霊界or天界からの、この世への干渉

この世は、いま現在生きている人間だけでなく、俗に「あの世」と呼ばれる霊界や、宗教上で神とされるような存在たちが集う天界とでも呼ぶべきエリアと、密接に連動して動いています。
(シータヒーリングだと、それを『第四層』『第五層』と呼んだりします)

で、霊界にいる霊というのは、種類いろいろありますが私たちと同様にこの世を生きて死んだ霊のこともあります。
それらが、「この世をどう運営していくか委員会」というようなものを形成して、良くも悪くも、現世の人間社会に干渉してきます。

ちまちまとした例を挙げると、

「次の総理大臣は、どんな奴がいいだろうね?そのために、どんな奴(←生きた人間たちのこと)にどんな根回しをしていこうか」

というような大きいっぽいことから、

「この会社のこの部署には、4~6年後くらいに優秀な人材を特に集結させることが国全体にとっても有益である。そのため、この会社に就職するのが望ましい若者に働きかけ、難関大学へ合格させ、この会社に就職するよう働きかけよう」

というような個人レベルにまで、その干渉は及びます。

企業などでは「A社の代表取締役」という霊の集合意識体のようなものがずっと君臨していて、新しい(生きた人間の)代表取締役が就任するや否や、その人間に憑依して、半ば人格を乗っ取り、数十~数百年以上にも及んでその組織体の舵取りをすることもあります。
(こうした霊の集合意識体とでもいうべき存在は、学校のクラブ活動のような小規模なものにもそれは存在します。よくありませんか?役職に就任したら、人が変わったようになってしまい、退任したら元に戻った、という例)

あんまり言いたくありませんが、霊界のこうした干渉は、「隠居したくせにいつまでもデカい面をして現場に口うるさく指示を出して権力を振るう、こまった先輩」的な要素が多分にあるように感じています。

霊界の組合の指令は、人間たちをときに狂信的な熱意や結束、義務感をいだかせることで束ね、組織や業界といった「その集団ならではの個性・進もうとする方向性」をもったグループを形成させることで、人間界に浸透していくことが多いようです。

たとえばマスコミにウケがいい人や、わりと大きな事件なのにスルーされることがあります。一方で、たいしたことでもないのに、それがまるで一大事であるかのように騒がれ、糾弾されてしまう人や事件もあります。

もちろん、現世的な視点でみれば、なんらかの因果関係は認めようと思えば認められるでしょうけど、そこには

「業界のトップに憑依して君臨する、霊界の霊たちの集合意識の逆鱗に触れた」

かどうかという違いが、実は存在しているのです。

霊というと日本では「ホトケさん」と言って、何もかもを悟った清廉潔白な存在だと思う人もいるみたいですが、実態は、人間として生きてたときとほとんど変わってない場合が多いですw

わりと、自分たちのエゴや、必ずしも最高の真実とはいえない信念に根ざして、善かれと思って人間界を「導いてやる」というつもりで、ありがた迷惑なくらいに干渉して好き勝手、引っ掻き回す傾向にある気が。


天界の存在たちは、その存在が天界と呼ばれるエリアのなかでさらにどの階級にいるかによっても性質が異なるのですが、おしなべて霊界の存在たちよりはもう少し高い視点というか、エネルギーでモノを見ていろいろ言ってくることが多いです。

単純な例を言うなら、霊界の存在なら「アイスクリームを食べろ!」と促すところを、天界の存在であれば、

「300kcal相当の、糖分をこれくらい、脂肪分をこれくらい含んだ食物を食べるとよい。食べる食材自体は、条件を満たしていればなんでもいいのだけれど」

という感じに促してきます。個々のこまかい事象云々ではなくて、もっと大きな視点で、エネルギーの動きについて配慮する傾向があります。

(ただし、天界の存在とはいえ、個々人の主義志向、人間へのアプローチ方法、どの程度、自分のエゴを紛れ込ませてしまうかor創造主の叡智を歪みなく伝えて謙虚に啓示を与えるに留めるか、などは異なります)


