自分の(たぶん)人生最大の悩み→解消!の顛末

先日のイニシエーション通過に際して解消できた、自分の人生最大の悩み事。

赤裸々にこういうことを書くのは、もしかすると世間的には「こっぱずかしいこと」なのかもしれないけど、シレッと書いてしまおうと思います。べつに個人的には、恥ずかしいことじゃないと思ってるので。

子供の頃から自分がずっと抱えてた悩みというのは、何を隠そう

子供を持って、自分が親になるのが厭

というものでした。

普通に考えたら、「なにそれ!?」って感じかもしれませんね。

でも自分にとっては、それこそ幼稚園に入る前あたり(つまり物心つくかつかないかの頃)からの気がかりな事で、なんでもかんでも「まかり間違って子供ができちゃって、自分が親になってしまう」ことを本気で、死ぬほどビクビクしてました。

わりと人から褒められる「優等生」的な子供だったのですが、誰かから何かで褒められるたびに、自分のなかで勝手に

「褒めたってことは、『将来、立派な親になって子供を育てるだけの資格がある。そうなっていけよ?期待してるからな』って意味? 厭ーーーーーー!!!」

と極端な拡大解釈をしてしまい、あわてて馬鹿なそぶりをして

「ほら?僕はね、ぜんぜん優秀なんかじゃないんだよ?とてもとても子供を持つなんて許されないような、駄目駄目なお馬鹿ちゃんなんだから」

と、その場を笑わせてお茶を濁し、周囲の大人を

「だめだこりゃ」

と苦笑させることでホッと溜め息をつく、、、というような、不毛で余計な一人芝居ふうなことばっかりやってました。
(そのためか子供の頃の私の(特に大人からの)評判は、『やたら頭がよくて何をやらせても完璧にできるわりには、とんでもないお調子ものでいつも馬鹿げたことばかり言う、変な奴』という路線でした)

この、

褒められると嬉しいことは嬉しいし、「自分がどこまで行けるのか試してみたい」という、子供にとっては本来、望ましいはずの、人生への前向きな姿勢



人生で成功してしまうことが「一人前の大人の証→親になってもよいという資格を得ること→まさか結婚して家庭を持つよね?的なプレッシャー→子供ができてしまい、自分が本当に親になってしまうこと」という思考の連鎖を呼び、恐怖のあまり、わざと失敗して「とても親にはなれない、駄目な大人」という称号を得て安心しようとする傾向


が、日に日に、とんでもない葛藤に発展していってしまっていたわけです。自分のなかで。

それに加えて面倒だったのが、性への目覚め&体の発育

親になりたくない自分にとって、「その気になれば、子供をつくれる」カラダに自分がなっていってしまうのは、想像を絶する脅威でした。

理性で「親になんかなりたくないーーーー!!!」と叫ぶ一方で、体&本能は正直なもので、たいして魅力的だとも好きだとも思わない相手でも、それが「女」というだけで反応しちゃうわけですよね?

それがもう、苦痛で苦痛で。

(中高生の頃には、去勢手術などの外科的な措置についていろいろ調べるほどでした。あとは、中国の房中術についての本を読み、必死で『練習』して自分の性エネルギーを完全にコントロールしようと試みたりw)

あまりに苦しいので、家族のなかでわりと理解があるような気がしていた祖母に、「女の人と付き合って結婚するような人生を送りたくない」ということを、それとなく相談してみたこともあるのですが、

「あんたまさか、ホモなの?」

「そうでなきゃ、漫画の世界の女にしか興味がないっていう、ヲタクっていうやつ?」


と言われてしまい、(寝耳に水ではあったのですが瞬時に)

「その手があったか!!」

と内心、ガッツポーズ。

それで、

そうだ、オカマ&ヲタクになろう

と思い立ち、学校でもわざとそういうそぶりのキャラで通そうと思い始めました。
それで、ほんとはぜんぜん好きじゃないし気も合わない、オカマっ気(というのでしょうか?)のある子や、将来は立派なアキバ系だなと感じるヲタク度ムンムンの子と親しくするようにして、そういうのを「見て覚える」努力をしてみたり。
それが小学5年生くらいのときでしょうかね。
(当時の同級生からは、『あんたは小学4年まではわりとマトモだったのに、5年になってから急に変でオカマっぽく、ヲタクっぽくなった。でもそれって、○○とか△△(←自分が参考にしてた同級生たちの名前)の真似じゃない?なにがあったの?あんたらしくないし、不自然だよ』と指摘されたことがあり、死ぬほどドキッとした)

