シータヒーリングで不妊解消&懐妊!

客観的にいえば

「絶対にお前のシータヒーリングセッションを受けた“から"不妊が解消して懐妊したといえるのか?そこに本当に因果関係はあるのか?もしかしたらシータヒーリングのセッションを受けたかどうかとは関係なく、たまたまこのタイミングでこれまで不妊ぎみだった人が懐妊しただけでは?」

というツッコミはある意味、そのとおりですし、「シータヒーリングが不妊を“治療した”」と表現するのは法的な意味で許されていないということも前提として踏まえたうえで、あくまで「セッションを受けた個人の感想」としてお届けします。

2月1日にセッションでお世話になりました ○○です。

当日は、立派なイチゴも頂き、ありがとうございました。

セッション後は男性蔑視他、ブロックが解けて、スッキリしている感覚を感じています。

そして、出産についてもご相談をさせて頂きました。その時点でも、子供もご縁のものということで、不妊治療はせず、天にお任せを選択していたのですが、「男の子でも大丈夫?」といううさみみさんの言葉が今でも残っています。

何はともあれ、性別はまだ分かりませんが、本日、心拍の確認もでき、無事に子供が授かったことを確認しましたので、ご報告させて頂きます。

うさみみさんにお会いして、自分の中にあるブロックや不安と向き合え、覚悟を決めたとたんに、カタチになりました。
心から感謝しています。

p.s マザーテレサのDVDも観ました

このメールもらったとき、ほんとに嬉しかったです。

私のなかで不妊の相談案件が初めてで、それが結果に結びついたことが自信にも安堵にもなったというのが嬉しさの要因ですが、他のいわゆる病気や怪我、悩み事を解消するのと比べて、

この世に1人、「人間という“神の一部”」がもたらされるお手伝いができた

というのは、重みが違う感じがしますね。
(これは何も、その他の病気や怪我、悩み事が解消することは子供が生まれることよりも軽くて意義がうすいと言っているわけではありませんのであしからず)

また、懐妊かどうかを問わず、物理的・現実的に変化が起きたというのは、シータヒーラー冥利に尽きます。

というのもシータヒーリングを最近、(特に日本では?)精神的な悩みを解消するもの・霊的探求のためのツールとして限定した形で捉えている人が多い印象があったからです。

「それも大事だし、精神的な悩みの解消や霊的探求のためにシータヒーリングを活用しているだけでは駄目だと言うつもりもないけど、ほんとに物理的に病気や怪我が治ったりしないと、ヒーリングじゃなくて気休めセラピーだよねぇ?

というような気持ちを常々、持っていたからです。

だから、(これまで不妊という現象に悩んでおられた方が、医学的な不妊治療を受けることなくセッションを契機に)懐妊という物理的な変化が起きたということが、感動的でした。

(もちろん、病気が好転したというような、懐妊以外の出来事であっても物理的に変化が起きてヒーリング効果につながったという現象はどれもウェルカムだし嬉しいです←そしてもちろん、精神面での変化であってもそれがクライアントにとって喜ばしいことがセッションを契機に訪れたということであればもちろん大歓迎です)

なんだかヒーラーの独りよがりな感動のしかただったら読む人は興ざめかなぁ、とも思いつつこれを書いていますが、やっぱりクライアントが「なんとなく気がラクになった」というだけでなく、物理的な結果につながったということはこちらとしてもある意味では安心というか、私のお手伝いはただの気休めではなかった、と思えて職業的意義の再確認みたいなことにもなりました。

感想をくださった方、ありがとうございます。
元気で素晴らしい赤ちゃんを出産なさることを陰ながら応援しております!!
P.S
イチゴをもらった、との記述が感想のなかにありますが、私はけっこう、クライアントの方に自分が買ったけど使わないものや、他のクライアントからいただいたお土産などを差し上げることがけっこうあります。

なんとなくの導きで、自分で使う予定もないのになぜかネットショップで買い物をして、

「え、これ何に使うの」

とドン引きしながらも家のなかに新品のまま箱も開けずに放置することになり、でも断捨離などで捨てるのは違う確証がなぜかあって、それから何ヶ月かして誰かが家を訪れたときにピンときてその方にあげたら大喜びされた、というようなこともよくあります。

わりと子供の頃からそういう、なんちゃってサンタクロース気取りみたいな動きをよくするほうだったのですが、最近は年季も入ってきて「サンタ力(りょく)」もアップし、誰にどのタイミングでどんなものをあげると喜ばれるかを直観的に見抜いて実行できるようになってきたりして。
(しかも、プレゼントの渡し方や渡すときのシチュエーション、贈る言葉など演出法も堂に入(い)ったものになってきましたw←自分で言ってんなよ)

場合によっては、受け取る側のほうが躊躇っていたり、あんまり欲しくないと表明しているにもかかわらず、私のほうがどうしてもそうすべきだと感じて、半ば押し付けるようにもらってもらうこともあったりするのですが、フタを開けてみたらあのとき貰っておいてよかった、みたいな結果になっていることが多いらしく、おせっかいオバちゃんとしてもニンマリしています(←いや、迷惑だからw)。
関連記事
スポンサーサイト