たった1人を癒すなんて効率が悪い!?

「とりあえず、ヒーリングの講座を修了したんで、ヒーラーですって言って活動を始められる要件は揃ったんですけど、いちいち1人の客を相手にセッションでチマチマ稼ぐのって、面倒くさいじゃないですか。長時間働くわりにはたいして稼げなくて馬鹿らしい。だから、セミナーを大々的に開催して、短期間でチャチャっとガッポリ稼ぎたいんです」

という人、わりといますよね。

それはそれでいいと思います。個々人のスタンスなので。

私の場合は、面倒くさいとか馬鹿げているとまでは思わないのですが「非効率」な感じは以前、していました。

どうせなら、大勢の人が癒えたり良い方に変わったりする場を提供したほうが、報酬もさることながら「自分がした仕事が世の中に与えた貢献度」が大きいんじゃないかという感じがしたのです。

この考えがまったく間違っているとは、今も思ってはいません。

ただ、

「大勢を癒したほうが、たった1人を癒すよりも絶対に良い」とは思わなくなった

のは事実です。

これはよく言われることですが、ナチスドイツのリーダーだったあのヒトラーがもし、幸福な家庭で愛情いっぱいの幼少期を送り、学生時代には素晴らしい友達に囲まれ、絵の才能を評価され、意中の女性への恋慕が実っていたら……。歴史はどうなっていたでしょうね。

ってことなんですよ。

たった1人の人間の、ほんの些細な出来事(やその体験から感じたこと)が、世界を変えてしまう

ことは、よくあることです。

たまたまその人が有名だったかそうでなかったかという違いがあるだけで、実は世界に大きな影響を与えるような行動を起こしている人というのは、見渡せばわんさといます。
(むしろ、有名無名・何か優れた一芸があるかどうか・社会的地位が高く権力を持っているかどうかに関わらず、この世界は生きている生命すべて、とりわけ人間社会は人間1人1人の動きで決まってくるので、『世界を変えるうえで重要でない人/世界を動かすことに関係してない人』などいないのですがw)

私の元を訪れるクライアントの方々には、それこそ政治家や大企業の経営陣といった「わかりやすい、(権力を持っているという意味での)ビッグ」な人もいれば、プロもアマチュアも含めて作家やアーティスト、パフォーマーといった芸術家に分類される人もいます。

そこまで顕著な特徴でなくとも、子育てや一般企業での仕事の悩み・転職などそれぞれの人が自分なりの課題と向き合っている様子を、見させていただいています。

そのどれもが私からすれば世界にとって重要に見えるし、

「一庶民のチンケな悩みなんて、世界からすれば、どうでもいいこと」

とは(以前は感じていましたが)感じなくなりました。

事実上、いわゆる「偉人」として世界を動かすほどの功績を残す人はひと握り、なのかもしれませんが、その人がそれだけの功績を打ち立てるためには、それこそ母親がちゃんと妊娠期間を乗り切って出産し、周囲の人々みんなで世話をして養育も教育も受けさせて……と、膨大な「コスト」がかかります。
あとで偉大なことを成し遂げる赤ん坊が1人産まれればそれだけでいいというわけではありません。その人に直接的・間接的に影響を与えるすべての人間の働きが重要になってきます。
どれが欠けてもいけないんです。

もし、目の前に現れたクライアントに対して

「たいした実力も持っていない、無名の一般庶民。こんな人間の些細な悩みの相手をするのは、自分がヒーラーとしてできる最大の貢献に比べたらちっぽけなものだ」

というような感慨を抱くとしたら、思考のワークをする意義は大きいかもしれません。

(もちろん『べつに私はそういう考えを悪いと思わないし、この路線を修正も変更もする必要性・意向をまったく感じない』というならどうぞどうぞ)

そんなわけで、自分は個人セッション1回1回を貴重な一期一会を捉えて、やってます。

(ただ、『依頼があればなんでもいいから受ける』というスタンスではなくて、『この人からの今回の依頼に応えるのは最高最善でない』という結果を創造主から得た場合にはお断りさせていただいています。

この、『断る』という選択肢を大切にしているからこそ、『引き受けたからには、全力で真剣に対応する』というスタンスを貫けるということでもあるのです、私にとって)
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