「物事の上達」の秘訣は小脳にあり。

もともと、(プロアマを問わず)ピアノが上手い人は筋トレでも凄く結果を出すのを不思議に思っていました。

ピアノと筋トレに限らずとも、何かの技能に優れた人は、他のことをやっても、習熟が早いんですよね。

才能なのかなぁ、なんでもできる人っているよね……程度で昔はスルーしてましたが、人間の能力そのものは個々人で大差なく、どう使って伸ばすかだ……ということがわかってきてからは、

「きっと上達が早い人というのは、(もともとの才能などではなく)上達を早く実現する行動特性があるのだろう」

と思うようになりました。

で。

タイトルのとおりの説に行き着いた、と。

楽器の練習でもパソコンのブラインドタッチでもマッサージでも包丁さばきやトランプのシャッフルなどすべて、「技能」に分類されるものは、ものすごく大雑把にいって

・動かす箇所の筋肉+神経

・(動け!と命令を出す)脳+神経回路

の発達&整備っぷりにかかっている
といえる気がするんですね。

で。

日常の動作では使わない筋肉を大幅に使う技(ダンスや、楽器の速弾きなど)は、筋肉の発達っぷりがモノを言うので、やりたいと思うアクションを成し遂げうるだけの筋肉をまず身につけるのも大事だと思います。
芸事でよく、1日練習をサボるだけで下手になると言われる所以は、この筋肉の衰えを指して言うのではないかなぁ、と私は捉えています。

ただ。

それ以上に重要なのは、小脳。
自転車に乗れる人はわかると思いますが、あれって、自分でもよくわからないうちにいつのまにかできてるんですよね。
練習しているうちに無意識下で小脳はデータを集め続けていて、「完成!」した瞬間に、私たちは自転車に乗れるようになるんです。

楽器を弾くとかキャベツを千切りするとかの技能はおしなべて全部、小脳がどれだけデータを集めて「(動きを)完成!」させたかが絡んで来るという実感があります。
(いったん完成させた動きも、練習を積むなかでバージョンアップしてより一層、精度が上がっていく=うまくなる、の図式)

なので。

物事の上達は、いかに小脳に効率的に有益なデータを与えるか

にかかってくる実感があります。

同じ時間の練習でも、その時点でラクなこと(=(小)脳にとってすでにその動きが整備され済みのこと)だけをやると、「手先や四肢など、実際に動かす部分の筋肉+神経」のメンテナンスやトレーニングにはなるかもしれませんが、小脳に新たなデータを送り込んでいることにはなりません。

だから、「やりにくい、難しい、うまくできない」動きを、嫌でもちゃんと取り入れた練習が、小脳のデータ蓄積という点では有益になります。

気をつけるべき点は、送り込むデータの質。
わかりやすく言うと、「変なクセ(という動き方の結論)」をつけるようなデータを送る(=練習を繰り返す)と、逆効果なんですね。
自分自身が学習者のうちは、ちゃんとした指導者につくのが良いとされる点は、ここにあるといえます。

質のいいデータ(=正しく理想的な動き方の結論を小脳がやがて出すことにつながる、練習による刺激)を送り込めるかどうかが、まず上達のカギ。

続いてデータをどういう間隔でどのくらい送り込むか、が重要になります。

脳は使っていると疲れるし、小脳の処理は時間がかかります。

つまり、いまの自分にとってできない動きがあったとして、それをその場でムキになって「できるまでやる!」とがむしゃらに練習しても、脳全体は疲労して注意力散漫になり集中しにくくなるし、かといってまだ小脳は計算を終えていないのですから、できっこないんですね。

残念なことに、ここでいう「小脳の計算時間」は、私自身がそのへんの分野に学術的にまったく詳しくないということもあり、確実なことは言えないのですが……。

あえて言うなら、楽器の練習で知人から「15分やって15分休む、を繰り返すと上達が早いよ」と言われ、やってみるとたしかにその通りだなと思ったという実感はあります。
15分練習して、うまくできない動きがあるとして、15分休む。と、また練習を再開したとき、明らかに15分前に練習したときよりはるかにスムーズに指が動くんです。
(もしかするとこの15分間の休憩の間に、小脳が計算を進めていたのかもしれません。もしかすると何日〜何週間もデータを蓄積しないと計算結果が出ない動きもあるのでしょうが、こうした短時間で計算ができる動きもあるみたいです。どの動きの習熟にどのくらい時間がかかるものなのかは、やってみて自分をモニターして『あー、自分はこのくらいの動きなら、これくらい練習するとうまくなるのか』と経験則を溜め込むしかないのかもしれません)

いきなり強引に冒頭の「ピアノが上手くて筋トレでも成果を出す人」に話を戻すなら、そういう人というのは、筋肉と小脳の両方について、どれだけどんな負荷あるいは刺激を与えて「どのくらいねかせて(=筋肉の超回復や小脳のデータ完成プロセスを待つ時間)」またトレーニングをするか、、、を経験則的にすごくうまく把握できている人なのだろうと推測しました。

(ここでは肉体の技能をメインに書いてますが、勉強や暗記などでも、似たようなことが言えると思います。勉強の場合、主に使うのは小脳ではなくて前頭葉や海馬?など学習記憶を司るらへんなのでしょうが、これも、『どのくらい刺激(=新しく勉強した情報)を与えて、どのくらいねかせて、またトレーニングを再開するか』のペースをうまく熟知できている人というのは、能率よく最小の労力で成績アップが図れるのでしょう。学習の場合、エヴィングハウスの忘却曲線など各種の理論がありますが、ようするにそういったらへんの脳の自然な仕組みに沿った形で、勉強すれば効果は大きいわけです)

やはり、

単なる根性論でスパルタにがむしゃらに練習(や勉強)したからって良いわけじゃない

といえそうですね。

わりと多くの人にとっておそらく意外と盲点なのが、「ねかせる」時間(の重要性を知っているかどうか)。

運動系の技能の場合、運動そのものをしているときというのは刺激を脳や肉体各種の筋肉などに与えているだけであって、実際に筋力が高まったり運動がうまくなったりするのは、その後の「休んでいるとき」に起こるわけです。
(個人的な感覚でいうと、勉強のときは、している最中にダイレクトに情報を記憶していってる実感があります。『休んでいるとき』はむしろ、入れた知識のなかから要らないものを脳が整理して忘れる時間。ずっと覚えていたいことは、いかに脳に『この記憶は、覚えていたほうがよいもの。忘れないほうがよいもの』と認識させるかが鍵の気がしています←そのために重ね重ねの復習が重要になるわけですね)

「努力のしかたを知っている人が天才」

と言ったのはピアニストのマルタ=アルゲリッチですが、もともと人間個々人の能力にはたいした差がないとするならば、まさに実る努力の仕方を知っているかどうかが「凡人」か「天才(と呼ばれるに至る能力や実績を出す)」かの違いといえそうです。



そういえば、勉強でも運動でも、たいした実績を出せない人ほど、長時間勉強したり練習したり、徹夜だ何だと大変な苦労をしてますよね。

一方、スマートに努力できる人ほど、あまり大変な苦労はしていない(のに、いい大学に受かったり、スポーツで優秀な実績を打ち出せる)。

その差は、ここで書いたようなことが関わってきて起きてるんじゃないかなー、と。

あくまで学者でもなんでもない、一個人の戯言ですが。
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