子供の頃の夢が全部、叶った。

ヒーラーとして独立して以来、私は自分の生き方やライフスタイルにすごく満足していました。

が、このブログにも書きましたが、今年の春ごろに自分の人生をすべて「失敗・負け犬・無価値」と言われて(スルーすればいいものをいろんな事情でうまくそれができず)ショックを受けるという経緯がありました。

それは自分がいつのまにか「この程度でいいや」と胡座をかきはじめていることや、将来的なリスクへの備えがまだ充分でないことを再認識させて尻を叩いて目を覚まさせる効果があったように思います。
ある意味、ライバル的な存在が現れて「あら? あなたなんてその程度?」と私を馬鹿にしてくることで、「なにくそ!」と自分がしばらく使わずにいた馬力を思い起こさせてくれたという点では有益でした(苦い教訓でもありましたがw)。

ただ同時に、いわゆる世間の価値観(←これ自体、かなり曖昧な表現ですが)、特に「イマドキの東京人」からみて、そんなにも自分の価値観はズレまくりなのかという危機感を感じたのも確かです。

ファッションで例えるなら、ものすごく悪趣味な服を着て周囲がドン引きしているのに本人はまったくそれに気づかない……みたいな図式に自分が陥ってるとしたら、(自分が周囲から『変人』と思われてマトモに取り合ってくれなくなるという点で)まずいな、と。

特に気になるのは、家が狭いことを指摘されること。

そこまでスノッブにステータスで張り合う価値観というわけでもない人から、やたらと私の家が狭いことを指摘されるので、だんだん

「この家を理想的だと思ってしまう私の価値観が、おかしいのか!?」

と思うようになりました。

それから私が異常にケチというか、何事にも必要最小限のものしか買わない、使わない、用意しない、つくらない主義なのをいろんな人から「せせこましい/そこまで心が貧しいのか」的にダメ出しされることが続出して、もし本当にそうだったらどうしようと不安になりました。

そして、これでいい……というか、「これがいい」と思っている自分に対して、

「ほんとはもっと良いものを望んでるのに、それが手に入っていないから自分に嘘をついて『いや、自分はこれが一番いいと思ったから手に入れてるの』と誤摩化して妥協してるんじゃないか?」

とツッコミを入れることに。

自分で考えていても埒があかないので、創造主に尋ねてみる。
(私はあえて、よほどでないと『人生の舵取り』については創造主に尋ねません。わざと自分の頭でテンパりながらあれこれ考えることで、自分の人間としての判断力やストレス耐性、臨機応変に状況に対応する動物的な反射能力のようなものが衰えすぎないようにしています←カッコつけやがって、単に慌てん坊のおっちょこちょいなだけのくせに)

と、

「今はある意味、すごく安定している時期。子供の頃のお前の夢が、すべて形になって整って花開いたゴールデンタイム(の1つ)」

との答え。

それでハッとしました。

いまの自分の境遇は、中学生くらいまでの自分が思い描いていた理想のライフスタイルそのものなんです。

マスコミや芸能関係に進もうかと中学時代に思うようになる前の私は、どちらかというと修験者としての過去生の影響を全開にしているようなところがあって、とにかく俗世の物事が大嫌いでした。

嫌悪感をもって嫌いというのもあった(例:お祭り)し、「私には必要ない」という冷静な視点で望まないものもありました(結婚や社会的地位、お金など俗っぽい意味での豊かさすべて←かなり『清貧至上主義』『隠遁生活万歳』的なところがあった)。

幼稚園がミッション系のところだったこともあり、その当時から

「会社員でセールスマンになって金儲けをするようなことには、一生ぜったいにかかわりたくない。結婚もせず一生、独身でいたい。私的財産を何一つ持ちたくない。そうなるためにはどうすればいい?修道院に入ればそうなれる?それか、山奥の庵に住んで世間との関わりを一切絶って瞑想に明け暮れていたいんだけどそのためにはどうすればいいの?仙人にならないとダメ?人間は後から修行しても仙人にはなれないの?」

と、熱く語るような幼児でした(←キモい……というか、怖いw)。

会社のしがらみで仕方なく出席せざるを得ない飲み会や好きでもない人と否応なく発生する上下関係、どう考えても人間の自然な素朴さに従ったらそうはならないだろというものを創り出して持ち上げて世間に浸透させようとするマスコミ・芸能界・ブランドものを売る商業界、学歴や肩書きで人の優劣を決めようとするかのような軽薄なエリート志向(に洗脳されてうごめく人たち+その弊害として子供に受験戦争を強いる歪んだ教育界)、お金でセックスを買う性風俗というような俗世間のあらゆるものが、「ぜったいに無理!嫌!」というくらいダメで、自分が大人になってそういうものと関わらざるをえないとしたら死んだほうがマシだ、と怯えていました。
(完全に修行僧の思考パターンでしたw)