まあ、どっちにせよ

ああだこうだ、人間のやることに口を出してくる

わけですな。

それはもちろん、常に必ず迷惑というわけではないし、むしろこれまでこの世界が今回の人類を主導に発展してくるなかで、重要な役割を果たしていることは間違いありません。

また今後も、折りにふれてそうした霊界や天界からの干渉が、恩恵としてこの世に(生きる人間に)とって有益な場合も数多くあるでしょう。

まぁ、そんな仕組みがあって、この世は動いているみたいですよ?



さて、前置き終わり(長過ぎる!!)。

でさ、ここまで読んだ人はわかると思うけど、私たちが意識できていなくとも(←よほどナチュラルサイキックでなければ気づかないのが普通かとw)、見えない存在たちは、いろいろ干渉してきてるわけです。日常的に。

私の場合は、自分の指導霊たちともいえる存在たちから、家庭教師ばりに入れ替わり立ち代わり、いろんなことを教わっていたのですが、「霊界がこの世界にどんなふうに干渉するものなのか」を強く感じたのは、高校3年生の秋ごろ、そして声優の養成所に通おうと銀行を辞めたときでした。

まず高校3年生のときの話から。

バンドでプロデビューして東京へ上京し、バンドのメンバーたちと同居生活を続けながらブレイクして売れるのを狙う……という、当初、私としてはかなり本気で思い描いていた進路が、あれよあれよという間に立ち消えになり(メンバーのみんなが『よく考えたらさ、バンドで売れるなんて、無理じゃね?』とビビって、就職なり専門学校だかの進学なりへ鞍替えしてしまった)、途方に暮れてしまいました。

自分が通っていた高校は、さほど偏差値は高くないけれど、とりあえず四年制の大学と名のつく学校にはみんなどこかしっか進学するという感じだったので、

「じゃあ、、、とりあえず自分も大学に進学して、様子を見るか」

となったのでした。

バンドの練習と演劇のレッスンに明け暮れて、まったく勉強らしきものをしたことがなかった(教科書を開くと、卒業間際になっても『ペリペリ』と、新しい教科書を開くとき特有のあの音がするほどだった)わりには、たぶんどこでも受ければ受かるだろうなという程度には学力を養えていた自分は(まだネットもなかった頃で情報はかなり限られていたので)、

・東大
・京大
・早稲田
・慶応

のどれかにしようと、なんとなく思い立ちました。

ミーハーなので&勉強するために進学するわけじゃないので&会社員として就職する気もなかったので「就職に有利」かどうかもどうでもよかったので、自分がいいなぁと思って憧れたり尊敬している有名人の学歴を片っ端から調べ上げて、なんとなく「自分が身にまとっていい感じだと感じるブランド」として学歴を捉えている側面が大きかったり。

で、真っ先に候補から消えたのが京大。
理由は単純で、父親が「俺は、自分の息子が京大になんか入れたら、嬉しいなぁ」と言っていたから。
当時、私は父親を激しく憎んでいたので、父親を喜ばせることは、何一つしたくなかったのです。
あとは、私にとって大学進学とは「とにかく東京へ上京するための口実」でしかなかったので、関西にあるという時点でNGでした。

続いて消えたのが慶応。
その頃、慶応幼稚舎を受験する子供を持つ家庭を描いた「スウィート・ホーム」というドラマを見ていて、なんかめんどくさそうだと感じたからです。
いや、ドラマの設定自体は架空でも、そういう「幼稚舎からの生え抜き」がドカッと固まっているところへ、大学受験で「外部から、よそ者として」入っていくというのが、カルチャー面で鬱陶しそうだなと思ったんです。

そんなわけで、東大と早稲田が残りました。

学力の面でいえば東大でも問題なかったのですが、問題なのは履修科目。
レベルの高い進学校ではないので、東大を受けるのに必要な科目を学校で全部、教えてもらえてなかったんです。
だから、東大を受けるとすると、自力でイチから、物理などを勉強しはじめなくてはならない!

