってのバカが何かをさらに具体的に言うと、

迷信に流されて騙されてる人

を指すといえそうです。
(もちろん、これ以外の定義でバカを捉える人もいるでしょうし、それは全然アリだと思います。なにも、これだけがバカの唯一の定義だというつもりもありません)


そして!!

誤った情報を信じて騙されるバカがいるということは、その反面、

意図的に誤った情報などを操作することでバカな民衆を騙す、利口者がいる

のであろうなということも想定できました。

卑近な例でいえば、自分の幼稚園・小学校の同級生でさえ、嘘をついて自分がやったイタズラを煙に巻いたり誰か別の人のせいにしようとしたりする動きは随所に見られたわけです。
となれば、よほど自分の周囲にいる人が格別に悪い奴だという条件でもないかぎり、どこにでもそういう「嘘をついてトクをしようとする者」はわんさかいてもおかしくないだろう、という予測ができたんですね。

そして子供の視点からでも、周囲のオトナ社会を見渡せば見えてくる貧富の差。社会的地位の差。

うまいことやらかすかバカで終わるかで、現実での格差がどんどん開いていってしまうっぽいぞ、と戦慄したんですわ。

そこで自分が、バカだから陥る不幸を回避するために有用ではなかろうかと信じられた唯一の方法が、

(知恵を獲得するための)勉学

でした。

ちょっと悲しいかもしれないし親不孝だと後ろ指もさされそうですが、私にとって勉強の意義を見出した動機は、

自分の親みたいなバカ(だから不幸で貧乏)な大人になりたくない

というものだったんです。

ここからしてどうやら私の場合、“親が教育ママ体質で、勉強して良い大学を出れば良い就職先にありつけて裕福でエリートな暮らしができると信じ込んでいる……から、子供に勉強しろと言う。そして親からそう言われてなんとなく『そっか。勉強は大切なのか』と信じ込んだ”子供とは、根本的に違ったっぽいんですね。

むしろ親の方針でいえば、うっかり学校の宿題をやっているのを父親に見つかりでもしたら

「この根性なしが!男だったら学校の宿題なんかやらないで、宿題なんてものを出した先生に食ってかかれ!言われたからおとなしく宿題をやっていくようなヘタレな男は、俺の子供としては認めん!」

と怒鳴られながらボコボコに殴られるんです。
(だからこそ、『この人(=自分の父親)は、こんな考え方をするバカだから、こんなダメな大人になったのか』と、かえって勉学に励む意義を再確認できていたわけですがw)

同時に、そういう流れで勉学の大切さを知ったからこそ私には、

いわゆる教育システムに乗っかって、単に学校の科目で良い成績をとって高い学歴を手に入れることと、本当に賢くなるのは違うっぽいぞ


という憶測も芽生えていました。

クイズ雑学王みたいに、ただたくさんの知識が詰め込まれていてテストの回答はできるというだけの人間は、たしかに成績もいいだろうし偏差値の高い学校にも入れるのかもしれないけど、それだと今度は

学校の勉強ができれば人生が幸せになるという迷信に騙されてる、成績優秀で高学歴なバカ

で終わってしまう危険もありそうだ、と推察したんです。

知識がまったくなければ知恵の獲得のしようもないけれど、知識がありさえすれば知恵が身に付くというものでもなさそうだ。けれど、じゃあ知識の集大成から知恵を編み出すその瞬間、その行為、その違いは、なんだろう?どこだろう?……という点は、子供時代の私には見当もつきませんでした。

そんなこんなで、ひとまず、知恵とは何かを考える入り口にすらまだ立てていない自分にできることといえば、とりあえずかけ算九九を覚えることだったりするわけですw

なので、「できて損はないかも」という意味で、小学校の授業で習うことは、(もし嫌だとしても義務教育で受けなきゃいけないのだからどうせなら)完璧にしておこうか、と思った次第なわけです。

そして、ここから述べることを「偉そうな言い訳」をしていると言われても仕方ないといえば仕方ないし別にそれでもいいやと思うのですが、私が「受験」というものと向き合うことになった高校以降の学校選びでいうと、上記に述べたように「勉強ができるだけのバカ」になりたくなかったという点から、「いわゆる偏差値トップ校」を避けるという意向が現れはじめました。

というのも、(受験の必要なく単に地域の子が誰でも入ることになる)田舎の公立の中学校でさえ、成績上位の連中はどこか「俺らは、アタシらは、なんたってエリート」という鼻持ちならない勘違いオーラを放つようになるんですね。
(で、その子たちの親は、多かれ少なかれ『教育ママ』的に、『良い大学、良い人生』みたいなことを信じてる感じがムンムンでした)

この流れから憶測するに、(これは多少以上、思い込みがあったと言われても仕方ありませんが)偏差値の高い学校に行くと、こういう勘違い(≒バカの素)の集合意識がモワモワしてて、自分もなんだかんだいって影響を受けてしまうのでは……という危惧を抱きました。

