夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

性について書いてあるので卑猥な扱いをされがち(?)かもしれんけど、すごい本です。
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夜這いの民俗学・夜這いの性愛論夜這いの民俗学・夜這いの性愛論
(2004/06/10)
赤松 啓介

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ほんの数十年前まではどこにでもあった夜這いの風習や、それらを通じてムラの人々がいかに次の世代に正しい(?)性の知識を伝えて子孫繁栄に貢献していったかが、実体験を通じて語られます。

「大正初めには、東播磨あたりのムラでも、ヒザに子供を乗せたオヤジが、この子の顔、俺にチットも似とらんだろうと笑わせるものもいた。夜這いが自由なムラでは当たり前のことで、だからといって深刻に考えたりするバカはいない」(P33)

という一文、まさにこの本の言いたい事を端的に伝えているのではないでしょうか。



なんでこの本を読む気になったか、読みたいと思ったかというと、現代にいう

「結婚は一夫一婦制が常識。重婚も浮気もありえない」

という倫理観が、あまりにも人間の自然な性の実態とかけ離れているし、その乖離ゆえに思い悩む人が多い気がしていたからです。

私自身、自分とまったく関係がない他人の話でも、浮気をしたとか、恋人や奥さんがいるのに風俗にいったなんていう話を聞くと、

「成敗してくれるわぁ!!!」

という勢いで激怒し、とても冷静でいられないという古風さ?堅苦しさ?融通のきかなさ?があるんですよ。

本命の相手がいるのに平気で浮気したり風俗いったりするほうがアタリマエじゃん?といった周囲の有様を見ていて、ショックを受けたというか、むかむかする憤りを募らせていってしまっていたんです。

自分のなかの、その偏狭な思い込みを、解消したかったというのが読んだ動機です。
創造主に聞いたら「この本を読むのがいい」と言われまして。

読んだらほんとに、晴れ晴れした。

結局、人って、誰かと結婚していようがいまいが、誰とでもセックスできるし、したいものなんですね。そして、そうあるほうが自然なんだな、と。

そこに、道徳とか倫理とか法律とか世間の風潮といった、「本来の人間のありのままの姿を否定して、画一化された思想で縛ろうとする」概念が入り込んできて、それに締め付けられる分だけ苦しくなる、という図式ですな。

なかには

「そうは言っても、昔そういう風習があったからって、なんで浮気や不倫、風俗通いをする人への怒りが消えるわけ?理屈が通らないじゃない!」

と思う人もいるかもしれません。

「私はこんな本を読んで昔がそうだったからということがわかっただけでは、やはり不倫などをする人は許せない」

と思う人もいるでしょうね。

そういう人は、イシューの根っこが別のところにあるんでしょう。

ただ少なくとも、私の場合は、解消できてしまいました。

というのは、「浮気や不倫、風俗通いは罪なことである。あるまじきことである」というのが私自身の思考というよりは、遺伝や過去生から来ており、結局は思い込みにすぎないとわかったからです。
(これがもし今回の人生での経験を通じてそう思った(≒シータヒーリングにいう『思考の核レベルに思い込みが入っている』)度合いが高いと、なかなか納得できないかもしれません。その点、私は自分の考えとしては『べつにヤりたきゃヤれば?』というスタンスだったので、遺伝と過去生のレベルさえ解決してしまえば、なんとも思わずに済んだという次第です)



もちろん、一般的な常識に照らしてみても、昔そうだったから今もやってよいとは一概には言えないし、創造主の観点からみればそりゃ何だってやりたい放題だとはいえ、みずからの信念でたとえば「浮気はしない」などの信条を貫くことの素晴らしさもあると思います。

だから、誰とでもどんなセックスでもいつでもやりたいようにやればよいという思想を推奨したり、そう思うことがもっとも良い事なのだとは、とても言えません。言うつもりもありません。

ただね。

性について、あまりにも現代の凝り固まった、過剰なタブー観(と、そのタブーを破った実感からくる罪悪感・背徳観)に苛まれてるなと感じる人には、視野を拡げる意味で、何か発見があるかもしれません。

私の場合、周囲で平気で浮気や不倫、乱交パーティに性風俗とゴージャスに色恋沙汰を堂々と生き甲斐をもってやりまくってる人たちのことを、許せるようになりました。

「この人の先祖が、この本に書かれてるような文化のなかで何代も生きたとしたら、遺伝レベルで『夜這いは当然。他人の女だって食っても問題ない』という思考が強固に当然の真実として入っていてもおかしくないな。その信念に沿ってこの人がこんなふうにほうぼうで女を食い散らかして色情の限りを尽くしてこんなに嬉しそうにしているとしても、何もおかしいことはないんだ。この人にとってはそれが真実なのだから」

と、寛い心で(苦笑)見られるようになりました。

もちろん、尊敬はしませんけどね。男としても女としても、そういう人のことは、個人的な信念としては

「ふざけんな」

というスタンスでいるのは間違いありません。
(ただ、それは個人的な信念の話であって、もうそういう人への憤りは感じなくなりました。たぶんw)

P.S
1つだけ、私ごときがこの本にモノ申すとすれば、

「必ずしもどこでもそうだ、とは言いきれないんじゃない?」

ということを、自分が見聞きした範囲内の情報なり経験だけで

「〜〜は、こういうものなのだ」

と断言する箇所がやたら多いなということ。

学術論文に求められるような客観性は、あんまり期待せず、あくまでエッセイとして読んだほうがいいかも。
つか、この記事を読んだからってわざわざこの本まで買って読む人なんかどれだけいるんでしょうねw
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