人相・手相を観てもらった

ピンときて、とある人に観てもらいました。

というのも、去年の今頃に人生最大!というくらいの精神的ショックを受けて以来、まるで別人のように顔が変わってしまったと感じていたからです。
年相応の変化と呼ぶにはあんまりなほど老け込んでしまい、あからさまに目鼻立ちが崩れたような、表面上どれだけ取り繕っても隠しきれない「人生への根本的な諦(あきら)め」のようなものが滲み出て、我ながらみすぼらしいルックスになっちゃったなぁとがっかりしていたのです。

(しかもそれは、表面上?楽しい気持ちだったり、前向きに頑張れてたり、何か嬉しいことがあって喜んでいるときにも取れないというか、陰が人相に染み付いたような感じでした)

それを単なる美醜や老化による顔の劣化という観点で捉えず、「運気が人相に影響を与えた」のではないかと思って、観てもらったという次第。
ちなみに人相をプロに観てもらうのは初めてでした。

結論から言うと、ここまで細かく観られるものなのかと驚き。

こちらからは、この記事の冒頭に挙げたような「なぜ、なにを観てもらいにここへ来たのか」は言わず黙っていたのですが、

「とりあえず今の人相・手相から見えることを言っていきますので、そのあとで『もっとここを知りたい』ということがあれば言ってくださいね」

と前置きして、ものすごい早口で(でもわかりやすく)、次々と今の自分の状況を当てて行く。

それも、あてずっぽうとか霊視によるリーディングではなくて

「あれ、ここに○○線という相が出てきてるんですが、ここ半年くらいの間に、〜〜が〜〜になってこう思った、というような経験をしていますか?」

と、あくまで人相を読みつつ、事実関係を確認するというスタイル。
変になんでもかんでもお見通しだ、というような見栄や虚勢を張っていない(←まっとうなプロならアタリマエですが)ところが、かえって信頼感UP。

いろいろ的を射たコメントはもらえたのですが、

これから活躍する人相を持った人で、今は今後のための準備期間にある

というのが一番、「やっぱり?」とも「そうなの?」とも思えて安心しました。

この人相占い師いわく、人により活躍する時期が異なり、それに伴って人相も違うとのこと。
人によっては、子役などで若いうちに華々しく活躍する相の人もいるが、私は中年相といって、30〜50代の働き盛りに存分に力を発揮するタイプなのだそうです。
(この、『わりと晩成型』ということは、人相だけでなく、生年月日やら何やらの別の占い各種でも同じようなことが言われます、私の場合)

去年、私が感じたショックというのは、いよいよ中年を迎えるにあたり、自分がこれまで善かれと思ってやってきたことが、すべて無駄で何の意味もなく、しょせんは無能な人間が多少、何をやったところでそれは世の中にとって役に立ちえないのではないかという無力感でした。

他人と比較して優劣を競うわけではありませんが、私は他人を「参考材料」としては活用します。
そのなかで、同年代で着々と何かを築いている人たちとあえて比較してみると、自分は何もまだ成していない、これから成される保証もない……と感じてしまい、しかもそれが中年にさしかかる頃までダラダラしているというのはもう、今後の見込みもない「ダメ人間」という証なのでは……と愕然としてしまったのでした。

自分は、自分でもわかっているんだかわかっていないんだかわからない「何か」を成し遂げるために、幼稚園の頃から「一般的な人間としての幸せ各種はすべて要らないから、とにかくこのミッションを成し遂げるためにこの人生を捧げる」と決めて生きているようなところがありました。

そんなに仰々しい覚悟までしておきながら、たいした結果を出せていない。もっと気楽に人生を楽しんでいる風情でも世の中で活躍して、人からも評価され求められている人たちが大勢いる。
それと比べたとき、なんて自分は無能で無力なんだろう、と。誰からも必要とされていないのに、独りで生真面目な顔して、頑張るわりには実らない努力をして、たいした能力もないから何の結果も出せずに延々と社会のお荷物として生きている……そんなふうに自虐的になっていったのでした。こんな役立たずとして、人間のクズとして生きなきゃいけないくらいなら、いっそ殺してくれよ!くらいに極端に思い詰めてました。

で、今は去年のそこまで思い詰めた状態からは回復して平常心で生きるところまでは来られたものの、問題が解決したわけじゃないから人相が相変わらず良くないままなんだろうなぁ、という予想のもとに占い師さんのところへ来たわけですが、まさに当たってましたね。