しかし、かといって早稲田となると、今度はあまりにも偏差値が低すぎて入試問題がカンタンすぎ!!

この中間のレベルの学校ってないんだろうかと、かなり困ったのを覚えています。

なので、ナチュラルサイキックとして使っていたチャネリング能力を使って、指導霊たちのアドバイスをもらうことに。

すると、

「東大に進学すれば、あなたは堅実な、いわゆるエリートコースを歩むでしょう。世間一般より経済的にも社会的地位の面でも上流とされるところで安定した、官僚など公務員の職に就いて定年まで勤めあげるでしょうね。その過程でも、さまざまな経験による豊かな喜びの実感や成長の機会は、あります。

一方、早稲田に進学したなら、あなたは今の自分では予想もできないほどの、たくさんの変化を経験し、柔軟に、一般的な考えは及びもつかないような道を切り拓いていく人生を送ることでしょう」

という答え。

言葉としてメッセージを聞くのと同時に、「どんな感じか」もエネルギーで感じ取りました。

東大に進んだ場合のほうが、その時点の私からみて、頼もしく、安心できる雰囲気でした。
毎月かならず決まったお金が入ってきて、社会の荒波から守ってくれる防波堤の内側で、安心して生きていける。
それはとても幸せなことだと感じました。

一方、早稲田に進んだ場合は、「自殺行為」とも呼べるほどあやふやで不安定のように感じ、まるで無重力空間に放り出されたみたいに頼りない、未知の感覚がありました。その過程で、これまで経験したことがないほどの大きな痛みと苦しみ、絶望、無力感etcを味わうのであろうことも、なんとなくわかりました。
それは、なんだかんだいって帰る家とじゅうぶんな食べ物とあたたかい寝床があり、親をなんとなく頼りにして生きている子供からすれば、ものすごい恐怖と不安を呼び起こすのに充分なものでした。

「いったい自分は、どんなふうになっていってしまうんだろう」

“先が見えない”というのが、これほど怖いことなのかと初めてリアルに自覚した瞬間でした。

それは同時に、答えがはっきり見えた瞬間でもありました。

「早稲田にします」

指導霊にそう告げるとき、個人的にはミヒャエル・エンデの「はてしない物語」に出てくる女王「幼心の君」が、ほかの可能性をすべて捨ててバスチアンに名前を言ってもらうよう願い出るシーンを重ねていました。

「わかりました」

指導霊がそう告げて、途方もなくたくさんのいろんな霊たちにそれが通達され、ほうぼうでいろんな話し合いだかが開始されたのがわかりました。
(『えー?なんだよこれまで、こっちの言うこと聞いておとなしく官僚になってくれると思ったから、いろいろ世話してやったのにぃ~』と残念がる霊たちもいました)

自分をとりまく見えないエネルギーも変わっていき、早稲田に入学するルートに繋がって風が吹いた感覚がありました。
同時に、子供の頃から特段の努力をしなくてもなんでもかんでも過剰によくできた能力の源泉ともいえるエネルギーのいくつかが「もう用済みでしょ?」とばかりに、抜けていってしまうのも感じました。

「どういうこと?なんで能力が失われるの?」

と霊たちに尋ねると、

「あなたに授けられた音楽の能力は、あなたがミュージシャンとして成功をおさめることで、多くの人のエネルギー活性化に寄与するうえで有益だから与えられたもの。あなたがミュージシャンになる道を諦める以上、その恩恵は返してもらいます。別の人のところへ届けます」

「あなたに授けられた学習能力は、あなたが東大を経て官僚としてこの国の運営に奉仕するうえで有益だから与えられたもの。あなたがその道を諦める以上、その恩恵は返してもらいます」

