GENIUS=GENIE in US

定番化しつつある、ロバート・キヨサキの「金持ちになる教えのすべて」第2巻ネタ。

タイトルを和訳すると、

天才=私たちのなかにある(願いを叶えてくれる魔法のランプの)妖精

ということになりますかね。

ようするに、人それぞれ強み(≒天賦の才)は異なり、それを発揮したり評価したりしてもらえる「場」も違うよ、ということ。

自分の強みを発揮できない、あるいは発揮はできるけど周囲からたいした評価をもらえない(ので、自分の望む人生を手に入れることにつながっていかない)ところで動いてちゃダメだよ、という教訓らしい。

本のなかではキヨサキ氏が金持ち父さんから聞いたコメントとして、多くの人は自分にとってのそれが何かを探せずにいて、探すことも諦めてしまっているという旨が述べられます。

たしかになー、よっぽど特定の職業を子供の頃から本気で真剣に目指して動いていない限り、なんとなく学校卒業が近づいて働かないと食っていけねえ的になってから「どっか良い条件(≒仕事がラクで職場の雰囲気がよくて給料が高くてできれば社名や職種を他人に自慢できる)の会社ないかなー」と手当たり次第に入社試験受けまくり、みたいなのが定番だよね。

特定の職業を真剣に目指して努力して「それ以外の生き方なんて、考えられない!」と熱くなってる人でも、実はその目指してる生き方が自分にとってのGENIUSを発揮できない方面かもしれない可能性があるわけで。
(まさに私の小年〜青年期がそうでした)

で。

ある意味、ここまでならよくある話だと思うんですが、自分が「!」と思ったのは、

「いったん自分のGENIUSを見つけたら、妖精が本当に現れてくれるまで、ひたすらランプをこすり続けることが必要」

という件。

確かに!ほとんどの人は、もし自分ならではのGENIUSを見つけても、肝心の「こすりがたりない」ために妖精が出てきてくれずじまいだったりするよね!?

だから、GENIUSを見つけたところで終わっちゃダメで、そこにプラスして

・何が「ランプをこする」ことになるのか
・どのくらいランプをこすればいいのか

まで把握して、しかもそれを実行に移さなきゃいけないと本には書いてあります。
(本では、水泳が得意なキヨサキ氏の同級生が出てきて、金持ち父さんはキヨサキ氏に『その同級生にとっては、プールの往復がランプをこすることで、充分にランプをこすったら、オリンピック水泳選手出場という夢が叶うことになる』という旨を言います)

充分なコスリが、大事なのね。(下ネタじゃないよ?←アンタ、バカぁ?)
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