それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと(その2)

昨日に引き続き、この本について。
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それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたことそれでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと
(2012/09/07)
林 英恵

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私が(特に、働くことやキャリアを追究する、生き甲斐を求めるうえで)

「そう、この考え方!」

と膝ポンしたのは、

「どんな会社に就職するかではなくて、まず『この社会をどう変えたいか(この社会に対して、どんなふうに貢献したいか)』を明らかにして、そのうえで、そのビジョンを叶えるためにもっともよい選択肢(≒就職先や働き方など)を探す」

というものです。

これ、特に就活してる学生に気づいてもらいたいなぁと思いました。

学生の頃って、まだ自分が何をしたいかよくわからなかったり、いわゆる「(会社などの)ブランド志向」に影響されてたりして、

「○○社から内定を貰うことが、私の生きる意味」

「○○という職業に就くことが、私にとっての願望実現」

「○○試験(←その職種として働くための資格試験)に合格することが、私にとっての成功」

と、「〜になる」ことを目標にしてしまいがちなんですよね。

しかも事実、世の中に出てみると、大半の大人(特にいま40代以上の中高年)は、

「○○さんって、□□会社勤務なんですって。エリートよねェ〜」

「あの人はなんたって、弁護士(←など専門職名ならなんでもよい)だからな」

というふうに、外面を思いっきり浅く見ただけで、すごいすごくない成功してるしてないを論じてるわけです。

こういう境遇にいると、冒頭にピンク字で示したような境地にはなかなか辿り着けないよね……。
(辿り着かなきゃいけないわけでもないんでしょうけど。辿り着いたほうがいいのに辿り着けなくてずっと苦しい想いをしてる人は存外に多いんじゃないかなぁ←何を隠そう、私自身もそのクチでしたし)

上記のような価値観で物事を捉える最大のデメリットは、

「自分が希望するたった1つの選択肢が叶わなかったというだけで、人生のすべてが無意味になって自分の価値も生きる意味も何もかも失ってしまう」

ということです。

普通に損得で考えてみても確率で考えてもリスク評価してもなんでもいいですが、どう考えても危険な賭けですよね?

しかも就職とか何かで入賞するとかが、ぜったいに実力だけで決まるというならまだしも、タイミングとか運とか縁(の有無)とか、正攻法以外の要因が複雑に絡み合って現実は成り立っていきます。

そのうえ就職や試験などで合否を決めるのは、自分自身ではなくて、名前も顔も知らないどこかの誰か。
つまり見知らぬ他人のたった1回の意思決定で、自分の人生すべてが決まるのを委ねてしまうのは、自殺行為以外の何者でもないといえます。
もしそこで自分が目指しているものがたとえば何万人も受けてたった1人だけ受かるアイドルのオーディションとかキー局アナウンサーとか、倍率が何百倍以上にもなる難関試験・会社だったりすると、もうそれは無謀としか言いようがないわけで。ただ気合いだ根性だポジティブシンキングだといって99%以上の確率で訪れる「不採用/不合格」の場合どうするかを何一つ考えていないのは、愚かとしかいえないでしょう。

さらに!

うまいこと合格を手にして、希望する進路が拓けたとして。
そこに待ち受けているものが、自分が予想していたものと完全に一致する確率って、どのくらいでしょうかね?
その仕事なりを経験してみて感じることが、それまで予想していたこととまったく同じで、期待どおりのやりがい生き甲斐たっぷりの日々で、その夢を叶え続けることが自分にとって一番幸せだと断言できる可能性って、どのくらいなんでしょう?……ってことです。

願望が「〜社に入社する」「○○という職業に就く」という外面だけだと、実際にそうなってみた後でどうしたいかが見えないわけです。あらかじめ予想や期待することもあるでしょうが、現実がそのとおりであるとは限りません。
そこで予想外のショッキングな壁にぶち当たってしまうともう、「頑張ってその壁を乗り越えようと努力する」モチベーションを自分自身でも見失っているので、あっさりへこたれてメンヘルだか体調不良だかになってその生き方を継続できなくなる怖れもあります。
(事実、『女子アナになる!』という夢に向かって、新卒でダメでもフリーアナウンサーを続けながら局アナの中途採用を待ち、何年もかかってようやく某地方局で念願の正社員女子アナ採用を勝ち取った知人がいます。……が、半年もしないうちに退職されました。私がメールで『いったいどうして?』と問いかけても、たった一言『このままでは壊れてしまいます』との返信。いろいろあったのでしょうが、何年間報われなくとも努力し続けた彼女のバイタリティが、なぜ夢が叶った後では半年ももたない有様になってしまうのか残念でもあり不思議でもありました)

面倒くさくもあるし、回り道みたいだし、会社名や職種名のブランドに憧れてしまう状態だとなおさら、上記のピンク字の路線に切り替えるほうがどんだけしんどくて馬鹿げて感じられるかは、私自身にもだいたい予想はつきます。

でも、そっちで選んだ進路なら、その職に就いた後で壁にぶち当たっても乗り越えられるし(←乗り越えて先に進む理由とメリットを自覚できているので)、「自分の望む貢献の形が果たせれば活躍の場はどこでもいい」という捉え方でいれば、たった1つの会社や職種、ポジションに固執してヤキモキすることもない。
良いと思った方向性でベストを尽くして不採用になっても、「これが自分にとってベストな選択ではないと明らかになった」と捉えて、次の作戦を練れる。すぐに次の球を投げる準備もできるし、いちいちショックで凹んで回復に時間をかけることもない。
予想外の会社などで仕事が決まっても働くバイタリティは失せないし、もしも働いてみて「やっぱり違う、ここじゃない」と思っても、じゃあ次どうすればいいかを建設的に考えられる。

もちろん言うは易しで、「自分がこの社会をどう変えたいか・何にどんな方法で貢献したいか・それはなぜか」を明らかにするのはほとんどの人にとってカンタンなことではない。
(冒頭の本の著者は、アメリカくんだりまで行ってハーバードという世界最高峰の教育機関にまで行ってようやくそれを自覚できたわけだし)

でも、だからこそ。
それ見つけちゃったら、すっっっごく便利だし有利だとも思うなー。
(そして人生のフェーズが変わると、いったん見つけた答えが古くなって、また新たに『今の自分』にとってのタイムリーなベストアンサーを探し求める必要が出てくるけど、いったん『自分の答えの探し方(探す手間がどのくらいかへの覚悟と忍耐力)』を体得しとけば、そこまで逐一、ぐったりげんなりして途方に暮れることもないんじゃないかなー?なーんて。


上記のことは、この本に述べられているいくつもある「いい感じの気づき」の1つにすぎないわけですが(そして何も、この本なんか読まなくてもこのことに気づけている人もいるし、気づいたうえで『べつによくない』と捉える人もいるのもわかってはいますが)、個人的に印象的だったので書いてみました。
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