オリジナルなものほど、伝わりにくくなる

とあるセンセの講義にて。

「良いものをつくれば、わかってもらえるだろう。受け入れてもらえるだろう。買ってもらえるだろう。褒めてもらえるだろう……というのは、思い込みです。ましてやそのオリジナリティが高ければ高いほど尚更。

オリジナルであるということは、そもそも他人と分かち合える共通項がないということです。たとえば『くしゃみをしたいのに出ないもどかしさ』は人間がある程度、共通して経験している度合いが高いからこそ、伝わりやすいかもしれない。
(まぁ、伝わるといってもほんとに同じものを感じ取ったかどうかを証明する手段は現代科学ではないわけですが)

少なくとも、想像して把握しやすいと感じる人が一定数いるであろうことは、間違いありません。

でもこれが、ほとんどの人間が生まれてから一度も見た事も聞いた事も経験したことも無い事だったら、どうでしょう。それがどんなに良いもので素晴らしくても、想像もつかないわけですよね。となれば、伝わるはずもない。想像もできないし、どんな感じなのかを自分なりに把握する試みすら、うまくいかないわけです。

だとすれば、物凄く素晴らしい、良い物だけど完全にオリジナルなものを、ある人間が生み出したとします。でもその人以外には地球上の誰も『それがどんなふうに物凄く素晴らしくて良い物か』を理解できないとしたら、誰にわかってもらえますか。誰に受け入れてもらえますか。誰に買ってもらえますか。誰に褒めてもらえますか。

……ちょっとシンプルに考えればわかるはずのことなのに、わりとみんなこのことを忘れがちなんですよね」


と。

そうなんだよね。。。

企業などの商品開発でも、音楽や絵画などの芸術でも、自分が関わってるようなエネルギーヒーリングでもなんでもそうなんだろうけど、「100%斬新で、かつてない」ものだと、かつてなさすぎて誰もわかんなくてウケないって、あるよね。

で、「みんなに伝わってないから」評価を得られてないだけなのに、

「きっと、自分が創ったものなんて、ロクでもないものなんだ。なんの価値もないんだ」

と決めつけて落ち込んでしまう。真面目な人ほどこういう傾向って顕著でしょ。

落ち込んで悩むことに時間と労力を浪費するくらいなら、「このかつてないものを、どう表現すれば伝わるか」を考えたほうが生産的でも建設的でもあるんだよね。

そして、どう表現すれば伝わるかを考えるというのはつまり、

「他の人たちとの共通項にどう変換しうるか」

の可能性を探る旅でもあるんだよね。

で、共通項ってことはつまり、“すでにあるもの”なわけで。

「新商品○○(←かつてないもの)は、□□と△△を〜〜したもの(←□と△はすでにある物。〜〜はすでにある方法)です」

という、(その商品をわかってもらいたいターゲット層に向けて)伝わる表現方法・形式が見つかってはじめて、かつてないものは伝わる。

そして、ほんとに伝わるにはさらに、「伝えていくアクション」が必要になる。いわゆる宣伝ね。
(そしてえてして、宣伝に必要な労力はすさまじい……)

ただ良い物つくってりゃいつか評価されるだろう売れるだろう、は、一見ストイックで謙虚で素敵っぽいけど、辛辣にいえば甘いだけ。

良い物だとほんとに思えるものをせっかく創ったなら、それを他人に理解してもらいたいなら、伝えるための方法を考える必要があるし、その方法を実践するだけの行動力も欠かせないってことだよね。

……ってこれほぼ100%、自戒の念ですがw
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