心拍数ウォッチ

買いました。
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SUUNTO(スント) QUEST ORANGE 【日本正規品】 S018154000SUUNTO(スント) QUEST ORANGE 【日本正規品】 S018154000
(2011/11/04)
SUUNTO(スント)

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端的に言うと、心拍数測定機能つき腕時計です。
(正確には、心拍数は付属の胸部ベルトで測定して腕時計に電波を飛ばして表示させるという方式)

⇒この商品の詳細は公式特設サイトにて

運動って、目的に応じて、適した心拍数が違うんですよね。

たとえばダイエット目的(というか、運動不足を解消して余分な脂肪エネルギーを燃やして毒素を排出する目的)の場合は最大心拍数の60%前後が良いんです。

つまり、ハァハァゼェゼェいってしまうような極度な運動だと、かえって痩せないし脂肪もうまく燃えてくれないんです。

運動不足になればなるほど、ちょっとした運動で心拍数は跳ね上がります。

普段、運動していない人が「よし!運動で痩せるぞ!」と思い立ち、ちょっと動いたら苦しくなってすぐやめて、体重計に乗っても痩せてないのでがっかりして運動をやめてしまい、イライラを鎮めるため&運動したからこのくらい食ってもいいだろうという甘えでドカ食い→むしろ増量して肥満化……という流れに陥ったりしがち。w

あるいは、運動に慣れてきたからとどんどん負荷を上げて、変なハイテンションになってしまって気分は異常に爽快だけど、ダイエットに適した心拍数ゾーンを大幅に超えている……なんてことも。

ようするに、心拍数などの客観的な指標なく運動してるのは、特に初心者であればあるほど非効率だったりするよね、という結論に達しまして。

で、購入、と。

運動時でなくとも、平常時の心拍数も測って生活してみると面白いですね。

およそ1秒に1回、拍動する(=1分間で約60回の心拍)のが自然らしく、普通にしてるのに心拍数が多いということは、(1回の心拍で送り出せる血液量や生み出せる圧力が低いなどの点で)体力が低下しているということになるようです。
逆にスポーツ心臓と呼ばれるような、過度に?発達した体力を持っている人だと、1回あたりの拍動がパワフルなので、心拍数が少ないみたいですね。

コツを掴むと、(ぜんぜん体を動かさずただ座ったり横になったりしている状態のままで)自分の意図どおりに心拍数を上げたり下げたりできる

のも確認できますw



この説はあくまで説の域を出ないのかもしれませんが、

人間が一生の間に行える心拍数は、みんなだいたい同じ

というの、ありますよね?

もしこの説が真実であるならば、限られた心拍数のなかで、

1回あたりの心拍をどれだけ有効活用できるか

は気になるところ。

これは極端な例ですが、たとえばダイエットがしたいからとものすごく負荷の高い運動をひたすら続けてしまうと、無駄に心拍数を消費してしまうわりにはうまくダイエットが成功せず、「太ったまま痩せられずに早死に」してしまうことになります。

ケチな例でこれを日常生活に適応すると、たとえば近所のバス停まで移動するにしても、めっちゃ焦ってダッシュして心拍数がドーンと上がって寿命を縮めたわりにはバスは来ておらずそこで立ち往生。一方、同時に一緒に家を出てのんびり歩いて心拍数を無駄に上げなかった人もバスが到着する頃合いにバス停に到着して、結局2人の乗るバスは同じ……なんてこともありえます。

つまり、(今度は話を大きくするなら)

寿命を有効に使えるかどうかで人生の充実度・達成度・成果は大幅に差がつく

ともいえそうです。

私自身、子供の頃から、やたら苦労して塾通いやらハードな部活の練習やらをして大変なことになっているわりには(運動や勉強などの)成績がたいして良くない人・あんまりつらそうに勉強や運動をしてないのに好成績を収める人を対比して見て「?」と思っていました。
社会に出てからは資産形成や社会的地位・人脈の構築・知識や技能の修得といった諸々で1人1人が大きく差がついてしまうことから、その疑問は顕著になりました。
チェスや将棋を齧ってみて、1つの駒を動かすときに1つの目的だけ追ってるとダメで、1つの駒の動きが一石四鳥くらいを見越している人が勝つとわかりました。
またスキューバダイビングをして痛感したのですが、使える空気には限りがあるので、少ない呼吸で無理なく動いてるほうが結果的に有利(バタバタ必死にもがいてハァハァ呼吸するとすぐボンベが空になってしまう)なんですね。

これって心拍数、ひいては寿命にも同じことが言えるんじゃないかと。

ただやみくもに、「必死で頑張ることこそ尊い」とスポーツ根性・精神論むき出しで自分を極限に追いつめて能率の悪い努力をして寿命という資源を浪費したところで、たいした成果も出せずに人より早くポックリ逝ってしまうだけなんです。

なんでもそうですけど、必死こいて髪を振り乱して顔を真っ赤にしてがむしゃらにやる人より、涼しい顔をして必要最小限の労力&時間でサクッと動くほうが、人生はよりたくさんの成果を出しやすいものなんですわ。
(もちろん、涼しい顔して苦労知らずなら絶対うまくいくというわけでもなく、まさに『必要最小限の労力&時間での立ち回り方』が何かを知り、それを行動に移せてないと意味がないわけですがw)



ああ、また話が大袈裟に……。

なんかね、自分自身が子供の頃、物事の本質というか、「これをこうやりさえすればよい」というのを見抜くのがうまいほうで、実際うまくやれてたんですね。

が、大人になるにつれて、どう考えても無駄じゃね?効率悪くね?見当違いなほうに努力しちゃってね?と感じる人たちから

「みんな苦労してるのに、お前だけ苦労せずオイシイ思いばっかりしやがってずるい!卑怯だ!」

とイチャモンをつけられるようになった。その外野の声を、取り入れたほうがいいアドバイスだと思って従ってしまったという経緯があるんですわ。で、苦労してない自分を責め続けた。わざと、周囲の人がやっているのと同じように、自分からしたら馬鹿げたやり方としか思えないようなことにがむしゃらになってみるように心がけた。
そしたらどんどん物事がうまくいかなくなってしまった。
ちょうどそれと自分が大人になっていく時期が重なったものだから、自分のなかでは
「子供時代は課題などが簡単だからラクにこなせていたけれど、大人の世界は厳しいなァ」
と妙に納得してしまったんですね。

でも後から考えると、このときのイチャモンって、「成功者を妬む負け犬の遠吠え&理不尽な八つ当たり」にすぎなかった。
自分が成長と共に物事をうまくやることができなくなってしまったのは、子供から大人になるにつれて取り組む課題の難易度が上がったからではなくて、自分の取り組み方をわざと下手にしていったからだなと感じます。

でもって、がむしゃらに非効率かつ見当違いな努力を死ぬ気でやり続けてボロボロになるのがよいのだ、という思考にすっかり洗脳された20代後半に、周囲を見渡すと今度はシレッと効率よくキャリアだの人間関係だの資産だのといった人生の成果をがっぽり手にしてる人たちが目に入ってきた。それで、

「しまった!やっぱりこのやり方、間違ってるんだ!?」

と愕然としたという流れがあったりして。

そこからかなぁ、最小限の努力……というか、

1単位あたりの努力が生み出す成果を最高最善最大化する

ことの大切さが身にしみて、どうすればそうできるかを真剣に目指し始めたのは……。

あれ、心拍数ウォッチの話から(いつものごとく)とんでもない方向性に……。まいっかw
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