掘り下げじゃない掘り下げ

シータヒーリングでは「掘り下げ」といって、自分の問題の原因を内観してもらうための質疑応答ふうな会話のやりとりがなされます。

で、これって人によっては苦痛なんだそうですね。警察の取り調べを受けてるみたいな圧迫感や、自分の悪いところを認めざるをえない悔しさ?などがてんこもりで、「怒られてる」みたいでシュンとしてしまうそうです。

でね。

私の場合は、「クライアント本人が掘り下げに応じて自分の内面を見つめて思考の土台を発見して心の底から納得してもらわないと、イシューは癒えない」という立場から、必ずどんなイシューについても掘り下げは(創造主からそうするのが最高最善とメッセージがきたら)するのですが、

掘り下げをしていないかのような体裁の会話

を採ることが多いんです。

尋問のように「なぜですか、どこが悪いと思いますか」と問いつめるのではなく、

「今こんなイメージが来ていて、〜〜が〜〜だという感じがしてるんですけど、なんか思い当たりますぅ?」

などと、

主婦の井戸端会議

のような自然さで、会話のとっかかりを振るんですね。

で、相手がぽつぽつと何か話し始めたら、

グータンヌーボさながらのユルさ

で、「わかるぅ〜」「あー、あるある!」「ですよねぇ〜」などと相槌を打ったりしながら話を拡げていくんです。

ポイントは、あくまでもこの

ユルい雑談ふうの応対は、演技

であることでしょうか。

自分自身がユルい雑談に呑まれてしまっては、ダメなんです。

ユル〜い対応をしつつも、

常に創造主と繋がって、セッションが最高最善の流れに乗っているか。
次に自分がすべきことは何かを問い続け、そのとおりに振る舞う。


んです。

そこに醸し出される「ユルい」という雰囲気は、

クライアントがリラックスしつつ、プライドを傷つけられるような心地悪さを感じることなく自分自身の問題の原因に気づいてそれを認めやすくするための「演出」

なんです。

ヒーラーは裁く存在でもなければ、教え諭す存在でもありません。クライアントを責める者でもありません。
ましてや教祖や神そのもののように、崇め奉られるべき存在でもありません。

そのことを、雰囲気や口調、仕草、態度、表情などといった立ち振る舞いで表現して伝える努力をしているというわけです。

なので、私のセッションを受けた方は、掘り下げをされずに済んだと思う方がいると思います。

が、それは「問いつめて気まずい思いをするような掘り下げ」をしていないだけで、実質的には深く十分に掘り下げをしているんですよ。
(つか、やってる側が自分で言うとわざとらしいから『掘り下げがちゃんとできていてほしい』という願いを持ってる、と言ったほうがいいかw)

大事なのは体裁そのものではなく、

「クライアントが自分自身で自分の問題の根源を内観して探り、発見し、認め、納得して手放すところまで到達する」という、掘り下げの根本的な目的&意義を満たせたかどうか

だと個人的には捉えています。

これはもう、サイキックなセンスとか人徳の高さといった精神性とは別の、会話術とかコミュニケーションスキルの領域でしょうね。

ヒーラーはなんだかんだいってパフォーマーの一種だと思ってるので、表現技法各種(ここでいう会話の引き出し方、態度など)は総合的に磨いていって損はないと思ってます。

いつも心に留めているのは、童話の

北風と太陽

北風アプローチより、太陽アプローチってことです。
(旅人のコートを脱がせようというアレ。結果は太陽が勝ちます。←引き分けだと思ってる人多いけどw)



P.S
以前、とあるシータヒーリングのセミナーに出たとき、DNA3を何回も再受講したという人が、基礎DNAを修了したばかりという人とペアを組み、クライアント役になったときに

「私は!あなたの口から!ほかならぬプラクティショナーである あ・な・た・の・く・ち・か・ら・! 私のイシューの土台を『言い当てて』ほしいんです! そうすれば私は変われます。癒えることができると確信しているんです。 さぁ!クライアントの要望に応えるのがプラクティショナーでしょう? 応えて! 創造主からメッセージを受け取って、言ってみてください!! 私のイシューの土台は、な・ん・で・す・か・!?」

と(鬼女のような形相で)相手に詰め寄っており、めっちゃ怖かった&DNA3に何回も出ておきながら、思考の土台をプラクティショナーに言わせようとして、しかもそれをクライアントとして当然の要求であるかのように言ってのける感性+基礎DNA修了したばかりで自信がないって言ってる人とわざわざ組んで完璧な霊視を要求する底意地の悪さ(なのか良識の欠落なのか)にドン引きした経験がありますw
(そのときプラクティショナー役だった、基礎DNA修了直後の人、トラウマになってないといいなぁ←まぁ、『そうされる』こと自体、プラクティショナー役の人が自分で望んで引き寄せた現実なので、他人が同情するのもおかしな話なんですけどねw)
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