でも中学校のとき、(中学進学時に初めて会う同級生も多かったので『キャラ変え』には最適と陽気でお馬鹿なアニメヲタクのオカマキャラを演じてご満悦だったのですが←でもキャラなので、油断すると『素』が出てしまっていた、が、気にしてなかった。のに、)人を見抜くのがうまい女性国語教師から

「あんたさぁ、それ、演技だよねぇ? ウソなんでしょ? ほんとは違うんだよねぇ? わかるよ。なんでそんなことしてんの?」

と素でツッコミを入れられて、白旗。
(ほんとは好きでもないのに仲良くするフリをしていたオカマっ気のある同級生とも、それ以来、唐突に一言も口をきかなくなった←ゲンキンな奴だw)

さて問題です。次に私は何を思い立ったでしょう?

予想つきますよね。

「他人にぜったい見抜かれないほどの、完璧な演技力を身につけてやる」

というものでした。
(それから進路指導のときには、堂々と『将来は、声優になります』と明言していました。俳優でなくて声優だったのは、『そっちのほうがマニアックでヲタクっぽくて、あんまり堂々と人に誇れるようなキャリアの成功じゃなくて、いわゆる『親になるのにふさわしい、立派な大人』っぽくないから……という、非常に不遜な動機がありました)

それでほんとに、芸能の方面をなんとなく目指して、でも学校の勉強がそこそこできるから、あんまり低い偏差値の芸能系の大学や専門学校はちょっと、、、という間をとって、芸能界にOBの多い早稲田大学への進学を志すから子供ってのは浅はかなもんです。(←お前だけだろ)

高校はそれで、あまり偏差値の高くない、だけど早稲田くらいになら入れそうなところを選んだのですが、油断するとテストで高得点をとってしまい、教師から

「どうして進路に妥協するんだ? お前なら本気を出せば東大か京大も無理じゃなかろうに」

と訝しがられていました。

で、高校ではろくすっぽ勉強することなく遊びほうけて、ちゃっかり入試だけはこなして早稲田への切符はゲット。
(法律にはまったく興味も関心もないのに、『早稲田の法学部は、授業で出席をとらない。年1回の期末試験さえちゃんとやれば、単位は来る』という話を聞いて、速攻で法学部に決めました)

いざ大学に入ったら入ったで、(変人も多かったですがw)「いわゆる、デキる人。将来、立派な親になりそうな人」も多く、そういう人たちと関わり合いになりたくなかったので、

「自分、本当は、音大に行きたかったんだ。ピアニストになるのが夢だった」

と、ピアノなんて習ったこともないくせに、超わけのわからないことを言ってウジウジしたキャラをつくり、まかり間違ってもどこか褒められるような長所があるようには見えないダメ人間を演じていました。

実は大学進学というのは私にとっては(俳優の養成所がたくさんあるなど、芸能界を目指すうえで有利な)東京に上京するための口実で、事実、大学に入るなり、一度も授業に出ることなく片っ端から俳優養成所のオーディションを受けまくり、そのうちの1つに入所します。
(声優になるといってたわりに、ほんとに声優の養成所に入るなんてヲタクっぽくて厭だ、という動機で、映像つきのいわゆる『テレビ/舞台/映画の俳優』を養成するところに入ってる計算高さと鼻持ちならない偏見と差別意識が我ながら天晴れです)

周囲はいかに業界デビューして売れる俳優になるかということに全力を投球していたみたいですが、私は実は、この時点では職業として俳優になることには微塵も興味がなくなっており(←というか、最初からそれがあったのかどうかさえわからなくなっていた)、ただただ

現実の日常で使える演技力

を修得することにだけ、関心がありました。

(事実、入所したときに演劇の先生から『君たちがこれから学ぼうとする“演技”というものは、使い方によってはとても危険なものだ。人を騙すのが上手になるということだからね』みたいなことを言ったのですが、それがもう個人的にはドンピシャ(←死語)でw)

