できないならやるなよ。(上級クラスに)申し込むなよ。教えるなよ。

厳しい発言になりますが、タイトルのとおりです。

なんていうか最近、以前にも増して、

「ぜんぜんシータヒーリングができないし創造主とのチャネリングもできないけど、とりあえずDNA3まで修了しました」

など、それってそもそも修了したことになるのかよ的な受講の仕方をしている人が増えている気がします。
(べつに統計をとったわけじゃないんですけど、よく耳にするんですよね)

あるいは、

「まだぜんぜんシータヒーリングができないけど、もう○○クラス(←アナトミー以上の上級クラスやインストラクター養成クラスなど)にも申込をしてしまったから、どうにかしなきゃ」

といって慌てる人とか。

究極的には「べつにそういうことをする人がいてもいいし、もし本人がどれだけスキルに自信がなかろうとなんだろうと、クラスに実際に出席できて修了証を手にすることができたなら、その現実が成立しうるすべての条件が整っていたということの証。それを他人がどうこう言うことではない」というのが創造主の観点から見た真実だということは、わかっているつもりです。

私という「その本人からしたら、他人」からは伺いしれない、何か事情なりがあるのかもしれないので、安直に糾弾するようなことはできないし、するつもりもないのですが。

たださ、一個人として、単純に、理解不能なんですよね。
できないのに次に行く、という神経が。

もちろん、場合によっては、「基礎クラス修了時点ではまだあやふやだったけど、思い切って応用クラスに申し込んで出席したら、疑問が氷解してスキルもグンと伸びた」というようなことも、ないわけではないとも思います。

ただ、程度というか、あまりにもなんにもできません的な状態のまま、

「とりあえず、次の段階のクラスも申し込んでみた」

というのが、どうしても、どう~~~~しても、解せません。
(これはあくまで、私のパラダイム・価値観・思考パターンから見たらそう感じる、という意見・感慨の表明であり、万人にとっての真実ではない点をご承知置きください)

セミナーを次々に受けて行けば現実が何かよくなると妄信した?
修了証コレクターとして、一刻も早くコレクションを完成させたかった?
友達が次々に上のクラスを受けてるので、競争意識や見栄で張り合い?

「いや、私の場合はそうじゃなくて、、、」

とほぼ100%の人が自分を正当化しようと言い訳をはじめますが、

「じゃあ、どうなんですか?」

と答えを待ったとき、「ああ、だからか!それで納得できました」と思わせてくれる理由を明快に言ってくれた人って、いないんですよね。。。

まぁ、私が生きたいようにこの人生を創造していくことに害を及ぼさなければ、べつにそういう人がいくらいても構わないし、私だってしょっちゅうそういう人たちに腹を立て続けるほどヒマでもお人好しでもないので、どうでもいいっちゃいいんですけど。
そう傍観者を決め込むのもそれはそれで冷たいのかな、と思って、とりあえず書くだけ書いてみた次第。



それにも増して解せないのは、

「シータヒーリングができないorできてる自信がないけど、プラクティショナーとしてお金をもらってセッションをしてます/インストラクターとしてセミナーを開催してます」

という人。

個人を特定するわけではないという意味で誰かに不利益がないことを前提として敢えて言いますが、このテの相談、少なくないんです。

「シータヒーリングのインストラクターとして認定されたので、さっそくセミナーの告知をしました。すでに何人か申込が来てしまったのですが、私自身が肝心のシータヒーリングを、まったくできないんです。セミナー開催まであと○日しかないので、どうにかセッションして私のシータヒーリングをできなくしているブロックを取ってください」

という。
(特定の個人の例にならないよう、「」内の発言は、『いくつも寄せられた類似する依頼のいろんなケースをまとめてつくりあげた、実例に限りなく近い架空の例』と捉えてください)

こういうのって、もうなんていうか、人間としての良識を疑うというか、

「そもそもどうして、いけしゃあしゃあとそんなことができるわけ? アンタ、人としてどういう神経してんの?」

と、場合によっては直接、相手にズバッと言うこともあります。

そうすると、弱々しく(急に被害者ぶって)