とのお答え。

へぇー、そういうものなんだぁ。。。
(注:すべてがそう、というわけではなくて、それまでの過去生も含めた生き方のなかで、契約なども含めて第四層、第五層から特別に手厚く恩恵を受けられるように設定されたエネルギーは抜けることもある、というだけです。ちなみに、過去生なども含めて『来世で信じられない大成功を(霊界や天界の加護によって)成し遂げるという設定のため、億万長者や有名人としてブレイク成功……となっている人たちは、わりといます)

不思議と残念な気はしなくて、事実、それっきりピアノは弾けなくなり(指は動くんだけど、芸術的な『いい感じ』をもはや出せなくなってしまった)、新しく何かを勉強しようとしても、からっきし頭に入って来ないようになってしまいました。

でもって早稲田にはつつがなく受かり、上京。
まだこの時点では、ナチュラルサイキックとして個人的に経験したり指導霊に教わったりした叡智しか持っていないので、人間というのは、霊界の偉大なる意思を体現するための駒としての要素が多分にあるのかぁ、、、と、ぼんやり考えた程度でした。
(指導霊は、ありとあらゆる叡智を、それこそ創造主の観点から見たこの世界のすべてを教えてくれるわけではなく、たとえば小学校の担任の先生が率先して性教育は行わないのと同じように、その時点の私にとってダイレクトに役立つ知識なりしか教えてくれませんでした。それはそれでベストだったのでしょう)


2回目に大きく、霊界の関与を感じたのは、銀行を辞めて声優の養成所に通おうとする時期でした。

26歳当時の私は、自分の意見をすべて殺してひたすら、(指導霊というわけではなく、ナチュラルサイキックとして私が遭遇する海千山千の)霊たちの意向に従うように生きて、次から次へと都合よく出してくる無理難題や試練の千本ノックに耐えていました。
死んでもやりたくないと感じて、実際、なんの興味も持てないコンピュータの仕事に就くハメになり(せっかく『理数系が苦手です』と看做されやすい私立文系大学を卒業したのになんてことだ)、過労と自分の思い通りの人生が送れないストレス、陰湿な社内いじめ(のような、その会社特有のどんよりねっとりした仕事の動き)などが相次いで、アトピーは酷くなるわ頭髪は抜け落ちて若ハゲ化するわ鬱ぎみでキーボードを打とうと決意してから実行に移すまで3時間かかったりで、大変なことになっていました。

「こんな日々が定年まで続くなら、いっそ死んだほうがましだ」

と思い、でも死ぬ覚悟があるなら霊たちに直談判する決意もあるだろう、ということで、勤めていた銀行を辞めて、声優の事務所に入ってやると霊界に向かって大声で叫びました。

実は、入社した会社が「ハズレた!」と思った時点で、声優の養成所に進路変更する考えは持っていましたが、霊たちが駄目と言うので我慢していました。
こっそり実行に移そうとしても、霊たちに邪魔されて、うまく入所へこぎつけられなかったのです。
大手の声優養成所は、当時は入所規定を、緩くとも「25歳まで」としており、どうにか霊たちを説得したり邪魔を振り切ろうとあがいてみましたが、どうすることもできずに26歳になってしまったというわけです。
(つまり普通に考えれば、26歳で声優養成所に入るとしても、それは『養成所側からみた、金蔓(かねづる)』でしかなく、事務所への所属→プロデビューという道は無いという、不毛な選択といえるのです)

でも、こんな生活が続くくらいなら。

霊たちが「まぁまぁ、おさえて」ととりなしたり、脅して私をおとなしくさせようとしてきたりしても、今度はひるみませんでした。

あまりに強く私が念じ続けたことで、霊たちが折れる形となり、これまた大きな大きな、エネルギーの渦の変化が数週間かけて起きました。
どうやら、厭だ厭だといって勤めている当時の会社、どうにかずっと勤めれば、そのうち私はそこで出世なりを実現して、なんだかんだいって安定した社会的地位と勤労による社会貢献がそこそこ以上にできる見込みだったみたいなんです。
(たしかに、私は厭で辞めたくて仕方がなかったのに、同期がまだコピー取りしか任されていないような段階で、勤続10年以上のベテラン社員でも任せてもらえないような大きなプロジェクトの責任者に抜擢されたりと、表向きは『異例ともいえるほどの、出世街道まっしぐら』な路線を突っ走れていたのでした)