同時に、演劇の世界――なかでも小劇場など、舞台をメインとした新劇――は、「世界一のダメ人間」とでも呼びたくなるような、いわゆる退廃的な、破天荒で到底マトモとはいえない、カネを持ってない連中がわんさとおりまして。

えぇ、好都合でした。「親に向いてない、大人失格の人間です」というアピール材料としては。

それで、

「いいぞ!この調子でダメ人間になっていこう!ダメ人間街道まっしぐら!!これで親にならずに済むぞ!」

と良い気でいたのですが、本当に芝居に熱中して(でも売れず)カネがない人生を送るとなると、「条件の悪いバイトでも気合いと根性と体力で頑張ってどうにかギリギリの生活費を稼いで、それでも常に貧しさと闘い続ける」ことを余儀なくされるんですよね。。。それはさすがにつらかったので、

「冴えない・しがない・うだつのあがらないサラリーマンになろう。そうすれば、そこそこラクして、堂々と『自分はまだこんなだから、とても結婚して子供を持つなんてできないよ』と言えるぞ!」

と方向転換。

(大学の友人には『将来はアナウンサーになりたい』とテキトーなことを言っていたのですが、結局のところ本気じゃないので、入学と同時に入ったアナウンス研究会は2ヶ月もすると完全な幽霊部員になり、2年生のときにはキッパリと退会してしまっていました。でもいちいち周囲の人間にこまかく自分の考えてる本音を話すのも馬鹿馬鹿しいと思っていたので、『就職どうするの?』と聞かれたらまよわず熱意のこもった表情で『もちろんアナウンサー』と答えることにしていました←俳優の養成所で培った訓練が活きたのか、今度は誰にも見抜かれずに済んだw)

実は放送局なんて(いくつかを社会科見学的に受けてみたのを除いては)入社試験すら受けず、かといって同級生たちがこぞって受けている一流企業の類いにも目をくれず、わざと、無名でパッとしない中小企業ばっかり受けていました。

でもって、ほんとに「いくらなんでも」的な地味な会社に、好きでもやりたくもない職種で入ったという次第。

これで堂々と「自分なんか、親になる資格がない。子供を持たないなら、結婚しても仕方ないだろう、だから結婚もまだ無理だ。いい人がいて自分がもっとちゃんとしてたら、結婚もアリなのになぁ」と上機嫌でしたw

ただね。
それで入った会社があまりにも退屈で、「いくらなんでも、もうちょっと充実した人生は送りたい」というほうに気持ちが傾きはじめてしまいました。一方、社会に出たことで

「大人になったからって、どうしてもすぐ結婚だの子供だのと騒がなくてもいいみたいだ」

と、頑なだった気持ちもやわらぎ、そこから翻って(10代~20代前半に、あまりにも手抜きをしてテキトーに生きてきてしまったことへの後悔と懺悔の気持ちがないまぜになって)、自己啓発側にシフトして今に至るという次第。
(このブログでこれまで書いてきたような、個人的な接待などの“前向き的な行動”は、いざ就職先が決まって大学も卒業だとなった頃から、内定者向けのイベントなどを通じて『自分が入ろうとする会社って、いくらなんでも、なんかダラーッとしてる人ばっかりで、やばいな』という気配を感じて徐々に意識が(いまのショボくれた状況から抜け出したい!という一心で)ポジティブ側にシフトする過程で起きたことです。それまでは我ながら酷かった&後ろ向きだった&世界すべてをナメまくっていた)
(注:私がかつて勤めた企業の名誉のために言っておきますが、これは私自身の(歪んだ)思考からすればそう見えたというだけで、客観的にみれば、つぶれないようにちゃんとせっせと働く人たちが一定数以上いる、どちらかといえば堅実なしっかりした企業です。念のため)

で、この間、イニシエーション通過の前までは、ヒーラーとして独立してクリアリングと呼ばれるような変化もそこそこ以上に経てきていたのに、今度は「ちゃんとクリアリングすれば、不可能はなくなる。夢は叶うはず。なら、今なら果たせなかった『声優・ナレーター』として売れるということも、可能なのでは?」という点に(かつていい加減な気持ちでそういう職業を目指したことの後ろめたさを、売れることで清算できるという考えもあって)固執して、あがいていたというわけですわ。