「半年前に会社をリストラされて、失業者手当ももうすぐ切れてしまうので、セミナーでお金が得られないと生活が成り立たない状況なんです」

などと、「それはぜんぜん言い訳としても成立しねえよ」と思わざるを得ないことを言ってのけたりします。

自分がされたらどう感じるか、という視点は、ないんでしょうかね。

自分がヨガを習うことにしたインストラクターが、(資格だけは持ってるけど)ヨガをできない。
自分がピアノを習うことにした先生が、(資格だけは持ってるけど)ピアノを弾けない。

要は、そういうことだよね?
(ただ、ピアノやヨガは、まったく出来ない人にインストラクターの資格を認定するほど甘い機関もないと思うので、現実には起こりえないとは思うんですがw)

で、私がそういう、耳が痛いのであろうことを言うと、鬱陶しそうに話題を変えようとして

「それはわかったから。どうにかしてください。だからお金を払ってセッションをお願いしてるじゃないですか。私が開催するセミナーまであと○日しかないんだから」

などとゴリ押ししようとしてきたりして。

自分がちゃんと教える自信がないなら、
セミナーなんて開催すべきでない


と思うよ?

あなたがすべきなのは、セミナー開始までの○日間でどうにか帳尻を合わせようと東奔西走するんじゃなくて、セミナーの開催中止を宣言して、すでに申込をした人にお詫びの連絡をして、受講料を振込み済みの人には速やかに全額返金(あるいはお詫びの意味も込めて2倍の額の返金)をすることなんじゃないの?、、、みたいな。

そりゃ私だって、誰から見ても完璧で非の打ち所のないセミナー教授ができているかと言われたら、毎回反省点もあるし、(おそらく一生つねに)勉強中の身といえばいえなくもないとは思います。
私は完全無欠だ、と豪語して上から叱りつけるつもりは、ないです。
ただ、同じヒーリングモダリティのプラクティショナー同士・インストラクター同士という対等な立場から、

「あんた、何やってんの? 目ぇ覚ましな?」

とハッパをかけたい気持ちがあるだけです。
(そして繰り返し言いますが私は、仮にそういう人がいたとしていちいち気にかけたり、嫌われるのを覚悟で苦言を呈したりするほどヒマでも物好きでもお人好しでもありません。実際には、そういう人と一切の接触を持たずに避けるか、どうしても接触を持つ必然性が出てきたら100%のお愛想笑いで建前全開で穏便にやりすごします。
もし本当に苦言を呈するとしたら、私自身がその人に対してなんらかの(たとえば友人としてなど)絆や想いを持っている場合だけでしょう)

ここでさ、

「あなた、それはあなた個人のパラダイムから抜けきれてない発言よ。シータヒーリングを全然できないインストラクターに申し込む人にとっては、それはそれで最高最善だから成立したわけだし、、、」

みたいなこと言われても(それが真実だともわかっているけれど、、、というか、わかっているからこそ)、腹立つだけなんだよね。

「そりゃ、創造主の観点から見たらなんだって『それはそれで最高最善』のことしかこの世では起こらないけど、だからってそれを全部肯定する、でいいのか?なんのために人間に現実を変えたり創り出すという創造主と同じだけの力が与えられてると思ってんの?『それはそれで』のつかない、『自分が思い描く(かつ、それが独りよがりではなくて本当に創造主の観点から見ても)』最高最善の現実をいかに創るか、が人間がこうして生きてる鍵なんじゃねえの?」

と言い返したくてたまりません。

そりゃさ、人間、なーんにもしないでぼけーっとしてたら近い将来、餓死しちゃうわけだし、それはそれで最高最善なのも間違いなくて、でもだからってそうするのがいい、っていうのは全然ちがうじゃない?みたいな。

あー、なんかこれ、すげー普通のこと言ってるというか、スピリチュアル以外の業種でこういうことをしている人がいたら即刻、詐欺とか悪徳商法扱いなのに。

スピ系の職業ってユルくていいねー。(なげやり)
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