なので、たとえば高校では

「大学受験の際に、そこまで不利にならない(=高校の偏差値&授業レベルが低すぎるので志望大学を諦めざるをえないような事態に陥らずにすむ)、かつ、エリート的な変な勘違いオーラが全体を覆っていない学校」

を選んだという次第w

実際、高校生時代は(授業のレベルがあまりにも低いので)これといった勉強をせずとも相変わらず成績は上位(つか学年トップ)を余裕でキープできたので、それは当然の最低ラインということで、自分が将来目指す業界の情報やオトナ社会での暗黙のマナーなど、世渡りに必要なことを習得するほうに労力を割きました。
(たとえばライブハウスにバンドで出演しつつ、社会人でバンド活動もやってる人と話して『会社の仕事以外にもライフワークを持っている人がどんな人生観で、どんな時間のやりくりをして、どこに生き甲斐やらを見出して生きているものなのか』の片鱗でも掴み取ろうとしたり、地域の社会人劇団に高校生ながらまぜてもらい、演劇業界のノリやら動きのコツやらを少しでも学ぼうとしたりetc)

そのなかで、「見えない知的階級の差」が厳然とあるのだなという感触を得ました。
学力そのもの、知識からどれだけ知恵を導けたか……もそうですが、

「どれを自分にとって『手に入れることが可能なもの』『普通』だと思えるか」

が、知的な階級の違い(それこそ出た学校の偏差値など)によって異なってきてしまうようだと感じたんです。

もっと具体的にいうと、たとえば司法試験に合格する、など何か資格を目指すとしましょう。

すると、自分がどのレベルの学校にいたか&その周囲の影響を受けたか、によって、

「俺なら余裕だろ。ただし最低限の勉強と試験対策のため、○時間の学習は必要そうだな」

「限界を超えるか超えないかの本気は出さなきゃいけないだろうけど、死ぬ気でやればなんとかなるかも」

「いや、無理でしょ。俺らには関係ないレベルw」

などなど、捉え方が変わってきてしまうわけです。

これは、世の中全体をどう見るかの視点にも関わってきていて、それこそテレビの討論番組みたいな議論をする人たちもいれば、「都会の頭のいいお偉いさん方が、俺らには想像もつかないようなことをやってんだんべー」で済ませてしまう人たちもいる。

それはひいては、自分で自分の人生をどんなものにしたいかの意図全体がどんなものになるかに直結するわけですね。

そこで私は自分の原点である「バカゆえに不幸になるしかない事態」に陥りたくないと願い始めたわけです。
そのためには、(大学を出たかどうかは重要じゃないとか、どこの大学を出るかより何を勉強したかが大事だとかの考え方はあるし、それも一理あるとは思いつつも)ある種エリート的な、世の中を的確な上から目線で、卑屈な劣等感に呑まれることなく観られる「視座」に立っておく経験&そういう視座に同じく立つ人たちと対等に話ができるようになっておくだけの能力、が必要だと思いました。

そんなこんなで大学受験時の志望校は、ちゃんとエリートなところに行っておく必要性を感じた次第。
それも、“いわゆる社会の枠組みを信じ込んで、その枠組みのなかの上層部に滑り込めたら御の字、と捉えてるような”優等生ではなくて、

そもそもの社会の枠組み自体をどうなんだと観られる視点、
既存の社会の枠組みのなかに自分の「居場所」を探さずとも
自分を律して、野に立っていても平然としていられる度胸


がある人たちがいるところがいいなぁ、と。
自分もそうなれる度胸やらそれを成し遂げるだけの世渡りスキル?やらを身に付けられるところがいいなぁ、と。

そんなこんなで某私立大学に行ったわけですが、狙いどおり、、、ではなかったものの(意外にも?大人しく親のいうことを聞いて『学校の勉強ができれば将来、幸せな大物になれる』と信じ込んでる優等生お坊ちゃんお嬢様が多かったw)、まぁ、私ごときがせかせか走り回ったところで、多少は理想どおりでなくても感謝せにゃあ、的な?
(自慢するわけじゃないんですが、入試のレベルがあまりにも低く、さしたる受験勉強をしたわけでもないのに問題がサクサク解けてしまったので『これって、もっとちゃんと勉強して、もう少しわかりやすい難関大学を目指したほうが学力的には自分に合うってことなんじゃ?』と悶々としたりは、あったのですが……。べつにエリート社会人になりたくて学歴を身につけようとするのが目的じゃなかったから、まあいっかで済ませていた。そもそも大学に進学するのはある意味では東京に行く口実でもあって、そこから先は芸の分野でどうにかちゃっちゃと身を立てて就職なんてものと無縁な人生を送ろうという甘い算段もあったし)

さて大学に入ったら入ったで、授業なんか全部ブッチして、ひたすら社会勉強に励みましたw
いちおう一流大学とされる学生の身分をうまく利用して、政治家の事務所や社会的地位の高い人ばかりが集まる料亭やクラブなど、「そのへんのバカな学生じゃ困るんだよねぇ」と雇い主が思っている類いの案件でバイトするなどしていわゆる「社会的地位の高い人」「富裕層」がどんなマインドを持っているかなど、自分がこれまで無縁だった層にいる人たちの実態を、「家政婦は見た!」ばりに、ひたすら見てまわりました。

そうやって、社会構造全体がどうなっているかの実態に、自分なりに迫っていったわけです。
おとなしく表に現れてくる情報だけを新聞やテレビといったマスメディアから得ているだけでは見えてこない諸々が、ようやく見えてきました。
(これこそ!幼年期から私が、バカだから不幸になるしかないという悲観を変えるために必要なものでした!!)