でも結局のところ、「親になりたくないが、私は親にならなくてはいけない(から、人生で成功するわけにはいかない)」という思考の土台があったため(だと思う)、ヒーラーとしてはそこそこ以上に成功できて生活の不安もなくどちらかといえば満ち足りた日々を送ることができているのに、肝心の本人は声優で売れたいなんて30過ぎてもまだ言っていて、かといってそうなるために全力で動くこともせず、若干の仕事こそプロとしてしてはいるものの、世間では完全に無名でうまくいってるんだかいってないんだかわからない……という現状をつくっていたわけです。

全部、要らね。

で、解消。
(解消プロセスと、その結果として呼び覚まして新たに抱いた信念や感覚感情がどういうものかは、すごくこまかくなるので割愛します。少しだけいうと、自分は『親になりたくない』というよりは、『どこまでも“個人”として輝いていきたい』と思っていて、そうすることと、家庭を築いて親になってしまうことや友達が増えること、社会的な責任ある立場を担うことなどをすべて『衝突しうる物事。両立はできない』と捉えていたんです←実際はもっといろいろ複雑だったのですが、あえて簡潔にまとめてみた)



これ、悩みの全貌が見えた&解消できた今だからこそ整理してこう書くことができているけど、このことを自分が客観的に把握する機会は、私が「次のステップに進む準備ができている」とイニシエーション通過の意思表明をしなかったら永遠に訪れてこなかったかもしれません。

そのくらい、入り組んでいて自分でもわけがわからず混乱していました。

(厳密にはこれに加えて、私がマルチプルソウルだから意思が1つに定まらず、またパーソナリティとでも言うべき『素でいるときのキャラ』もそのときどきで違っており、人生が全体としてまとまらず、とっちらかっていたという要因もあるにはあります。ほかの、さまざまな信念や思い込みが複雑に絡んでその人の人生を創り上げるのも間違いないわけで、ここに書いている以外の動機なども、当然、ありました。自己矛盾だってあるし、すべてが整合性を伴って上記のような人生を送って来たわけではないです。
が、このエントリー自体の話の流れの統一性を考えて、あえていうなら、、、という範囲内でまとめてみました←こんな冗長な文章で『まとめた』と豪語するんかw)

もちろん、ヒーリング……特にシータヒーリングを始めてからは、

・誰からも頼まれても求められてもいないのに、ダメなピエロを演じようとする

・子供を持つのが怖い。だから結婚もしたくない

というイシュー自体には気づいたりワークすることもたびたびあったわけですが、自分やそのときのペアワークの相手の実力なりに応じて、部分的な解消に留まっていたんですね(←ある意味、自分が完全にイシューを解消する準備も覚悟もできていなかったんだから、それはそれで最高最善だったとも思う)。

なんかこう、とりあえず今は、出産を終えた女性ってこんな感じなのかなという「ひと仕事終えた感」だけがある感じ。
そりゃ、自分の人生には、今後もやらなきゃいけないことや、ブチ当たる壁や、現時点の自分の力では対処できないからレベルアップが必要な状況だって、なんだって起きうる(し、それがその時点の自分が取り組むべき課題に向き合っているという意味では最高最善なんだろうから別に嫌というわけでもない)んだろうけど、ひとまず、大きな大きなヤマ場をひとつ越えたな、という実感値です。

あー、でも書いてみてあらためて、自分でも客観的に自分の人生(の、『これまでは、全然わけがわからなかったこと』)を俯瞰して見ることができて、いろいろ整理がついたなぁ。

これから自分は、どう変わっていくんだろう。
どんなふうに変わっていっても変わっていかなくても、究極的には、どっちでもいい。

将来を考えたときに沸き上がってくるのは、「これからの人生を生きるのが楽しみだ」ってクスクス笑いだけ。
幸せか不幸か、豊かか貧しいかなんてことさえも、すべてがどうでもいい。

リアルに自分が生きてる感じ

がこれまでにないほど、してるから。できてるから。
(不謹慎かもしれないけど、今すぐ死んじゃっても悔いはなさそう)

やぁだ、これも単なる一時の多幸感ゆえか知ら。
それならそれでもいいや。一瞬も永遠も同じこと。

なんて独りよがり三昧なエントリーだ。いぇーい、バイビー。
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