それで、理想の生活を夢想するようになりました。
会社に行ったりせずゆったりと生活を味わい、自分1人の体がおさまるのに必要充分なだけの(どちらかというと『とても狭い』くらいの)小屋に住み、これまたこぢんまりした庭で草木や動物、池の小魚たちを慈しむ。ほんとうに粗末な味気ないものを最小限度に食べ、いくつになっても勉学を忘れない。ぜいたくなものは何一つ持たず、一度買った物は一生使い続けるつもりで大切に使い続ける。まったく無駄のない、省エネとエコの権化のような生活。
(なるべく自分という生き物が地球にゴミを出したくないという環境保全家的な精神も強かったです。小学生のくせに環境保護団体に寄付をして、親から『くだらないことに無駄金を使うな!』と大目玉を食らったこともあります)

人によっては私の理想の暮らしは、むしろ地獄のようなつまらなくつらい生活に見えるのかもしれませんが、私はとにかく物でも人でも時間でも生活の質(水準)でも、なんでもかんでも「もっと!もっと!!もっと!!!」と気が狂ったように無限に貪り続けてそれを「豊かさ」と勘違いするかのような現代の日本人(というか、ほとんどすべての先進国)のトレンドに、うんざりしていたのです。

たしかに、お金や上質なもの、高級なものを偏見的に忌み嫌い、過剰に清く貧しくあることを崇めるという豊かさのイシューゆえの歪んだ要素はありましたが、でも当時の自分の飾り気のない本音であり、心の底からそういう暮らしを送ることを望んでいたのは、今思い返しても間違いではありません。

つまり、それがいますべて、叶ってるんですね。

違うところがあるとすれば、貧しさを過剰に良しとするような豊かさのイシューといった、私の当時の「歪んだ思考」が是正された形で叶っているということでしょうか。

山奥のボロい庵ではなくて東京23区内の小綺麗なマンション、ボロボロに質素な道具ではなくてデザインや機能性に優れた優良メーカーのこだわりの逸品……など、是正されて叶ったほうが正解なものは是正されて叶っています。

子供だった当時は、夢想しつつも
「そんな生活、実際は無理だろうなぁ〜。入りたくもない会社に入ってしたくもない仕事をして、したくもない結婚をして持ちたくもない家庭でギャアギャア騒ぐ子供たちに囲まれて、そんな人生に満足しているかのような演技を死ぬまで続けて幸せなフリをし続けなきゃいけないんだろうなぁ〜」
と諦めて、ため息をついていたので、まさか本当に当時、夢想していた暮らしが手に入るとは思っていませんでした。



このことに気づいたとき、

「そうだったのか!!」

と感無量な反面、

「とはいえ、自分の思考パターンも変わってきているわけだし、子供の頃の夢が叶ったのはいいけどそれが今となると、『現在の自分』からみて微妙だったりもするんだけど……。これって今後どう変わりうるの?変えるためにはどうすればいいの?」

と思い、そのまんま創造主に聞くことに。

すると、

「夢が叶ったことに対して喜びを感じるというプロセスがまだ未完。それがないと1つのフェーズがきちんと完結しない(から次の変化も訪れない)」

との答え。

そうだったのか!!!

ということで、ちょっと儀式めいてるけど、自分が子供の頃から夢見ていたことが理想的な形で叶ったことを祝い、喜ぶという一人セレモニーを実施。
(ここ数日、東京事変の歌にある『Rejoice,be glad.(祝いなさい、喜びなさい)』というフレーズがそこだけエンドレスに脳内を無限リピートしていた理由もここで明らかに!)

演技っぽくなるかなと思いきや、胸の奥からものすごい歓喜が満ちあふれ、それが大気にしみ出して世界がバラ色に染まっていくような感覚が!!
(映画『かもめ食堂』の最後らへんで、食堂が満席になったのをプールの人々から拍手喝采してもらうあのシーンみたいな感じ?静かなのにこのうえなく喜ばしいというあの雰囲気でした)

で、そこではじめて、1つの長い長い物語がハッピーエンドで結末を迎えた感じがしました。
そして同時に、新しい物語がいま始まったんだ……というドキドキも訪れて。

ああそうかー、感謝するって、大事だなー。
こうやって、1つ1つのエピソードをきちんと完結させていくの(がよいの)かー……。

と、今日という日が「自分の人生のなかのある1つの頂点」なんだなーという実感をかみしめました。



同時に、

「いまの自分のキャパシティ(器)なら、大丈夫。俗世間の物事にも対処できるし、もっと大勢の人とせわしなく交わることがあってもパニクらない。むしろ、ここまで強くなったんだから、自分だけ安穏と引っ込んでるんじゃなくて、積極的に外の世界へ飛び出していきたい。ようやく内向的な願望が叶ったんだから、ここからは外向的な願望を叶えて行こう!」

というバイタリティがギューン!と湧いてきて。

どうやら人生の新しい章が、スタートできたようです。えがったえがった。
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