心身が健康でないと霊力が弱まる!?

よく言われがちですよね。(そんなことない?)

たしかに、自分のオーラに穴が開いてないかどうかといった「精妙身(サトルボディ)」的なエネルギー活動を「霊力」に含めるなら、心身の健康度とそれらはリンクするわけですから、そうでしょうね。

人体から、自分のエネルギーの流れにとって好ましくない影響を与える、ウィルスや細菌を適切にシャットアウトし、重金属や化学物質などの有害成分をデトックスする。正論だし、それを実践する価値はおおいにあると思います。

ただ、これってね、どんな霊力を使おうとしてるかで、答えは変わってくる印象があります。

たとえばナチュラルサイキック的に、自分のエネルギーを使って霊力を発揮しようと思う場合(=自分自身の霊的エネルギーを消耗する場合)は、当然、自分自身の心身の健康(≒エネルギーの充実度)がポイントになってくる。まさにその、自分の健康を消費して、霊力を発揮するわけですから。

裏を返すと、たとえばシータヒーリングのように(もともと繋がっているがそのことを人間が忘れているだけで、常に繋がり続けていて関係が途切れることのない)創造主のエネルギーを活用したり、レイキのように、エネルギーが存在する源泉からパイプをひいてきて自分は何もしなかったり、あるいは天使などの霊体に願ってその霊体がエネルギーを放つといったタイプのエネルギーワークをもってして「霊力」というなら、

心身の健康は、霊力の強さとは関係ない
(心身の健康の喪失は、霊力が弱まることにはつながらない)


と私は考えます。

霊力の源泉が、人間本人じゃないからです。


以前、セラフィムブループリントという天使からエネルギーを授かるワークショップを開催していたとき、雑談(←セラフィムのワークショップは雑談タイムがけっこうあり、その最中はぜんぜんカリキュラムとは関係ない、どうでもいい雑談をしたりします)で私が自分のくっだらない日常の失敗やそれで憤慨や後悔をした話などを笑い話として話していたのですが、受講生がおそるおそる

「そんな状態の人からエネルギーをアチューンメントしてもらっちゃって、大丈夫……なんでしょうか? 先生がいま持ってる邪気をもらっちゃったら嫌だなーと思って」

と切り出したことがありました。
(たしかにティーチャーからしたら、受講生が信頼してよいものかどうか疑問に思うような話はしないにこしたことはない、というのはあり反省はしますけどw)

つまりこの受講生は、セラフィムブループリントのエネルギーを、私という一個人から受け取ると勘違いしていたわけですね。

これはレイキによるヒーリングや、シータヒーリングの場合でも同様です。
私自身のオーラなどのいわゆる「見えない霊的エネルギー」は、ヒーリングでクライアントに提供するエネルギーとは別物なんです。
(ある意味、ヒーリングを提供する側からすれば『ほんとにちゃんと別物として扱えているか。混ぜてしまっていないか』のスキルを万全にするのが目標でありプロとしての最低ラインになってくるわけですが)

私がこれらのヒーリングを好んでいる理由の1つは、まさにここにあります。
私自身が、完璧に澄んだ、波動が高いだかの高貴な霊性である必要がないんです。



同時に、自分がいま心身が不調だなと感じるときというのは、ヒーリングするうえで言い訳の材料になります。

「あー、腹が痛い。ヒーリングしたいけど、いま、とてもそんな気分になれないよ」

という。
(まさに病気などが肉体を蝕むなかで精神的にもダメージを与えることが多いのは、人間の持つ意図の回復力を発揮させないためでもあったりします)

これが精神的な悩みだと、

「こんなぐちゃぐちゃの精神状態で、霊力を発揮して癒すなんて、無理じゃね?」

と思えたりします。
(たしかに、レイキやシータヒーリングのように、まず霊的エネルギーを発動させるために、自分が特定の意識状態にならないといけないものだと、ハードル高いっちゃ高いんですが)

でも、そういう状態であっても、特定の意識状態になることは(これは純粋に、人間としての精神鍛錬が必要になりますが)可能ですし、いったんなってしまえば、どれだけ思い悩んでいても、ちゃんと霊力は使えます。

(ある意味、ヒーリングの提供者からすれば、霊力とは関係ないところで、精神集中をすぐにどんな場面でもできるといった精神鍛錬ができているかどうかが、『いざというとき、霊力を発揮できるかどうか』という点では、影響が大きいといえそうですね)



ほか、心身の健康が損なわれると霊力が弱まるというのは、

洗脳に利用しうる脅し文句として有用

だったりします。

それこそ整体師などが、べつに病気というわけでもないちょっとした凝りなどを

「あー、ここが凝ってますねぇ。放っておくとガンなど怖い病気の原因になりますよ」

と、“嘘ではないけど飛躍しすぎじゃね?”的なことを言うのと同じように使えるんです。

もっと修行をしなさい。
もっと邪念を捨てなさい。
もっと波動を上げなさい。
もっと善行を積みなさい。
もっと節度ある生活を心がけなさい。
もっと神を信じなさいetc

相手の心も体も、自由自在に制限したりハンドルを奪って操ったりできます。

これはプロの霊能者が客をカモにするためにも当然、使えるでしょうし、それ以外でも、自分の思想を他人に押し付けて信じ込ませたいなどの場合に誰でも使いうるでしょう。

使うかどうかは個々人の品性の問題といえそうですけどねw

個人的には、(ヒーリングやスピリチュアルの分野においては)ぜったいに使いたくないです。

というか、恐怖の力を借りてまで誰かに自分の言うことをきかせるメリットを感じないんですよねー。
自分は宗教家じゃないし、何か1つの自説を(他人の説を否定したりしてまで)世界に普及させたい、というような欲望もないので。他人を脅して洗脳するメリットがないんですよ。

ヒーリングにしても、脅したり不安にさせることでもしリピート客が増えたり同じ客の利用頻度が高くなったとしても、そうなると1回あたりのセッションの質が低くなるというか、

「べつにいま、俺とこの人の両方が時間を割いて癒す価値のあるイシューなんてねえだろ」

と、その時間に対して空虚感を覚えそうで厭なんです。

私「今日は何を相談しますか?」
客「いえ、自分では特にないんですけど、先生がもっと癒したほうがいい、とおっしゃったのでまた来ました」

みたいな会話、すげえ不毛だと感じるもんw

あ、もちろん日常生活などで有用な場合にはいくらでも使いますけどね♡



なんかぐちゃぐちゃ書いちゃったけど、まあ関係ないよね、って感じかな。
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