「できない」じゃなくて「やる」

前に紹介した、ジェームス・スキナー氏の著書「あなたの夢を現実化させる成功の9ステップ (幻冬舎文庫)」で、面白いエピソードがありました。

金持ち父さん貧乏父さん」で有名なロバート・キヨサキ氏が東京に来てスキナー氏らと会食をしているとき、不動産物件についての資料を手渡し

「このなかから優良物件と思うものを見つけなさい」

と言ったそうなんです。

で、それを手渡された日本人たちは英語ができず、渡された資料は英語で書いてあった、と。

で、皆が英語ができないのを理由に物件の選定をせず、キヨサキ氏は激怒したそうです。

できないじゃなくて、やるんだ、と。
自分が英語できないなら、知り合いの英語ができる人に聞けばいいじゃないか、と。

これって考えさせられるなぁ、と思います。

というか、自分自身はどちらかというと、そうしないと生き残れない(←といったら大袈裟ですが)環境で生きてきたので(特に大学〜会社員時代)、それをしないほうがどうかしている、というマインドになっているのですが、世間一般ではどちらかというと、

「できないことは、やらない」

というほうが一般的なのでしょうね。

でも、自分が成功したい・うまくなりたい・手に入れたいと思うものに有用なのに

「いま、できないから、やらない。→いつまでたっても、やらない→一生できないまま→夢は実現しない」

という流れにハマっていってしまったとしたら、どうでしょう。

始めるときはワクワクもしますが、ぜんぜんうまくできないので、

「こんなことをいまさら、ゼロから始めたって時間の無駄」

などと、始めたことを間違いだと判断したがる考えがよぎります。

続けるとなったら、なおさら。

「こんなこと続けて、なんになるの?」

という迷いやしらけ、自嘲、怒りは、油断するといつでも瞬時に訪れます。
(『なんになるの』と言ってる時点で終わってるんですけどね。自然と何か役に立っていくのを待ってる。そうじゃないんです。『何か役に立ててみせる!成功するための武器に仕立て上げて使いこなしてやる!』が正解)

でも、いまから始めて、2年後、3年後、もしくは5年後、10年後を想像してみてください。

大人の1年って、よくも悪くもあっという間ですよね?

いま始めて継続したときに迎える○年後は、そうしないで迎える○年後と比べてどう感じますか?

ちなみに私は3年前、英語がからっきしできませんでした。英語がからっきしできない友人と、

「英語なんてできないよね。いまさらやっても遅いよね」

と愚痴をこぼしあって自分たちを正当化していました。

でも私は英語をやりました。

いま、その友人と会うと、友人は言います。

「英語なんてできないよね。いまさらやっても遅いよね」

P.S
とはいえ、なんでもかんでも「やる」一辺倒もどうかと思います。

やる、やらないの選択は重要です。
人生は負け犬として生きるには長過ぎますが、成功を掴もうとして生きると途端に短く感じられるものだからです。
(あなたはどっちですか?)

やるべきでないことをリストアップして、「ちゃんと、やらない」のはとても大切なことですよね。

ただ、何をやるかやらないかをきちんとリストアップできているかが重要だと感じます。

私の場合、やらないと決めたことは無数にあるのですが、たとえば麻雀・賭け事全般(競馬やパチンコなど)・有料の性風俗サービスの利用・ゴルフ・etcと、聞く人が聞いたら

「男としての人生の喜びの半分以上を味わえてないってことか?」

と言われてしまいそうですがw、自分が目指す成功を掴み&キープするうえで無用と判断した(&自分でも特にやりたいと感じない)ので、そうしています。

そういうふうにして、

「みんなやるもので、やったらやったでそれなりに楽しくて充実はするけど、ほかならぬ自分には必要ないからやらないと判断した」

ことをやらない時間を、自分がやるときめたことに充てるわけです。

生まれつき何をやってもパーフェクトにできてしまう、能力の高い人はもっとラクに効率よく物事を成し遂げていってしまうのかもしれませんが、私のような凡人は、こういう工夫でもしないと、とてもとても。
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