情報商材への偏見を捨てる

全面的に情報商材と呼ばれるものを持ち上げるわけでもありませんが、情報を有料で提供するのは何も違法ではないわけで。

値段が高い!と言う人がいるけれど、値段を高いと思うか安いと思うかは人それぞれなわけで。

ついでに言うと、価値を気にせず「高い」と金額だけを見て言う人は、「貧しい馬鹿」寄りにいることを自覚したほうがいいのかもしれないです。
(注:これは私が『富める賢者』側にいるから見下しているという意味ではありません。むしろ、自分自身が『貧しい馬鹿』側の視点で、本来はすごく価値のある良い物なのにその価値がわからず貶していた時期があり、それを今思うととっても損をしたとも恥ずかしいとも愚かしかったとも思って言ってるだけです)

たとえば1000万円儲かる話が10万円で情報商材で提供されていたとします。

これ、金銭的に収益をあげられるという観点で価値を判断すると、とってもお買い得なんですよね。
もし損な話になるとしたら、「1000万円儲かる話が1001万円で売られている」場合でしょう。

要は、そういうことです。

で。

上の例を読んで、おそらくだいたいの人はこう思ったと思います。

「その、10万円で売られている儲け話とやらが、本当かどうかわからないから、価値があるかどうかを決めきれないんじゃないか」

と。

確かにそうですよね。

私はあえて、「これ、きっとニセモノ、、、というか、信憑性の乏しい情報だろうな」と最初から予測したうえで、(その予測が正しいかどうかを検証したくて)高額な情報商材を買って、案の定だった!ということがあります。

そうなれば、金銭的には間違いなく、損。
それは言うまでもないでしょう。

ただ、失敗はそれ自体が、うまく分析できれば成功への糧になります。

ただやみくもに、失敗の原因を振り返ることもせず同じことを繰り返しているだけだとほんとにバカを見て終わるわけですが、

「どこがいけなかったのか、何に注意すればいいのか」

を考えて、(怖いけど)次にまたチャレンジする。それでも失敗する。今度は最初の経験ではわからなかった落とし穴にハマってしまう。

……不毛に感じるかもしれませんけど、これをある程度、繰り返すうちに、もう転ばなくなるんですね。

自転車に乗る練習と同じでしょう。

リスクは、とればとるほど、ほんとにコケてダメージを受けることが少なくなっていきます。

また、情報商材の話に戻すと、1つの情報商材が言っていることだけでは不十分なことでも、2つ、3つ……と同じジャンルの情報商材を買ううちに、それらに共通する普遍的な原則のようなものが透けてきたりします。

そうやって、本質が見えてくるのではないでしょうかね。

べつにどうしても情報商材として売られている情報だけをかき集めなければならない規則もないから、その他、本なり人の話(雑談や噂話より、専門家がセミナーで言っていることのほうが信憑性は高いでしょう)なり、使えるリソースはなんでも使って、自分のなかにノウハウを蓄積していく。

そういう、無駄かもしれない部分も多分にあるけど、まったく役に立っていないわけでもない試行錯誤が、物事の習熟には、ある程度は欠かせないのではないかな〜、と。

(以前より人が酷いダメージを負う危険性は、それでも減ってきてると思います。昔はネットもなくて、限られた情報のなかで、それこそ『知人からの話』を鵜呑みにして、なんでもかんでも決めなければならなかった。これはネットや情報サービス各種が整備された今から比べたら、ものすごく理不尽な状況だといえませんか?確実に昔よりは、人が馬鹿を見てしまう危険は、避けやすくなっていると私は感じるのですがどうでしょう)

情報商材だろうと本だろうと人の話だろうと、信憑性があるものはあるし、ないものはない。

情報商材がただ単に情報商材であるというだけで、劣悪であるとか極悪であると偏見を抱くのはどうよ、というご提言。



どのくらい参考になる?かわかりませんが、たとえばこの本
 ↓
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(2013/06/01)
内本 智子

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では、著者が、いわゆる「世間的に認められた出版社から出た書籍(という、人々がなんとなく『信憑性が高いのではないか』という幻想を持っている媒体)」ではなく、ネットの情報商材に何十万円も投下したからこそ、世間に出回っていない成功の秘訣を時代に乗り遅れることなく手にできた旨が書いてあります。
(もちろん、だから『へぇ!情報商材をたくさん買い込めば、成功できるんだ?』と早合点されても違うと思いますが)

よくよく考えてもわかりそうなことじゃないですか?

ものすごく価値のある、しかも時代に乗り遅れたら意味がない情報があったとして、それを「信頼ある出版社から発売された書籍」や「大手の新聞社が発行している新聞」、はたまたテレビなど、既存の「ちゃんとしてるイメージがある」マス媒体で発信すると考えてみてください。

無名な一般人が、ほんとに使える情報を手にしたとして、まずそんなマスコミをホイホイ利用できるのか。

書籍を発売するとなったら、どれだけタイムラグが発生するか(チョッパヤでも数週間、普通なら数ヶ月かかる)。

新聞やテレビで「不特定多数(すぎ)」に発信するメリットは?発信のために必要なコスト(費用や権力に似た発言権(←要は、『枠』をおさえる権限を持っているか))は収益に見合うのか?

……ね? ネットで個人が配信したほうが、早いし合理的でしょ?

「それならタダで教えろよ!それが世のため人のためってもんだろうが!何を高いカネとってんだよ!このボッタクリのロクデナシが!!」

と憤ります?

その指摘はアリっちゃアリだけど、有益な情報をその人が得るために費やした(もしかしたら膨大な)お金や時間、労力は全部ナシにして、その成果だけタダで自分によこせ、ってことでしょうか。そういう要求を見ず知らずの人に突きつける人間って、どうなんでしょうね。……って話。


もちろん、ほんとに悪質な情報商材もあるし、志の低い情報商材提供業者もいるから、気をつけるにこしたことはない。過信は禁物。
けど、毛嫌いするのもどうかな、って話でもあって。

ましてや、そもそもの嫌悪感が

「俺は貧乏に耐えて厭な割の悪い仕事してんのに、ちゃっちゃと要領よく稼ぎやがって!許せねえ!金持ちは敵だ!!」

という嫉妬だったら、、、ねぇ。
(こう思ってると、『金持ちは敵=自分は金持ちではない』という想いが現実化してしまうので、一生『not金持ち』として、金持ちを敵視する人生を送ることになることは、わかってますよね?)
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