なので、そうした未来につながる設定各種を霊たちがキャンセルし、新しく声優養成所に通った場合の私の人生でコーディネートすべき部分をあれこれやっていたみたいなんですね。

で、自宅から徒歩で10分程度のところに実はあった養成所(←私が調べなかっただけだけど、以前からあり、そこそこ以上に有名だったらしい)に気づき、そこを受け、受かり、入所した、と。
さらに、事務所に所属する目処もないまま養成所の卒業を間近に控えて途方に暮れていたところ、なんと新しい声優事務所が発足して、年齢制限なく所属タレントを募集するという案内を偶然、発見。ダメモトでオーディション(という名の面接)を受けに行ったら、意外や意外、その場で「採用」。
事務所に所属できたとはいえ、給料制ではなく出来高制なので、仕事をこなさなくては1円も稼げない。
それでバイトでも、、、と思ってテキトーにバイト先を探していたら、雑誌編集者アシスタント募集の求人広告が。
で、バイトの面接だしなァ、、、と思って気楽に出かけていったら、なぜか面接官(←実は当時の雑誌の編集長)がいたく私を気に入り、経営陣に「すごい優秀な奴がきた」と触れ込んでくれて、(私が来る前に数十人も雑誌編集経験者が面接を受けに来て全員、不採用になっていたのに)未経験者であるにもかかわらず、あっさり採用。しかもバイトじゃなく正社員で、さらに役職までついているという展開。
正社員だと声優の仕事と両立できない、、、と思いきや、雑誌の編集部は勤怠管理があってないようなもので、会社の仕事をしていても1日中、取材であちこち駆けずり回っていて誰がいまどこにいるかなんて誰も気にしていない有様。
なので、どうにかプロデビューにこぎつけた初期の声優としての仕事も、なんの問題なくクリアできてしまったというわけ。

えーーーーーー!?

って感じでした。

人間は霊界の偉大なる存在たちの駒なのだから、なんでもいうことを聞いてペコペコ従わなければいけないのだと思っていたけれど、なんか違うっぽいぞ?と本格的に思えた出来事でした。

このほかにも、こまかいのを挙げればきりがありませんが、まぁこんな感じかなー?


いま思えば私は、霊界とのつながりを過剰に捉えすぎていたのかもしれないし、また付き合い方もうまくなかったのかもしれません。

もしかしたら、もっとスムーズに、過剰なネガティブ体験をすることもなく、豊かな実りと、もっと大きな成功が実現できた可能性があったのかもしれません。

でも、それを悔やんでも仕方ない。

大事なのは、どんな経緯があったにせよ、霊界とも天界とも影響に「呑まれる」ことなく創造主の観点でそうした事象を捉える叡智を手に入れる機会に恵まれたということだと思っています。

もちろん、「霊界?なにそれ?よくわかんない」という人が、何か先進的なスピリチュアリティの学びをスムーズに手に入れるケースも、あるにはあるでしょう。

でも、私のなかでは、生きた人間からは特段、何も教わることなく、霊たちとの直接の交流を通じて、霊とは何か、霊界とは何かについて考え、迷い、やがていよいよ真実を知り、これまでの体験のすべてに納得がいくという「収穫(豊かさ!豊かさ!)」ができたことは、確かに大きな恩恵だったなぁと、ちょっと誇らしくも思ったりして。

人生って、うまーくできてんだねぇー。(←〆め方が雑すぎるにも程がある!w)
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