この記事の最初のほうに述べた「意図的に誤った情報などを操作することでバカな民衆を騙す、利口者」たちに辿り着いたんです!!

ここまで辿り着いてはじめて、テレビの社会情勢や経済のニュースで、いまなぜこれをこういう切り口から報じたのか、の「情報の発信者側の(隠れた)意図」までもを、読み解けるようになりました。

それはまるで暗号のようで、文章どおりに発表された情報だけを「ああそうですか」と受け取っただけでは、気づきようもないことなんですね。

「あ、この報道をしたってことは、暗に○○情勢で△△側が~~を~~しようとするタイミングにあるってことか。そこでこの情報をマスメディアで流すことで、大衆心理を~~側に誘導しようって魂胆か」

などといった裏読みが、ようやくできるようになったんです。
(しかもこれは、私だけが辿り着いたというものではなく、しかるべきエリート的視座から一定以上の知識や方法論を踏まえたうえで世の中を観ることができるようになった社会人——ようするに、そこそこエリートぽい人々——なら誰でも獲得しているものなんです)

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で展開されるような、(若干、押井守特有の屁理屈ワールド全開の)小難しい世の中分析が、若干でもできるようになってきたわけです。

この視点は就職するにせよ、タレントやアーティスト、自営業者として個の活動をするにせよ、あるいは資産形成をするにせよ、役立つのではないでしょうかね。

素直に愚かしく「よし!入社するからには、出世を目指して頑張るぞ!」というふうには、安直には物事を捉えなくなったんです。

このことは、実直で愚かしいからこそがむしゃらにやりきる……ということができにくくなるぽい点では、諸刃の剣と言わざるをえないかもしれません。

下手げに知恵をつけてしまったからこそ陥る不幸もあるのだということも、うすうす感づいてくるようになりました。

その意味では、バカに陥るリスクは、べつに勉強なり何なりをやろうがやるまいが、普遍的にどこにでもいつでもありうるということでもあるのかもしれませんけどね。

ただ少なくとも、

「こんなふうにバカに陥る罠があるものなんだなぁ」

ということがほんのちょっとでもわかっただけでも、私個人としては大きな収穫であり、かけがえのない財産だと感じています(なんておめでたい)。

同時に、自分がどんなに何をやろうとも、ある意味ではお釈迦様の手のひらのうえで走り回る孫悟空でしかないのが人間の限界としてあるわけで。どこかの「自分より賢い状態(の人)」からすれば自分のほうがバカということになるという図式から完全に逃れることもできないのだな、ということもわかってきました。
だからこそ、「このへんで手を打つ」という妥協や納得も大事なんだなぁ、とも思ったりして(←こういうとき、志の低い庶民の出は強いねw)。



例によってまとまりなく、つらつらだらだら書いてきてしまいましたが、たとえば子供がなぜ勉強をすべきなのかについて、世間でアタマがいいとされる人たちが、こんな本を書いています。
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子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?荒俣宏、内田樹、瀬戸内寂聴、坂東眞理子、福岡伸一、藤原和博、茂木健一郎、養老孟司 8人の識者に聞きました子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?荒俣宏、内田樹、瀬戸内寂聴、坂東眞理子、福岡伸一、藤原和博、茂木健一郎、養老孟司 8人の識者に聞きました
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また、なぜ学校の勉強をしても出世できないのかについては、こんな本もあります。
ビジネス自己啓発本に洗脳されてるorされかかってる人には、ショック療法的な効果があるかも!?
(注:私の感覚からすればですが、勉強することと出世することは、それだけではほとんど何の関連もなく、特に人間関係と好き嫌いで出世が決まる度合いが世界的にみてもおそらくダントツに高いほうなのであろう日本の会社では、勉強と出世の関連をそもそも論じようとする目のつけどころがどうかしているとすら感じる&内容も、断片的なデータを選り好みして出すだけで、一方的な著者の主張を押し付けてくるだけの悪書だと感じるので、参考程度以下に留めておくことをおすすめします。本の論旨を一言でいうなら、『勝ち組か負け組かは、生まれながら(の家柄など)によって決まっている。凡人平民が後からどんなに努力しようとも、それは覆せない』という先天的エリート信奉でしかないと感じるのですが……。あるいは、著者が会社員時代に担当していたキャリアアップ至上主義の雑誌(が掲げる思想)に対する不満・反論・鬱憤を爆発させただけ?)
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ようするに正解は無いってことなんかねー。
その分、自分次第でどうとでもなるってことなんかねー。
自分がどう頑張ってもどうにもならないってことなんかねー。

あなたはどう思いますぅ?(←卑怯かつ便利な〆め方)
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