【実験】まったく準備が整ってない人がシータヒーリングを知ると?

悪趣味すぎるかなぁ?

いっときますが3年以上も前の話ですよ?(←お前それ時効のつもりで言ってんの?w)

当時、シータヒーリングを習い立てでインストラクターも取得したてで、

「これはすごいツールだ!」

とは思ったものの、人によっては良さを理解できない(=理解できる状態に到達していない)みたいだとも感じました。

で。

私は、ある実験をしました。

自己啓発寄りに、精神論的な意味合いでスピリチュアルにも若干、興味があり、でも思考パターンは(いわゆるそのへんの人たちと同様な程度には)ブロック満載。おまけに、どうしたって真実を認めないという悪魔的な呪いだの「私だけは特別だ。遂行すべき使命がある尊い存在だ」という第四層バリバリの思考や契約、誓いにがんじがらめになっている人(男性)に、シータヒーリングの本を渡したんです。

勉強家の彼は、喜んで本を読んだ模様。。。

さて、どうなったでしょう?

ヒントは「どうしたって真実を認めない」+「私だけは特別だ」が両方、入っているという点です。

ある程度、予想つきましたでしょうかね。

はい、答えは……。

「シータヒーリングを通じて創造主からもたらされる真実を『知ったうえで』、『(無尽蔵に)反発して嫌悪する感情を抱く思考プログラムがその人のなかで当然のなりゆきとして新たに成立し』、『創造主の定義&観点での真実“だけ”をピンポイントに漏れなく見抜いたうえで、否定して反発して攻撃し、みずからの人生を通じて“創造主(&創造主が創り出したこの世界)への反逆者”として生きる』という信念に沿って生きるようになった」

です。

彼とはたまに連絡をとったり、実際に会ったりして経過を観察したのですが、会うたびに人相から言動から雰囲気、性格、そして体型に至るまで、数ヶ月のうちに劇的な変化をしていて、あまりの変貌ぶりに驚かされました。

あまり克明に書いてもアレなので抽象的に言うと、はじめはちょっとプライド高いだけでわりと普通ぽい好青年だったのに、どんどんドラゴンボールに出てくるドドリアみたいになっていったんです(外見も内面も)。

もうすこし具体的に言うと、たとえば「仕事がデキる人はみんな、身体を鍛えている」という自己啓発寄りな人がわりと意識する概念がありますよね?そこから、真実をすべて排除して捉えるので、無限に体重を増やしてバルキーになっていくことを狂信的に目指すという意味合いで彼は捉えたみたいなんです。
でも、アメリカ人のボディビルダーのような巨漢には、日本人がそうそう到達できるわけもなく。結果として彼は、体重110kgを超える、ただの肥満体になっていきました。(それでも彼自身は『まだまだ大きくならなくては』とスポ根ドラマの主人公よろしく、本人いわく『前向きな情熱』で、さらに体重を増やしていく方向性だそうです)
ほか、「男は剛胆でなくては」という概念を、これまた真実をすべて抜いて捉えるので「大酒飲みであること=男らしさ」と捉えて酒量が増え、健康状態から生活リズムに至るまで、すべてがはちゃめちゃになっていきました。

他人と会話していても、誰かの発言のなかに少しでも真実味を感じ取ると途端に不機嫌になり、
「人ってのはぁ!どこまでもどこまでも苦労する。決して報われない道を、黙々と耐えて歩み続ける。それが美しいんだよ。楽しい気持ちだの愛なんてものは、人を堕落させるだけ。そもそも、この世には、愛なんて存在しない。そんなガキみたいな夢を見ているヒマがあったら働け。ひとつでも多くの苦労をしろ。それこそが人間としての真っ当な生き方だ」
というような、真実0%の主張を展開するように。
当然の如く、周囲からは「急に、とっつきにくくなった」と敬遠され、職場でもプライベートな人付き合いでも満遍なくギクシャクして。。。

あとは現代人にお決まりのパターン。
八方塞がりでどうしようもなくなり、心療内科だか精神科だかを受診するようになって抗鬱剤と入眠剤が手放せなくなり、まさにそうなっていくことこそ人間として成熟していくことだとどこか誇らしげ……というありがちなパターンの悪循環。負のスパイラルへ自ら望んで全力で突っ込んでいくように日々を送る、と。

(この彼に、もともと『真実を否定する』が入っていたにもかかわらず、私が渡したシータヒーリングの本を読むまではわりとフツーでいられたのは、良くも悪くも『何が真実なんだかわからない』状態にあったために、真実を否定するというプログラムがうまく機能していなかったんだと思います。しかし、シータヒーリングの本を読んでしまって、何が創造主の観点からみた真実なのかがわかってしまったことで、真実を否定することがとても上手にできるようになり、その結果、上記のような流れを経たという図式のようです)



やっぱり、物事っていうのはなんでもそうかもしれませんが、万人にとって必ず絶対に良いというわけではなくて、受け取る側の準備が整ってはじめて理解できるようになるものなんだなぁ、、、と。
(ヒーリングとは毛色が違いますが、子供が能だの歌舞伎だの演歌だのを見聞きしても、ほとんどの場合はたいして興味を示さないし理解もできないのと似ているかもしれません)

ここまで端的な例でなくとも、多かれ少なかれ、シータヒーリングの講座をちゃんと受け取る準備ができていないと、本人のなかで破綻が生じてきます。

基礎DNAは大丈夫でも、応用DNAになった途端(たいてい第四層~第五層の契約や宣誓らへんで)耐えられなくなり、シータヒーリングや創造主という概念への反発がとんでもないことになり、

「シータヒーリングなんて、大っ嫌い」

となってしまうケースは、わりとあります。

(ただ最近は、受講者のほうも賢くなりつつあり、『ちゃんとしたシータヒーリングを100%、受け取る準備も覚悟もできていない。でも興味があってシータヒーリングのクラスは受講したい。なので、“ちゃんとしてないシータヒーリングを、純度を下げて教えるインストラクターを(本能的に)探して見つけて、その人のもとで薄く浅い内容(で深層心理のブロックを刺激されることなく)で履修して修了証ゲット』という方法を採る人のほうが一般的みたいですね←それはそれでアリだと思います。たとえ片鱗でも、受け止められる分だけ受け止めて、準備が整い次第、無理なく少しずつ変化して真実を受け止められるようになっていければイイ!よね)

まぁそんな感じ。
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