「眼光に余裕がない。それだと人も緊張してしまい近寄り難いし、自分がエネルギーをギューッと縮み込ませてしまっているから、運気も開けない。余裕と遊びが必要」

というアドバイスは、(言葉だけをとればありきたりなんでしょうが)今の私には「まさに!」でした。

さらに

「37,8歳くらいが次のステージに向かう転機で、それまでは目に見える結果が出なくても着実に自分のなかでこれ!と決めた『軸』をブレさせず進み続けることが大事みたいです」

と。

「すぐに結果が出ないと、自分のやっていることが間違いなのかと迷いが生じて別のことに手をつけようとする欠点がありますね。でも、それをやっちゃうと、これまでやってきたこともすべてがフイになってしまうので気をつけてください」

とも。

また、

「支配者の相があり、『上の立場』で動くのに適している。だから、誰かの下にはつかないほうがいいです。小規模で無名、弱小と言われようとも、自分で会社を興すとか、自主公演のプロデュースをするとか、自分が仕切り役を担当できる動き方がいいです。誰かの下についてペコペコしたり、支配者としての采配能力を存分に発揮できないような境遇を選ぶのは得策ではありません」

という私の気質についてのアドバイスまで。役者をやっているというようなことも話のなかで私から言ったのですが、

「本当に『役者』としてやっていきたいんですか?私には、公演のプロデュースみたいな、全体の統括をするうえでの勉強として、今は役者という立場から現場を見て学んでるような感じがしますが」

と、まさにドンピシャなことを言ってもらえて、あぁ、やっぱりそうなんだ、と。

人生のスタイルとしては

「自分からガツガツと何かを獲得していくタイプではなくて、人からの引き立てを受けて成功していくタイプですね。そのわりに頑固で自分の道をひたすら歩むタイプなので、他人……特に年上の人たち……との関係でいかに『和』を保つかが課題になってきます」

と、自分でもつくづくいつもそう思ってたことを再確認させてもらう形に。

結局のところ私は、世間一般のわかりやすい出世スタイルの形と自分の人生を照らし合わせて、合致していないように思えたから焦(あせ)ってただけなんですね。

で、それがどんな形かはまだわからないけれど、自分がこれまでにやってきたことは、今後に向けて花開くべく見えないところで確実に根を広げて、準備を整えつつある。

他の人からしたら遅咲きのように見える人生になるのかもしれません。
でも、とりあえず、運勢的にみて、これからどんどんまだ何かが発展して広がっていく可能性が読み取れたというなら、「もうダメだ、私はすべて失敗して終わってしまった。もうこの人生は敗残者として惨めに死ぬまで地べたを這いつくばるしかない」と悲観的になることもないのかも……と思えました。



それにしても、

余裕と遊び

ほど、私の人生において難しいテーマはありませんな。

どうしても、重苦しく生真面目な側面が強く出てしまう。遊ぶにしても「何のために?」と、意味を考えてしまう。
そんなことしなくてもいいじゃない楽しめば、と言われても、それがものすごく時間の浪費や「無駄なこと」「ふざけていて不謹慎」に感じられて……。

うーん、思えば独立してから2〜3年目くらいまでは、むしろ余裕と遊びを前面に出して、お金のことも気にせず、ただ赤ん坊みたいに自分の快楽に正直に生きていられたんだけど(そしてそういう、ちゃらんぽらんふうな生き方をしているときのほうが、お金の流れや人間関係なども楽しくて充実している不思議)、そういうふうに生きてる自分がアリとキリギリスのキリギリスみたいに、何か取り返しのつかない危険を冒しているのでは……という怖さ、あるいはちゃらんぽらんに生きてる自分への自己嫌悪があって、あえて真面目寄りに戻したところがあるんだよね。
で、フタを開けてみれば、自分が頭では良いと考える真面目ふうな生き方にしてからのほうが、実り各種がしょんぼりしてしまっている、という……。

もしかしたら今の私の課題は、自分の頭では「ちゃらんぽらんすぎてダメ」と思っている在り方(でもそれは実は世の中のエネルギーの流れの仕組みからしたらOKな在り方)に対して、自信を持つことなのかもなぁ。

なんかね、あえて生真面目寄りとちゃらんぽらん寄りの両極端をやってみて思うんだけど、生真面目って、あんまり良くない。
この世は「間違ったもののほうこそ、正しいとされやすい罠」が働くけど、世間で生真面目が良いと推奨されやすいのは、まさに罠なんでしょうか。
現実にそうだもんね、生真面目な人とチャラチャラした人、一概にはいえないけど、総合点ではチャラチャラした人のほうがいろんな経験値を積んでるもんなぁ。

良い意味で(←とか言ってる時点でカタいんだろうけどw)、チャラくなりたいっすわー。

P.S
占い師さんがくれたメモ
 ↓
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