DNAの対話力が上がってきてる!

弦楽器もともと苦手意識強かったんですが、去年からいろいろ始めた楽器のなかでチェロだけなかなか上達しませんでした。

もろもろ忙しくて&苦手で上達しないので、チェロの練習はサボりがちで……というか、

あまりにも上手くならないから辞めたほうがいいのかも

というところまでいってましたw
(特に、笛とハープの上達がやたら早いので、余計にチェロのうまくいかなさが際立って痛かった)

ところが先日、チャイコフスキーコンクールの優勝者たち(ピアノ部門/ヴァイオリン部門/チェロ部門)によるガラ・コンサートに出向いたのですが、これまで聴きにいったどのコンサートよりもすごい体験をしたんです。

演奏者のオーラが神聖幾何学の渦になって
体感&ビジュアルでビシバシ感じ取れた


んですよね。

まるで朝日を浴びたときみたいに、みるみる全身にエネルギーが行き渡って目が冴えてくるというような。

これはもう、曲の演奏が素晴らしいから感動したとか、そういう次元をはるかに越えていました。

それでこのとき、後からわかったことですが、目に見えない変化が現れていたんですね。
まるで、本人は気づいていなくても紫外線に当たれば肌が自然と日焼けするかのように。

コンサートの翌々日、ろくすっぽ練習時間もとれないままレッスンを迎え、「(あまりにも曲ができていないので)欠席したい……」という気持ちを抱えてどうにか教室に赴くと、

これまでどう頑張っても無理だったのに、
美しい音色で曲をスラスラ弾けるように
なっていた


んです。

「それはレミニセンス現象だろう?」

とおっしゃる人もいるかもしれません。実際、そうかもしれません。

でもとにかく、前回のレッスンまでの自分を遥かに遥かに凌ぐ上達ぶりで、自分で驚いてしまいました。

これがレミニセンス現象でないなと自覚できたのは、それからです。

先生がレッスン中に何を感じ取っているか、どう弾けとアドバイスしているのかが、まるで思考やオーラを霊視しているかのように、まるで感覚を共有しているかのようにカラダで理解できたんです。

だから、(音楽のレッスン中のアドバイスはどうしたって抽象的になるものですが)わかりにくい表現でのアドバイスも、言われたそばから

「こうですか?」

とやると

「そう、それ!」

とツーカー。

しかも単に相手のニュアンスを汲み取れたというだけでなく、相手が培った「弾き方のノウハウやセンス」といったものが、自分の身体に染み渡っていくような感覚がありました。

まるで、

先生が持っている能力をコピーして自分が修得

しているみたいな感じでした。

そこまできてようやく、

自分は、交流を持った他人のDNAの情報を、これまでよりも格段に精確に素早く、自分のDNAに伝えてモノにすることができるようになってきているんだ

と気づきました。

それからは、それこそ居酒屋で知人と飲んでいるときにも、これまでなら

「はぁ?この人、なに言ってんの。価値観とか感覚、思考パターンが違いすぎて俺には理解できない」

と感じていたであろう話題などでも、話すそばから相手の感覚をDNAが写し取っていくような実感があり、

「あぁ、あなたがいま言ってるのは、『こんな感じ』ってことね?これまで自分は感じたことがなくてわからなかったけど、今はじめて感じたからわかった」

となるんです。

これは、「他人の話を聞いて自分が理解した結果、自分に新たな気づきがもたらされた」というのともぜんぜん違う実感があります。

本当に、自分ではない他の誰かが生きてきて培った身体感覚(やそれに紐づく思考パターン、想念エネルギーなど)が、自分のものになる感じがするんです。

もしかするとこの感覚は、もともと子供の頃からアタリマエのように持っていてできていて、だからこそ私がこんなことを書いても新鮮味を感じないという人もいるのかもしれません。

というか、

「お前、まさかこれまで、それをできなかったの?」

と感じるのかもしれません。

が、実際に私は、私個人のもろもろのイシューにより、「他人と感覚を共有する(感じあう、通じ合う)」といったことが壊滅的に下手で、人間関係をはじめとする社会生活には苦労してました。
他人から何かを教わっても、(しかもそれが工作や運動、芸事といった身体を使ったパフォーマンスが絡むものだと特に)チンプンカンプンでした。

それが、ようやくできるようになったよ……。

これで音楽はもとより、お芝居の演技力など、自分がいくら凄腕の先生から教わってもからっきし感覚を掴めなかった実技系各種のスキルが格段に伸びるといいなぁと思います。



それに加えて、他人のDNAの情報を自分に組み込む恩恵って、ほんとに大きい感じがします。

たとえば、ウマが合う合わないって、あるじゃないですか。

生理的にこの人はぜったい無理!
どう頑張っても仲良くできない!
強引に笑顔つくって会話しても
すぐ沈黙が訪れて対処不可能!!


っていうやつ。

もしくは

自分は相手のこと平気だけど、相手がとにかく自分を生理的に毛嫌いして拒絶してくる

なんてのもありますよね。

それが、ガラっと変わるんです。

前までぜんぜんソリが合わなかった人と急に接点が見つかってうまくいったり。

あと、特定の個人というわけではないけれど、

この手のタイプって、俺のことを毛嫌いしてくるんだよな

と感じる系統の人たちっているじゃないですか。

そういう人たちの反応も変わるというか。

すごーく大雑把に、そして同時に最もしっくりくる表現でいうと

人間としての器が大きくなった

実感があるんです。

たぶん、大なり小なり、なんらかのグループや団体で「長(おさ)」として選ばれる人というのは、本人や周囲が無自覚なのかもしれないけど事実上、

その集団に属するメンバーのDNAをほぼすべて取り込むことに成功している人

だったりもするのかもなぁ、と感じました。

じゃないと、いわゆる「大勢」から支持されるのって、非現実的に感じるんですよね。

自分のDNAをこの人に感じる、という親近感を、メンバーそれぞれが持つとかじゃないと、1人の人に選挙などで票が集まるというのが成立しにくいというか。

(そして、選ばれたリーダーを悪く言う人は、その人自身がそのグループでわりと孤立していたりして、そのグループの面々のDNAを取り込めていないのかも、とも)

あー、これってよく考えたら、人なら誰でもできてアタリマエの能力なのに、私が「障害を持っていた」的にできてなかっただけの話なのかも。

「なにを初歩的なこと言ってんだオマエは。そんなのみんな知ってるし、できてるぞ」

と感じたらごめんなさい。
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