クリアリングの押しつけはカンベン

こっちが解消する気もなくすべきだとも思えないタイミングで
「もしかして○○ってイシュー持ってません?それはそのままでいいんですか?解消したいとは思わないの?」
と、本人はおそらく良かれと思って言ってるのであろう指摘のウザさは異常。
悪いけど俺、クリアリングマニアじゃないから。

何年かシータヒーリングをやってきたけど、「不都合をもたらすイシューぽいものはなんでもいいからわけもわからず取っちゃえ」とは思えない。
むしろ、自分の納得いく人生を送るために、それが苦痛だろうとつらさだろうと、そのメッセージをきちんと受け止めて意味を読み取りたいと思う。

俺にとっては、ラクに生きられるかどうかなんてどうでもいい。ラクになりたいと思ったこともない。どちらかというと、わけもわからずなぜか自分の把握できないところで人生を勝手にラクにされてしまうほうが気持ち悪い。気が済むまで苦しみでもなんでも味わいたい。邪魔すんな。

なんでもいいから苦しみさえすればいい、というのはさすがに馬鹿げていて能がないと思う。いかに喜びのなかで学ぶかを体得する意義もとても大きいと感じる。でもそれと、目の前にある現実のありのままの重みを背負う最低限度の負担さえもをすべて消し去ってラクになるためになりふり構わないのは違う。

(出典:2012/7/23,2012/7/24のツイートより)
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